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【勉強会】第二期 出口治明氏と古典を精読する会4回目 その2
本日は論封建第八の第一章(p.227)をまとめていきます。


太宗のおじさんである淮安王神通さんは『房玄齢や杜如晦といったスタッフ部門(戦いではどちらかというと後方支援だった人たち)がえらく出世してるけど、俺、戦いのときに一番に駆けつけたじゃん!なんでなの?ちょっと承服できないわ!』と、不服の申し立てをします。


そこで太宗は答えます。
『国家の大事は、唯だ賞と罰とのみ。』


このところでいうところの賞と罰というのはいわゆる人の評価のことです。賞がその功労によく相当していれば、功のないものは自然と引き下がる。といい、そして、個人的な縁故でやたらに勲功のある部下と賞を同じにしてはならない。というのです。


ここでは組織のあるべき姿を説いているわけです。いい加減にえこひいきをすれば、そこに付け込まれるというわけ。この節はその意味で一番に駆けつけたおじさんすらえこひいきしないという言動一致のところを見せつけているわけです。ある意味、格好のチャンスだったとも言えるわけです。(ちょっとおじさん的にはかわいそうだけど)

その辺りの評価を分け隔てなく、厳密にやることで、国民に見せつけて立派な指導者であるということを広めた意味もあるわけですね。


とくに昔は皇帝の顔、形を直接みられる人は少なく、人々は噂話や、こういったまさに人事、賞罰をもって皇帝の人となりをうかがい知ることになります。それをよくわかった上でのPRだという見方もできますが、とにかく『どうやら皇帝はえこひいきしない立派な人らしい』というのが流布してゆくというわけ。


ものすごい策士でもありますな。




次の節では、お父さんの高祖の時代に王様になった皇族について、これまで(太宗が皇帝になった後まで)に功がないもの(とりあえず、良き王様でなかった人)は郡王から群公に格下げしたということです。


太宗という人は高祖の次男です。
高祖は隋の煬帝のイトコでかなり優柔不断な人だったようです。イトコが国をおかしくしてるのがわかってはいるものの、グズグズしていたのですが、李世民(太宗)に突き動かされて、ついに国取りをします。

でもまぁ、それまでもグズグズしていていて、うーん、失敗したら首切られるしぃ〜とかはっきりしない父に業を煮やした太宗さんはウイグル族から兵を借りて来て決起します。まぁ、それに驚いたお父さんの高祖。なんとなくお酒の力も借りて、『いっちょやったるか!!』って重い腰を上げて唐の国を作るわけです。

もともと人のいいお父さんなわけで、『お坊ちゃんの李世民は流石ですねぇ〜』なんておべっかを使われたかはわかりませんがイトコや親類を次々に王様に据えていくわけです。

また、李世民(太宗)のほうが優れていることを感じつつもやっぱりなんとなくで長男のほうを皇太子にしちゃうんですね。

そんな感じでグズグズしてるんですけど、結局、長男はダメってことがわかっているので、李世民(太宗)は長男を殺し、お父さんを幽閉します。

幽閉といっても、別に牢屋に捉えたわけではなく、素敵な土地で美女に囲まれ悠々自適の生活をさせているんですね。まぁ、きっと『お父さん、ダメな兄貴ももう殺したし、政治は俺がやるからのんびり暮らしたらどうですか?』みたいなことを言って、太宗は皇帝になったのでしょう。

この節で、太宗はお父さんである高祖の処置、いわゆるイトコや親類を王様にしたこと自体は認めているのです。しかしながら、先に述べたとおり高祖の時代に王様になって、そのあと太宗が皇帝になったその期間に功がないもの、たとえば使い込みなんかをしている王にふさわしくない親戚については格下げしていきます。


中国というのは秦の始皇帝の時代に確立した中央集権国家が基本です。太宗の時代もそれは同じです。例えて言うならば三重県の知事は官僚がやっていて、伊勢神宮の周りだけを天領として王様を据えた。そんなイメージで王様と官僚が存在します。


封建制とは異なるため、多くの王様が好き勝手にしていたわけではないというのがポイントです。


それが成り立った背景には紙と漢字による文書行政の発達があります。


功がないものというのはこの取り交わされる文書によって、その悪行がすべて暴かれていたということで、まぁ、軽くお上に筒抜けだったと言えます。


これも中国の伝統だそうですが、そういった功がないと言われた人々も弁明の機会は与えられ、それを踏まえて処遇が決まるのが一般的だそうです。


とはいえ、親族を格下げにするというのは国民から見ると聞こえはいいですが、親族にはとっては面白くないです。そんな親族が決起したりする危険はないのかしら?と思ったのですが、李世民(太宗)という人は圧倒的に強く、そして高祖を代表に立てつつも、次々と国取りをし、唐の統一を果たした立役者です。


かたや、功なきもの達は高祖にうまく取り入って、王様なったと考えるのがもっともらしい人たちで、とても勝てる相手ではない位、太宗は圧倒的に強いということもありますし、功のあったものはもちろん格下げにはならないですから、その辺りを厳格にしたとしても、反対勢力が生まれる恐れは極めて低かったようです。

逆に、公平にしないことの害のほうがのちのち大変なことになりそうだと言えるのでした。


いろんなことの上での組織論であり、太宗のPRには十分な内容で、とても面白いです!!


精読会は味わい深いですね。


さて、次のアップは金曜日の予定(^ ^)
そこまでで今回は終わりかな?
次回はちょっと長い。。。かもしれません。でも面白い章なので読み逃しなく!

ではぁ〜





author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 22:23
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【勉強会】第二期 出口治明氏と古典を精読する会4回目 その1
昨日、ブログで3回目の様子をアップしたのは記憶に新しいですけれども、今日はなんともうら4回目!!

今日も元気にアップしますよぉ〜
(今回は最後まで早めにまとめますぅ〜頑張るぅ〜)



p.226 第十一章

李緯さんという人を戸部長官(財政をつかさどる戸部の長官)に任命した太宗さん。

房玄齢さんという太宗さんに非常に信頼されている部下がちょうど太宗さんの留守に都の長安を守っていたとき、都でちょうど房玄齢さんに会って、太宗さんのもとにきた人がいたので、太宗さん次のように聞いてみました。

『房玄齢はこの人事についてなんて言っていたかな?』

『房玄齢さんはただ、李緯はたいそうひげが立派だと言っただけで、他には何も言いませんでした。』と。

ここで太宗さん、急いで李緯さんを州の長官に任命しなおした。

という話なんですけど、ん?って思いますよね。



まず、ヒゲというのは中国では象徴であってヒゲが立派ってのはやっぱり見てくれがいいってことです。


人を形容するにあたって、細かく細かくいろんなことを伝える人がいる一方で、いいところであれ、悪いところであれ、一言で言い表す人がいます。

そして、人を評価するとき、少ない言葉で形容すると、心に刺さったりするものです。そういう意味で房玄齢さんは刺さる一言で李緯さんを形容したということです。


ここで、太宗さんが信頼している房玄齢さんは『李緯さんはひげがとても立派だ』と言っています。これって、スタッフ部門にいるより見てくれのいい人は現場のほうがよろしいのでは?というのを密かに言っている感じで、太宗さんはそれを聞いて『ひげが立派なやつはやっぱり現場のがいいか!』と思いついて、役職を変えたということなんですね。

ほんの少ない口数に適材適所を見出すというなんかとってもさっぱりしているけど、面白い章でした。




ちょっと今日は短いけど、続きはまた明日(^ ^)







author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 19:21
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【勉強会】第二期 出口治明氏と古典を精読する会3回目 その4
これをアップするころ、私はこの会の4回目に参加しているはずなんですね。

いやはや。。。

ここまで、ブログアップを引っ張ってしまった。あちゃーっ。

それはまぁいいとして、まとめていきましょう。。。次がはじまってしまう前に。


今日は214ページの第十章からです。


最初の節のポイントは『昔の立派な人(ここでは堯舜、周の文王、武王が出てきてますが)がやっていたようにやりましょう。賢人が昔にはいて、今にいないなどということは無いのです。それを求めるか?求めないか?好むか?好まないか?だけだ!』ということですね。

太宗さんという人は少しおっとりしてて理想論を喋る人です。それに対し、部下である魏徴はリアリストです。まぁ、つねに『社長!理想論はいいことですけど、甘いですよ!』と諌める人です。

そんな組み合わせはとてもいいですけども、それも太宗さんが諫言を素直に聞き入れ、判断したところによるところが大きいです。

世に出るか出ないかというのはまさに諫言を聞くか聞かないかがポイントといえそうです。




一つ節を飛ばしまして、217ページ

世の中は立場が人を作るといわれたり、つい最近まで日本は年功序列なるものが横行していました。(完全に年功序列を否定するものではありませんけれども。それはそれでみどころがないとは言い切れないわけですし。)しかしながら、大切なことは能力を見て、それを活かすことにある、ということです。

部下はなにもしなければ、責められないし、○はつかないけど、×もつかないということに日本の企業だと終始してしまったりします。これら卑しい人が『何も為さない(しない)』というところも見なくてはならない。当然、ことなかれ主義ですから諫言などするはずもないということです。

人に与えられる功績というものは作為だけでなく、不作為もみなくてはならないということです。

いつも逃げ隠れして、うまくやっている人をそのまま用いていてはいけないということですね。(厳しいですよね。)




また、ここでは適材適所についても説いています。


営業力のある人にいろいろ経験させたいから事務をさせることに理があるか?ということですけれども。これ、意外と大企業にありがちです。営業力のある人には営業を事務が得意な人には事務をということで、二人で一人前ということでも全く問題がないわけです。

適材適所に配置し、チームで補うこと。




ここで、日本は減点主義でアメリカは加点主義にみえるけれど、中国はどうでしょう?
という質問をさせていただきました。


中国は出口さんがおっしゃるに競争社会であろうということでした。


この会にはいろんな会社の方が参加していらっしゃる(国内企業、外資系など)のに加えて、今回、第一期の方の参加もあったため、この辺の議論は白熱しました。


私などはどっぷり日本の企業につとめているので、日本は減点、アメリカは加点と思ってしまいがちですか、内情はそうでもないとおっしゃる方もいらっしゃいます。アメリカの企業であっても、たった一度の失敗で仕事を干されるということはあるそうです。


その辺はおおくくりにはできず、企業文化がありそうです。


失敗にも二種類あって、技術やイノベーションを軸とした意義のある失敗は復活の機会があるが、コンプライアンスを犯すのはダメです。そういう捉え方という企業もあるとか。

まぁ、当たり前といえば当たり前ですが、イノベーションに関わる意義のある失敗には寛容な会社があるというのも現代のグローバル社会を反映しているかなって思います。




敗者復活が可能か?

という意味においては、魏徴はさいたるものですので、中国にもそういう土壌はあるということかもしれません。




次の節から六正と六邪という考え方が出てきます。この六正、六邪を読んだ時、私は六正に努めようと思ったのですが、やっぱり精読会は面白い!これは六邪が言いたくて、対となる六正を書いたのではないか?という見解が示されます。


なるほど読んでみると聖臣と呼ばれる人なんて物事のきざしがまだ動かず、そのきざしがまだ現れない前に、明らかに国家の存亡の分かれめ(にかかわるか否か)を見抜き、前持って事が起こらぬ時に押さえ止め、主君には(何のかかわりも心配させずに)高く離れて尊く栄える地位に立たせる。とあります。

いやぁ、こんな人がいればまぁ、楽でしょうけど、いるはずないんですね。

そういう意味で六邪が言いたくて、無理やり正を六個揃えたような気もします。



さて、六邪のほうですがあきらな悪ではなく、とにかく狡猾な人が挙げられています。

それをよく見極めなさいよ、というのです。

例えば、公金横領するような明らかな悪は分かり易いけれど、ちょっと見ただけではわからない悪はうっかりしてると見逃してしまいます。


ということで組織論という中でまずは邪をおき、その上で正おいたと考えるのが自然であろうということです。


ここで、六正は道。いわゆる武士道などに代表される道という考え方で天下の正道といえるのではないか?そして六邪は術。いわゆる邪道ですが、道でなくテクニックであると言っています。


いやぁ〜。。。深いです。



さて、次の節ではきちんと(部下を)評価することについて説いています。


測定機器が正しければ、ごまかしはきかない。ばかりと分銅とさおのよつに基準がはっきりしていて客観的であれば、ごまかしようがないという例から国の行いがきちんとしていれば、民は従います。と述べているのです。


さて、最後ですが、官職というのもはもともとは神様が行うことで、それを人が代わりにやっているということだという考え方があります。要するにポストは天が定めたもので、そのポストには天にふさわしい人を置かなくてはダメですよ。と諫言しています。


いやはや、なんとかまとめきりましたかね。かなり端折っている気もしますけど、お許しくださいませ。

author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 18:00
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【勉強会】第二期 出口治明氏と古典を精読する会3回目 その3
ちょっと間が空いてしまったので、その1とその2のリンクをつけておきます。

その1

その2


今日は第九章p.213〜
太宗さん、なかなか賢い人を探すのは大変だから自選させようとおもうけど、どう?って魏徴に尋ねます。

魏徴は答えて自分を知ることは難しく、阿呆にかぎって才能や善行を自慢するものです。

結局、自選する人なんてダメですよ。ご自分で見極めなくては!と。


この太宗さんの発想自体はなんとなく分かりますよね。賢い人はほかの人を見出す能力に長けているのですから、自分についても客観的に見ることかできるのではないかってことです。

でも、動物学にみると、人を見る能力というものは、自分自身を知るという能力と関係があるとは言い難いのだそうです。

要するに人は自尊心やプライドや自己愛が邪魔をして、評価の振れ幅が大きく、自身に対しては正確に、客観的に評価できないのです。

だからこそ、これまでにでて来たように

鏡が必要なのです!

人は人を介してしか自身理解できない生き物なのです。



さて、今回のこの話、現代の会社に置き換えて考えてみましょう!

組織を作るときはみんないい人に来て欲しいに決まっています。社長(太宗)は考えました!
『自分で手を上げてもらえばいいんじゃない?そもそも人多いし、みんなを知ることはできないわけだし。』

すると筆頭副社長(魏徴)がすかさず諌めます!
『社長!そのお考えはダメです!そもそも誰しも自分のことを知ることは最も難しいことで、人生の最後の最後までわからないのが常です。それに何より自選するやつは変な奴が多いですよ。立候補ではなく、行いをちゃんとみて位のあるものに推薦させる方法がよろしいでしょう』


なるほど!
この時代、随の文帝に始まった中国の科挙はまだ確立していませんでした。科挙が確立したのは唐の武則天の時代です。

武則天という人は皇后だったわけですが、旦那さんが病弱で、いわゆるあかんたれだったためにこの人が政治を仕切るわけです。

しかしながら、政治というのは手足になる人がいなければでないわけで、そのため優秀な人を登用するための仕組みを利用したということです。


ということで、太宗さんの時代はまだまだ科挙でというよりはくらいの高いものからの推薦で!というほうがつよかったということですね。


いつの時代も人を選ぶというのは難しいものです。




author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 19:09
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【勉強会】第二期 出口治明氏と古典を精読する会3回目 その2
本日はp.208 第八章よりまとめていきます。


この章の最初の節にこんな言葉があります。
尚書の萬機は、寔に政の本と爲す、と。

これは通訳によれば『尚書の担当する政務は、まことに政治の根本である』と言います。


ここで、尚書とは行政の中心をなす官署を表しておりまして、今で言うならば内閣府ですかね。


この一言を聞いただけで、『うぉっ、こいつ、並々ならぬ覚悟でなんか言おうとしてるなぁ〜』というのがみてとれます。

私、自分で読んだ時はピンと来なかったんですけどようするに『内閣府というのは政治の中枢を担っている大切な部門です。それはおわかりですよね?にもかかわらず。。。』と、続いていくことが予想されるわけで、ようは『今の内閣府、こんな理由でおかしいでしょお?』って勅語しようとしているということ。

それって現政治にたいする政治批判なわけで、下手をすると首が飛ぶような(この時代なら本当に処刑さてしまうかもしれない級ですね)ことをまさに言おうとしているわけで、それは『こいつ、命をかけてなんか言おうとしてる!!!』となるわけです。

さて、これを言ったのは劉洎(りゅうき)さんという人ですけれども、この章を読み進むと彼はこんなことを言います。

まず、いわゆる内閣府っての政治の中枢だし、それを執り行う人を選ぶのはめちゃめちゃ難しいです。

その上で唐の国ができたころのことを述べて、そのころは組織というものはまだまだできていなかったけれども、国のはじまりはうまくまわっていました、と。


でも、最近は文書が滞ったりしているのはなぜか?


それは最近では徳のあった人の子供であったりが高い地位についていて、その才能が任務にふさわしくなく、ただ権勢を振るうだけだからですというのです。


八章の3節目には、そのダメっぷりが書かれています。まず、非難を恐れて、グズグズして決断できず、わざと日時を延長したり、文書ができたら仕事が終わりと思っていて、その内容の是非は追求しないなど。。。よくよく最近のダメな会社にありがちなことが書かれています。

いやぁ本当に。

ここで彼はこう言っています。
天工、人代る、焉んぞ妄りに加ふ可けんや。

官というものは天の仕事を人が代わって行うものでありますから、才能のない者にやたらに官位を加えてはなりません。


国家に功績のあった人たちは処遇は与えるけれども、権力の座にはつけてはいけないってことです。

だとすると、財政に余裕がないときなんかはぶっちゃけ泣いてもらいましょうってなイメージです。

現代でいくとむかーし功績のあった方には顧問や相談役にはなってもらうものの、子会社の社長にして全権を与えるってはないよって感じですね。


うん。


手厳しい。


そう言って、じゃあ誰を使うって!俺じゃね?って売り込んでいるわけです。

なかなか命知らずな行動です。

そうなんですけれども、そこまで言われて現政権をこき下ろされたわけですから太宗さんきっと面白くはなかったはず、にもかかわらず、少し経ってから尚書右じょうの職に劉洎をつけたという話でした。


命にかえても譲れないものがあるといいますが、まさにこの時代、国を思い行動に出るものでいて、その上でそれを認める良い皇帝がいるということで、カッコいいです。


現代社会では殺されるところまでいくことはないはずですので、こうありたいものですよね。(まっ、簡単ではないですけれども(^ ^))


この章あたりから、参加者の方の議論も白熱してきますよ(^ ^)


次回、お楽しみに!


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author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 18:15
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【セミナー】徹底討論!アップルは沈みゆく帝国なのか?それとも世界一イノベーティブでありつづけるのか。
今週は何と3日連続でセミナーという。。。個人的にはかなりぐったりですが、昨日も学ばせていただきました。


今回のセミナー有料だったんですけど、なんと日経BP社様にご招待いただきまして、がっつり楽しませていただきました。


ご登壇いただきました岩谷ゆかりさんは沈みゆく帝国 スティーブ・ジョブズ亡きあと、アップルは偉大な企業でいられるのかの著者さんでもありまして、ご本にそくした内容であると思っていたので、本を買ったまでは良かったのですが、、、まだ読んでなくて、しかも本を忘れてきちゃうし。。。流石に3日目ともなるとボケボケです。(まぁ、本来ボケボケな人間なので、疲れが出たのかもともとダメなのかは判定ができませぬ)



さて、そんなぷぅコッコの事情はおいといて、話をセミナーに移しましょう。

そもそも岩谷さんは元々ウォールストリートジャーナルでアップルの記事を担当されていたということがあります。その中で著者さんが考えられていたことは『やはり新聞の一記事では表現しきれないアップルの成功物語について描きたい』ということで2011年から取材をはじめられたのがこの本を書かれたというか書き始めるために準備された最初ということになります。

取材をはじめた当時はまさかこんなご本になるとはご本人も想像していなかったそうです。

その潮目が変わるのがジョブズが亡くなり、その後みなさんもこ存じのジョブズの伝記がでたことによります。この本やその他の記事により、アップルの成功物語という過去への世間の関心はみたされてしまったのです。

そこで著者さんの関心というか世界の関心は『スティーブ・ジョブズ亡き後のアップルの未来』ということになりました。

ジョブズの時代から特にそうであったわけですがアップルは徹底した秘密主義であるがゆえに取材は困難を極めたそうです。

今やアップルはシリコンバレーの一企業ではなく、グローバルカンパニーとして世界に顧客を持ち、世界で物を作る企業へと成長した経緯からも取材の大変さがうかがえます。

それでもアップルは大企業になってしまったがゆえに、全てを隠すことはもはや出来ないということ。それらを外側から徐々に切り込み、パズルのように組み合わせる。その途方もない作業とともにジョブズ存命時には、けして語らなかった関係者も自分の過去の光の部分について語りたがる特徴も加わり、今回のご本が出来上がったそうです。




ジョブズと現CEOティム・クックは正反対の人


このご本の中ではジョブズとの対比として現CEOティム・クックという人が何者かが多く語られているようです。それによると、ティム・クックはジョブズとは正反対の人で冷静沈着で一般的な経営には強いが、ジョブズほどのカリスマ性は感じられない。

なぜそんな彼をジョブズがCEOに指名したのか。

著者さん自身は『ジョブズは知られる通り、エゴが強く自分が一番でいたい人間でむしろ彼以上の仕事をする人はいらないと考えてのティム・クックだったのではないか?』と、おっしゃっていました。

そういう指摘は、ある一面では正しいと思うのですが、ジョブズはあえて自分とは正反対でしかも巨大企業となったアップルを『死なせない』冷静なプロをつけて、アップルを偉大な企業としたいという望みもあったのではないかと私は思っています。

似たような人をつけることだけが道ではないはずです。そして、そのやり方がもしも変わったとしても、前と同じように出来なかったとしても、『全く正反対なのだから仕方が無い』という諦めのようなものも、従業員の側には生まれるのではないかと私は考えます。

ジョブズがいないと嘆く期間、いわゆる喪があけて、その後の焦燥感に襲われる時にあって、ジョブズではないジョブズに似たような別のものよりも全く別のもののほうがあるいは心穏やかに過ごせるのではないかとも思うのです。人間てそんな弱い存在だと思うんですよね。




セミナーではジョブズ亡き後のアップルが少しずつ変わってゆき、昔ほどの輝きを持たなくなったという事実を深掘りしていきました。離職者なども増えていることや顧客の製品への期待度の点でもかげってきているのではないかというのです。


私はiPhoneこそ使っていますが、特にMacユーザーでもなく、Macへの思い入れも大してないので、ワクワクするようなアップルの戦略が大好きだというわけでもないです。たしかに新しいものがでてこないという指摘は正しいのかもしれないけれど、素晴らしいものであればある程、多くの人が知恵をだしてさらに素晴らしい物を生み出せるオープンな環境を作ることだって可能ではないかと思うのです。

それこそアンドロイドのようにiOSを解放することも可能ではないでしょうか?まぁ、マイクロソフトみたいになっちゃうかもしれないですけどね。

でも、それも企業としてのあり方の一つです。それは好むと好まざるとにかかわらずね。



お話を聞きながら思ったことは社員はジョブズの亡霊に右往左往するCEOのフラフラした態度に翻弄され、それがゆえに道を失っているのではないかという危惧です。

ジョブズが作り上げたアップルという会社の持ち味は最終的にジョブズが決めるというところにあったのだと思います。エンジニアやデザイナーが思うところの最高の物を作り出すと、その足りないところを指摘し、さらに融合体として素晴らしい物に変わるという一翼を偉大なジョブズがになっていたという安心感があったわけです。


それが失われたのに『変わらない』はあり得ない。


エンジニアの仕事の仕方が変わらなくても、それのみではなし得ないことがあるわけです。その時、トップが多数決してるような会社が光るわけがない。


そこが一番の不幸なのだと思います。


さて、ここ数ヶ月ティム・クック氏は変わってきたそうです。それは良い傾向だと私は思います。アップルがイノベーターであり続けるかどうかは経営戦略にかかっていると思います。それが皆が期待するイノベーティブではない場合も考えられます。ティム・クックが仮にイノベーターでないとしてもMBA的に言うところの世界に類を見ないケーススタディをやってのけようとしているわけですから、きっと、ティム・クック流で成功し、ただの大企業ではなく、IBMのような巨人になる時、これは経営学の教科書に載ったりする例なのかもね。ってなことも思うわけで、ティム・クックさんがティム・クックさんのアップルを創造して生かしていけばいいだろうとお話を聞きながら思うのでした。どんな会社になるかはわからないけど、経営者がヴィジョンを持たずにいることが一番の不幸ですからね。


まぁ、なかなか昔からのMacユーザーの方には受け入れられないことなのかもしれないですけれどもね。


ということで、まずはご本を読まなくちゃね。と思うのでした。


ご招待くださいました日経BP社 編集 中川様に改めて御礼申し上げます。

ありがとうございました。

とても素敵なお話でしたし、私の中ではアップルに希望を持てる、何よりも従業員が幸せになる方向にあるのではないかとちょっと希望を感じました。






author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 08:00
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【セミナー】トークライブ 『覆される常識 -開かれた社会-とはなにを意味するか』
今週私はセミナー週間でして、昨日もどえらいトークライブに参加してきました。


ライフネット生命CEO 出口治明さんが去年ナンバーワンだとおっしゃったこちらのご本

社会心理学講義:〈閉ざされた社会〉と〈開かれた社会〉 (筑摩選書)
の著者でもある小坂井先生のトークライブと出口さんとの対談、および参加者の質問に答えるさながら白熱教室のようなセミナーです。



オンタイムに行きたかったのですが、終業後移動するとどうしても遅刻気味になるのと、なんと人身事故のえいきょうなどもあり、予定していた電車に乗れず、新幹線まで使って、、、まぁ、派手に遅刻しました。


さて、ブログにはトークライブの内容とその後の質問から沸き起こる白熱教室ぶりを書くべきかもしれないけど、そんなの無理だし、それは私の中で咀嚼すればいいと、思いました。


それでは今日のブログにはなにを書くのかということなんですけど、本を読んだ時に心に沸いていた一つの疑問が昨日のお話で解けたというか、腹堕ちしたのでそれを書こうかな。


やっぱり直接著者さんのお話を聞くのはいいですね。本で書ききれない著者さんの機微がそこに見え隠れします。




このご本を読んだ時私はこんなブログ記事を書いています。

要するに自分の中で咀嚼できていないと言っているわけです。それでも、読んだ方の多くが感じたであろう自分がもつ常識が足元から崩れ、最後はまるで雲の上を歩くかのような感覚を読後に覚えました。でも、考えてみると、自分の常識が崩されるという体験は、必ずとはいわないけれど、そんなに簡単に受け入れられるものではないはずなんです。何と言っても、自分はなんらかの信念のもとに常識と疑ってないわけですから。


どうしてそんな意識するしないにかかわらず、自分の根幹に関わる常識のようなものをいとも簡単に崩されると感じるような体験ができるのか?それがなんとも不思議でした。


トークライブではもちろんご本の中にあるようなことも含めて話されたのですが、実は問題はそこではなく、むしろ小坂井先生が本を書かれた時の姿勢、というか本を書かれた意味にあるということがわかったんですね。


この本は読者のために書かれたものではなく、先生の心の中に浮かぶ『問い』に対する『答え』を先生自身が見つけ、それを本の形にしているという事実にあるわけです。


つまり、問いを投げかけて『あとは自分で考えな!?』ではなく、問いとその先生が導き出した答えが対として存在する。そのことが、このご本を読むことによって足元から常識を崩されるような体験につながるのだと確信するのです。


読者のために書いているわけではないから、答えを読者に委ねない。そこがこの本の最大の価値なのだと、なんかお話を聞きながら納得したんですよ。


なるほどそういうことかってね。




さて、この本は社会心理学とはなっていますが、先生が扱われる範疇は一般に言われる社会心理学の領域をはるかに超えて、哲学、物理学、天文学、文化人類学などなどなどから様々な知見を集めてたてた問いに答えを導き出しています。


それがゆえに小坂井先生はご自分を『アマチュア』だとおっしゃるのです。お金をもらって何かを教えるために本を書いているのではなく、自分が知りたいことがあるから、そしてその問いに答えてくれる本がないから、ご自分のために本を書かれると。そのゆえに自分のことしか考えていないから『アマチュア』なのだと。


これにはまたガツンとやられました。


私はこんなブログを毎日書いているものですから、『なんで頼まれたわけでもないのに毎日ブログを更新してるんですか?』って人から聞かれることもあるんです。


なんででしょうねぇ〜


って思ってましたけど、そうですよ。自分が書きたいから書いてるんですよ。本だって、自分が読みたいから読んでるんですよ。それって『アマチュア』だからじゃん!わたし、アマチュアだからです!でいいんじゃないか!!


と思ったら、まぁ、爽やかな絶望感が広がる先生のお話の中にめちゃめちゃ強烈な光が見えて(かすかな希望なんかではないですよ。強烈な期待です)


めちゃめちゃ気分良く家路に着いたのでした。


はじめてお会いした小坂井先生は爽やかな白いシャツとオレンジ色のこざっぱりしたおカバンにすごい量の紙のたば(昨日のトークイベントの原稿ですね)とともにモンブラン145(146ではないと思うんだけど)を滑らせる大変スタイリッシュな方で、日本人とわかっていながらパリの香り(まっ、完全にわたしのパリのイメージですけどね。)をまとった素敵な方でした。


機会があれば是非皆様も一度先生のお話を聞いてください。


最後に先生がおっしゃった『美しさ』の話もとても心に残ったので書いておこう。

例えばアインシュタインの説いた相対性理論における両立不可能と思われる二つの理論をどちらも否定することなく証明してみせたあの『美しさ』に惹かれる。

と、おっしゃるのを聞いて、先生は自分の書いたご本はご自分のためだとおっしゃったけれど、それを知ることができ、かつ、その論理により自分の足元が崩れるように感じたのは全てではないにせよその論理の『美しさ』にあったのかということにもじんわり納得してしまいました。

何者を否定せず、そこから導き出される答えは美しい。私はそう思います。



いやぁ〜お話くださったことにはちっとも触れてないけど、すごい爽やか!
そして私は先生にならって(いやいや、先生の足元にも及びませんけど)好きなように書いてみました(^ ^)


小坂井先生、出口さん、主催されたスタッフの皆様、素敵なお話とその時間をありがとうございました。


小坂井先生の他の本もよもーっと。




author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 18:00
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【勉強会】第二期 出口治明氏と古典を精読する会 の3回目 その1
今回は主催者さんのご厚意により、第一期に参加された方との合同精読会となりましていつにもまして深い勉強会となりました。参加できて良かった!

例によって題材となりますご本はこちら

貞観政要 上 新釈漢文大系 (95)



今回はp.204の第六章から

まず、賞罰について言われている部分です。
一事を行えば、則ち天下の観る所と爲り、一言わ出せば、則ち天下の聴く所と爲る

仕事を考えた時、一般に部下とリーダーではその扱う範囲が違い、当然リーダーのほうが大きな範囲を扱うがゆえに本来は部下に比べて忙しいということが言えます。すると部下には上の人の行動をみる余裕があるわけで、これは『リーダーは常に見られている』ということに他なりません。そして、そのリーダーの言ったこと、見たことを見て自分たち部下は行動しているのです。

すると、リーダーがいい加減なことをやっていたら『まぁ、おれらも多少適当でいいんちゃうの?』ってことになるよ。と、魏徴が戒めています。

さらにリーダーの与える賞罰というのは誰に見られても申し開きができる形、誰にでも説明ができる賞罰でなくてはならず、そういう賞罰を常に行うことが大切だということです。

リーダーって、大変ですよね。





次の説にうつりましょう!
p.205
ここでは平治のリーダーと乱世の時のリーダーにおける部下の登用について述べています。

第三章(p.32)に草創と守文はどちらがより為し難いかという話が出てきますが、それにも通じる話です。

生き死にがかかっている乱世の時代には多少悪人であろうがなんだろうが能力の高いものを登用しなくては戦に勝てないわけです。この能力というのは文字どおり喧嘩が強い奴みたいなイメージです。

一方、太平の時代になりますと、それはもう組織運営の時代となってきます。その時は善人を登用しなさいよ。善人であれば、もし仮にうまくいかなくても、才能がなかったね、というかまぁ、任命された場所には合わなかったよね!くらいで大した問題にはならないけど、悪人で能力がある人を登用すれば、その野心家のおかげで組織が壊れてしまうでしょうねと。

さらに人を選ぶ時には、一方から見るのではなく、必ずセカンドオピニオンが必要で、そのセカンドオピニオンとは、その人の行ったことの全て、才能だけでなく、その人の徳のある行いも調べあげた上で登用すべきです、と。

本当に今の会社経営に通じる話ですよね。全く古さを感じないです!






第七章(p.206)では具体的な部下の任命方法について述べています。

この章で、太宗は『刺史(知事)は自らが選び、縣令(市長)は位の高い人に推挙させよう!』ということを決めます。

それまでの唐の政府は多少グズグズになっていたこともあり、部下に勅言されるわけですね。


さて、この話、現代に置き換えて考えてみますと、今までは本社の部長は真面目に考えていたけど、支店長はまぁ適当でいっか。みたいなイメージだったわけです。(日本の大企業にもありがちですよね。)でも、本当は支店で業績をあげるってことのが大切ですよ。なぜなら限定的とはいえ、その全てを収めなければならないからです。

そういう経験により、本当に人を収めることのできる人間であるかをはかるということもあるし、また、きちんと収められる人を選ばなければ、人民は安心して暮らせないと言っているのです。

日本ではあまりありませんが、アメリカの大統領などは名市長や名知事が大統領になることも少なくないです。これは先にも述べたとおり、限定的とはいえ、組織の長として実績をあげたことが重要であるということを国民がわかっているからに他なりません。

日本では、当選回数などというくだらない慣習で名知事が総理大臣になることはまずありませんし、例えば会社組織をみても子会社の社長という長を経験させた人を本社の役員として戻すこともあまりありません(会社にはよって違いはあると思いますが、グローバルな企業では子会社の社長から本社の役員が一般的なのに比べるとはるかに少ないです。)そのな所をとってみても、唐の貞観の時代というはるか昔にすでに言われていたことすらできていないとは。。。なんとも情けないですね。




今日は六章、七章をまとめました。
今回も熱い2時間でしたので、まとめはまだまだ続きます!
この先はさらに熱い議論が!!

次回もお楽しみにぃ〜


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author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 18:15
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【セミナー】奥田浩美氏がシリコンバレーと「見切り発車」の天狼院について語る!に行ってきました
相変わらず天狼院さんのセミナーのタイトルは長いですね(笑)


正式なタイトルは
IT業界のゴットマザーついに天狼院に登場!Googleやマイクロソフトなどシリコンバレーの世界的IT企業と仕事をし、日本のITベンチャー企業に多大な影響力をもつ奥田浩美氏がシリコンバレーと「見切り発車」の天狼院を語る!
です。


そう、シリコンバレーの世界的IT企業が日本で行うイベントを開催されるエキスパートで、日本のITベンチャー企業にも多大な影響力を持たれる方なのです。


最初に奥田さんを知ったのはブロガー友達がすごく入れ込んでいることがきっかけ。

そんなふうに言われる人ってどんな人か気になるでしょ?

お会いしてみたくて、『奥田サロン』に参加したのです。

その時のようすはこちらから

この奥田サロン定員50名がイベント立ち上げ後即満席になるというとんでもない会で、『予定を確認してぇ〜』なんて悠長なことを考えていると参加出来ないという、かなり伝説的な集まりなんです。

一度参加した後、その後も魅力的な会が続いたのですが、なかなか行かれなくて、、、(泣)。

今回はそんな奥田さんのお話が天狼院さんで聞けるということもあってすぐに参加表明したのでした。(超見切り発車しときました(笑))

ちなみに、人生は見切り発車でうまくいくの出版記念イベントってことなんですけどね。


私は、詳しく奥田さんを存じ上げていたわけではないのですが、前回、奥田サロンに参加した時、『お話をされる声とそのトーン、リズムが心地よいなぁ』という印象が強く残っていて、もう一度どうしてもお話をお聞きしたかったのです。


予想通りというか、変わらず声は心地よく、さらにプラスの効果もあることを今回知ることになりました。




奥田さんの原点

私が感じた奥田さんの原点は奥田さん3歳のときの、最古の記憶である『屋久島の亀の上』と『インドでの活動とその体験』だと思います。

最古の記憶が屋久島にお住まいのときに亀に乗っている場面ってのは広大な自然を自分の中に取り込む素晴らしい記憶だと思うんですよ。

へんな話ですけど、こういう一番最初の記憶っていろんなところで自身に影響を与えていると思います。

ちなみに私の最古の記憶は父と行った東京タワーで、人が多すぎて登るのに断念した父は普段買ってもらうよりも高いアイスクリームを私に買い与え、東京タワーを二人で見上げたというものです。

今でも高いところへの憧れが強いのはそういうことなのかも。。。



次に切っても切り離せない『インドでの大学院生活』です。インドの社会福祉系修士学生のみなさんは日本のそれとは大きく異なり多くの期間をインターンのようにして社会福祉に奉仕するそうです。実際に奥田さんがされたのは人身売買で売られ、売春を強要されてきた少女を助け出し、売春の罪悪を刷り込み、少しの期間のタイプや裁縫の教育(約2年)を施し、社会に戻すというもの。でも、結局のところ彼女達は本当の意味で教育を受けたわけでもなく、ただ罪悪の意識だけを植え付けられた状態でまた売春に戻ってしまうことも少なくないそうです。

それは本当に人としての幸せなのか?

髪の毛の1/3が抜けるほどの苦悩の日々です。そんな彼女と一緒に学ぶ同級生たちの中には命をかけてでも、たとえ命を失っても世界を変えたいと使命に燃える人たちだったそうです。


その体験の全てがやっぱり奥田さんの今を作る基礎だと思います。

『世界を変えること』

『生半可には変わらないけれども、何にチャレンジしても命をとられるわけではない。たとえ何かに失敗したとしても、次に向かえること。そして、動くことによって変わる世界』

ってことかなぁ〜と全てのお話の後に思いました。

あっ、ちなみにインドのころのお話は今回のご本にはほとんど載っていなくて、次作ですかね(≧∇≦)



奥田さんシリコンバレーとつながる

そんな奥田さん、まぁ、そんな強烈な体験をされて、その後日本で社会福祉といっても大きくイメージも違うことがわかりというか、まぁ、わかりますよね。今でもそうなのに、軽く25年前だというのを考慮すれば、ますますそうですね。


そこで、国際会議の開催を企画運営する外資系企業に就職されます。

そのころ始めて担当したのが半導体業界ですよ。

うおっ、半導体の企業に勤めてる私!キラーンですよ(笑)出てくるエピソードエピソードが『あーーー、知ってる。。。くわっ、そーだ、そんな感じだったぁーーー。』そんなわけで、一緒に参加した電機業界の友人と盛り上がってしまいました。

まぁ、それは置いといて、とにかくそのころビル・ゲイツやらスティーブ・ジョブズやらと知り合われるようですが、このころの半導体とかITなんて、正直、しょっぱいころですよ。まだ全然想像も出来ない位、ちっちゃいっすよ。

それでも参加する多くの人が『世界を変える』と口にするのだそうです。

そう、インドで出会った人たちと同じように『世界を変えるという言葉を口にする人たちとの仕事』に出会うのです。

あるいみ運命ですね。

そこから独立し、10年走り続けます。



子供とノマド

35歳のころ奥田さんは女の子を授かります。その子が一歳になるころ、10年走り続けた会社を完全に人に渡します。


これは子供をみながら家で仕事をできる自分を実現するため、新しい会社を始めるためでした。

どこにいても仕事ができる。
これはノマドですよね。

ちょっと前のノマドブームなんて目じゃないですよ。うん。

でもね、これ、子供を持つ人なら絶対に思うと思うんですけど、『この熱がある子どもの隣で仕事ができたら』ってね。何度となく、熱を出す子どもの横でただただ休みを取るしかできなかった自分を思い出しました。まぁ、今でこそ家でもできる場合もあるしってんで良い時代になったなぁ〜と。。。


そういう時代をちょっと早く作ること、それが奥田さんのやっていることです。



宝の山をつくろう

そんな時代の先端を行く奥田さんが今、力をかけていること。

それが『たからのやま』という名前の会社です。


この会社、限界集落を超えた消滅集落にITが習えるカフェを作り、高齢者にiPadやiPhoneを教えることを無償でおこなっています。


これがなぜ『たからのやま』なのか?


例えばiPhoneを使っている大人はいっぱいいるけど、iPhoneを使いこなしている人はあんまりいないんじゃないかな?

それって要するに一般にとっては過剰な機能だってことですよね。それでもエンジニアはそれを追い求めるために、わかっていながら、一部のユーザーが望む高度な機能を詰め込みます。(そして、使えない人を実はさらりと切り捨てているのです)

でも、本当は、誰もが、同じ機会を得ることというのが必要なことなんです。例えば、iPadを使っていて指が認識しないお年寄りがいるとか、どこがつまづくから出来ないのかとか、そういうデータ積み重なること!それが新しい製品のもととなる。そして、そのデータをもとに開発することでシリコンバレーではけして作れないものが作れる。

それが『たからのやま』なのですよ。


私はこれと同じようでいてまったく別の体験を自分の子どもからしました。彼らは3歳の頃からiPadを使っています。その使い方は大人には想像出来ない速さと創造性に飛んでいます。


そういう世代が物作りをする頃、間違いなく、取り残させる。そう感じます。
だからこそ、それぞれの年代にあった先端機器の使い方、高齢者に使いやすい先端機器をつくること。それが今から必要で、世界のみんなが幸せになることだというのです。


スゴイよ。


私自身は高齢者ではなく、子ども、特に小学生に物作りの基礎が教えられないかってことを構想していて、それをいろんな人にしゃべっています。実際NPOをやっている友達と、何か出来ないか考えているんですよ。(ブログに初めて書いたけど\(//∇//)\)


この『たからのやま』の話を聞いた時、『これだよ!たからのやまが埋まってるんだよ』と自分のやりたいこととリンクして、体が高揚して、わずかに震えるのがわかりました。


そう、奥田さんは自分で動いてやっている。そのお話を聞いていたら、私も動けるような気がする!それが奥田さんのパワーなんだなと。


ライフネット生命の出口さんが話されたことをちょっと思い出しました。出口さんが言われる部下を動かす上司ってのは3種類います!このいずれでもわりと部下は動いちゃうんです。
その3つとは
1.上司を好きにさせること
2.圧倒的な能力の違いを見せること
3.必死に働いている姿を見せること

この3つのうち1と2は必ずしも誰でもできるとは限らないです!でも、どんな人であっても心意気だけあればできるのが3番なんです。

奥田さんは3つとも持っていらっしゃると思うけれど、とにかく『自分で動く』しかもウジウジしている人が着いてこられない速さで動く。


やばいよ。すげーカッコイイ!




見切り発車でいこう

スピード感の話が出ましたが、それがまさに見切り発車でなんですね。


まず動こう。

動いて考えようではなく
動いて仲間を集めよう
だと思うな。

奥田さんが大きく手を広げて、凄いスピードで走る中、その手をつかむ人達をいっぱい巻き込んで行く!

そんなイメージ。


もうその辺の話をお聞きする頃には今日のご本である人生は見切り発車でうまくいくを読みたくて仕方がなくなってる。


すごい仕掛けでしょ(≧∇≦)


震えるほどカッコイイ大人に久しぶりに会ったなぁってすごく、すっごくジーンと来てしまいました。




さて、一人盛り上がっておりますが、私にはこれをやりたいって『溢れる情熱』『溢れる想い』が実はあるんじゃないかと気がつかさせてもらいました。


それは私だけでなく、会場にいた多くの人が感じたことではないかと思います。


そして、(まだ読んでないけど)きっと今回のご本にはそれが詰まっているはずです!

もちろん読んだらブログもアップしますが、久しぶりに『すっげー読みたい!!』ってご本です!

ご興味ある方はぜひ、私より先に読んでね(≧∇≦)



まだまだ、書き足りないけど、あとは参加した人たちの特権ってことで、お許しくださいね。


平日のセミナーでこんなに熱く元気になるなんて!めちゃめちゃお得でした。


ご登壇くださった奥田さん!ありがとうございました。
私の中にある溢れる想いに手が届くかもしれません。これ、すごいです。


イベント運営してくださった三浦さんと天狼院のスタッフの皆さん!ありがとうございました!
今度は万年筆の使い方、みんなで書きましょう講座やりましょう(違。。。
また、お店に遊びに行きます!


編集者の大島さん!ご本、必ず拝読します。めちゃめちゃ楽しみです。このご本と昨日の時間を作ってくださったことに感謝!


最後に、ご一緒してくださった参加者の皆様、あの時間を共有できたこと、めちゃめちゃ嬉しいです。



さて、ご本はこちらですよ。
これはすごそうな予感ですよ(≧∇≦)


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私は天狼院書店で買いました( ̄^ ̄)ゞ


author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 20:00
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【セミナー】第11回 リベラルアーツ教育によるグローバルリーダー養成フォーラム その4 5000年史 17世紀編
さて、また続きです。

大清の成立のころです。
1636年にホンタイジが皇帝になりまして、大清と国号を変更しておりますが、大清はなんと4重帝国です。
彼は
中国の肯定
モンゴルの大カアン
チベットの大ダンナ
満州の王様
と言うわけ。とんでもない国ですね。このころのGDPで言えば大清は22.3%だったそうで、そんな意味でもとんでもない大国なんですよ。

ヨーロッパに話を戻そうかと思ったんですけれども、なんかわたしの力量だと書ききる自信がないので、ここから先は出口さんのお話下さったことで特に印象に残っていることを!


まず、『戦争は金だ』ということ。

これ、この間も書きましたけど、とにかくえらいお坊さんやら王様がいて、いい感じに金持ちの国になる。それを世のため人のために使う王様ってのはあんまりいなくて、このころの王様は金持ちになる、いわゆる最盛期に割とアホな野心家が多いのかとりあえず戦争して領土を増やそうとしています。

領土を増やすというと国力が上がって。。。なんてことを思いますが、やっぱり何と無く『金、余ってるし、俺すごいやんって思われたいわぁ』みたいなしょーもない理由で戦争している感じがしてならないわけです。

ほんと残念。



次に宗教の話
『宗教は貧者の麻薬』
という出口さんの名言があるのですが、それに加えてもいいかなぁ〜と思うのが
『宗教は布教がすべて』
ということ。徳川幕府といいますと、キリシタンが弾圧されます。これってなんか怖いしみたいな微妙な感覚。それで、とりあえず仏教大切にして、キリシタンは弾圧するぜ!って感じでした。そこで、檀家制度というのを作るわけですが、そうするとお坊さんはなんにもしなくてもご飯が食べられちゃう。

それって宗教としてはエネルギーが奪われることなんですね。この場合、檀家制度によって仏教のエネルギーが奪われたということです。やっぱり勢力的に布教しないと力を保つのは難しいってことですよね。


そして最後、5000年史に限らないのですが、出口さんがよくおっしゃることで、『人間、優れた頭脳がいつ現れるかはわからない』ということ。

人間の脳というのは1億3000年ものあいだ進化していないということです。だとすると、昔の人に比べて、今の人が持つものは技術だけであって、素晴らしい頭脳というわけではないんですね。

バイオリンの名器はストラディバリウスですが、あれはたまたま300年前にニスを作る大天才が生まれたということなわけです。そういう意味では科学の発展にしても新しい政治形態にしてもたまたまいいタイミングで大天才が生まれたことで発展したと考えるのが自然ではないかということです。


これが流れとして歴史を見る面白さなのかなぁ〜って思ったりもして(≧∇≦)


今回、最初に書いたようにすごく考え方がすっと入ってきて感激!とか言ってた割りにはまとめてみると、歴史の事実が頭に入ってなくって、へっぽこでした。。。困ったもんだ。せっかく読んでいただいたのに、すみませんです。


改めて、出口さんのご本を読み返さなくては!と思うのでした。

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今回のブログで興味を持ってくださった方はぜひお読みくださいね。


次回は10月18日!会場でぜひお会いしましょう!

author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 19:14
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