RSS | ATOM | SEARCH
【徒然】ケータイ機種変しましたよ
台湾には3年いるんですけど、台湾に渡る直前、ちょうど日本でSIMフリーケータイが買えるようになった頃ですわ。


台湾で入手するのは大変だ(という気がしてた)ので、日本で、しかもアップルストアでその当時出たばかりのアイフォン6プラスを買って、握りしめて、台湾に渡ったのです。


その後、苦楽を共にすること3年。
一度のバッテリー交換を経て頑張ってくれました。


アイフォン6プラス

sもついてない。

今や売ってもいない。。。


それで、今回、アイフォンXにするか、3秒だけ悩みました。


これまで機種変といえば最新機種を買ってきたじゃないか!!


の思いが交錯しましたけど、いかんせん高いよね。


MacBook買えちゃうよ。


だってメモリーは64じゃ足りないんだもん。


64の次は256しかないし、ありえないでしょ。


ということでね、256のアイフォン8プラスにしましたよ。


アップルストア銀座店でご購入ですよ。

今回の一時帰国で。


ちなみに台湾で買うよりお安く買えます。
円安(最近ちょっと上がってきたけど。。。)だからよ。


為替問題で、いろいろ損してますけど、まー、それは良いです。
得してることもあるだろうちゅうことで。


それで、アップルストア銀座店に行きますと、まだアイフォン6Sプラスもアイフォン7プラスも売ってるじゃん。


アイフォン6プラスで性能についてはなにも文句なかったんで、揺らぎましたよ。


え、え、安い方にしちゃう?
どーよ?
みたいな(笑)


実は今回の機種変、苦楽を共にしたアイフォン6プラスさんが、いきなりSIMを認識しなくなったり、いきなり電源落ちしたりと、「え?これって電池変えてもダメなやつじゃね?」みたいな不具合が続いてたことによるもの


とにかくアイフォン自体を新しくしないとまずいなと。


どーでも良いけど、いきなりケータイが死ぬと、生活に支障が出ますからね。
(いろんなことを依存してるからね。)

まぁ、ケータイが死ぬにまかせて、仙人のような生活をするというのももしかしたらいいかもしれませんけど、そうもいかないもんでね。


で、そんなことで変えようとしてるので、最新機種じゃなくてもいいし、使い慣れた機種のがよくない?って。


だがしかしですよ。。。


そこは、、、やはり、、、決めてきたし、、、と、ブルーのシャツを着たアップルストアのスタッフさんに「アイフォン8プラス欲しいですけど、、、」って言ってみたりして。


というわけで無事に、一時帰国ちうであったことも手伝って、免税でゲットしてきました。



アイフォンXを買わなかったということで、アイフォンXのラインナップにはないゴールドにしときました。


機種変するといろいろやらなきゃいけないことが多くて困ってますが、これまた致し方なし。。。


とりあえずこの3年ご一緒したアイフォン6プラス
台湾生活を一緒に頑張ってくれてありがとね。

author:ぷぅコッコ, category:徒然, 06:06
comments(0), -, - -
【勉強会】エンパシー・スーパービジョン
あらかじめお断り、本日のブログ、割と自分の備忘録のために書いているために、途中、理解できない部分や、共感できない部分が存在すると思われますが、そちらは、あまり深く考えずにスルーしてください。



昨夜、authentic leadership講座に付随するエンパシー・スーパービジョンのエンパシーされる人をやってきました。


エンパシー、、、どこかで説明を書いたかもしれないですけど、人に話を聞いてもらい、共感を得ながら、深く自分の命とつながるということです。


それってなんだ?


イメージしやすいので、書きますが、カウンセリングの被験者で、まぁ、話を聞いてもらう側をやりましたって話。
(実際はもっと、すごいんだけど、伝わりづらい。。。(笑))


わりと頭でっかちなので、authentic leadership講座の基礎編で、「よし、理論は理解した!」「ん、ならできるはずだ」みたいなことを思うんですけど、何事も、練習しないとうまくなりません。


それは洋の東西を問わず、authentic leadershipの大天才がいたとして、そんな人でもです。


で、昨日のは上級コースのみ方々の練習の場みたいなところで、私はエンパシー体験の方を積むためにエンパシーしてもらう側として参加しました。


このエンパシーというやつ。


実は上級コースに友人がいるので何度となくお願いしていて(この場合は自分も練習したりしてる)その度に発見はあるのね〜〜。


でも、昨日のは、講座主催者の方が実際にエンパシーしてる様子を見ながら、アドバイスしてくれる会で、私はもちろんエンパシーする側ではなくてされる側なんだけど、とにかく、これまでの経験から自分の「命」に向き合いたいと思って参加したのよね〜〜。



まー、それで詳しく書くのはどーなんだって事で、詳細は明かしませんが(ブログ読者には、私のくるしい胸の内はダダ漏れな気もするけど(笑))いろんな問題があって、雇用だったり、家族だったり、で、自分的にはやってるつもりなのになんかモヤモヤするんだよね〜〜。


ってところから話が始まりまして、おあいてしてくださった方が、私が言ったことから必要な部分を繰り返してくれて、こういうことが欲しいんじゃないか?というのをひたすらフィールドバックしてくれるわけです。


お相手さんは初めておはなしした方ですが、すごく心地よく引き出してもらった感じあります。



もうね記憶がないくらい喋りまくった気がして、正確には覚えてないですが、問いかけられることに対して、自分がどう反応したか、感情が動いたかってのは覚えていて。



例えば、「それってもっと主体的にしたいってこと?」とか「配慮かな?」と問いかけられるんだけど、頭で考えてたら、そうかもって思うことに、体が、体の内側がNOを出すんだよね。


「いや、主体的ではあると思う」とか「うーん、自分で決められないことが多いけど、配慮はされてるんだと思う」とか、、、でも、もやもやするんだ。


そうすると、どんなタイミングだったか覚えてないけど、「怖いから近づきたくない」って感じる、、、を多分口に出したのよね。。。


それをリフレクションされる
「怖いから近づきたくない」


そうなんだよ。
時間があれば、自分につながってって言う、そんな時間が欲しいとかじゃなく。

もしも時間が欲しいなら裂けばいいのよ。
時間なんてどんなに大変な時でも作れるのは知ってる。


じゃーなんでだ?
ってなった時に、怖いから近づきたくないんだよね。


そのなんらかしらある、自分の中のエネルギーにね。


だから、「こんなこともあんなこともあるから、大変でしょ〜だから近づけないんだから〜」って言う言い訳を必死にやってるんだね。。。


回遊魚のようだ(笑)


生きるために必死に泳いでますからね、中心部のほんとは近づきたいエリアに近づかなくても、私は頑張ってますから、うんうん!みたいな。


それで避けてきた物は何か?


と言うところで
「それは感情的な安全ですか?」


って問いかけられたんだと思うけど
(どう言われたかは覚えてない)


「あ、それだ。。。」
と体が反応するんだね。


不思議なんだけど、
「そーかも知れない」
「そーゆー考え方もできますよね」
とかじゃなくて、
完全にそれ!


ってのが体の内側からくる感じ。


今回はその言葉を言われた瞬間に文字通り「胸熱」になりました。
(きっとこの辺にエネルギーあるんだね。)


で、すごく気分が良くなって

なんと言ったらいいかな
内側にあるエネルギーの方が「やっと見つけてくれたー」みたいな興奮状態でしたね、これ。

(そのあとしばらく遠足前の子供みたいに眠れないみたいな感じ)



で、私の回のエンパシーは終わり。



でもすごく貴重な体験をさせてもらった。


もうずっと、体からは呼びかけられてた気がする。


でも、自分だけじゃ繋がらなかった。


そんな意味でもすごくありがたかったなぁって思う。



おあいてしてくださったゆうくんが「なんかシャブみたいな感じで」って繰り出してくれた細かいジャブが効いてきて核心に。


面白すぎるね。



さて次は、「感情的な安全」というニーズと実際につながらないとなぁ〜
一人じゃ怖いんですけど、これ。


ってなってるのが今。。。


主催のみーちゃん、エンパシーしてくれたゆうくん、そしてエンパシー・スーパービジョンに参加してくださった皆様に感謝です!

author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 05:46
comments(0), -, - -
【徒然】皆様に感謝を!
今日は
2018年3月27日
私、誕生日です。


すごい時代で、朝、わたしがSNSを開いたら、誕生日メッセージを下さった方がいらして、それで誕生日だと気がつきました。


年末からここまで
いろんなことがありまして、今も続いてるけど、こんな年になるとそんなもんかなぁって思ったり。


先日、日本にちょこっとだけ帰って、エネルギーをもらったり。


思うことは、変化は自分で起こさなきゃねってことですかね?


世の中は変化が早いので、なんともかんともですけど、その変化についていくみたいなことだけじゃなくて、自分から積極的に変えることが必要なのかも。


そんなわけで、今日という日を味わうことにします。


色々なことに気がつかせてくれるステキなみなさんに、感謝を!


いつも読んでくださってありがとうございます。
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 06:14
comments(0), -, - -
【徒然】当たり前と常識を疑う
当たり前と常識を疑う。


この手の話は、人によっては耳タコですよね〜。
だって、素晴らしき成功本とか、素晴らしきビジネス習慣本をざっくり10冊も読めば、半分くらいのにはそれっぽいことが書いてあるもの。


元来、私、素直な性格なもので。。。
そうか、常識を疑うのか?
ふむふむ、当たり前を疑う、なるほどね〜
やってきました。


そうね、今、台湾にいるってあたりで、なんというかな、その常識ってやつとは戦ってきたかもね。


それを人は「波瀾万丈」と呼ぶのかもしれないし。
わたしのことを「破天荒」だと思ってる人もいるかもね。


それがあってるとか、間違ってるとかそういうことではなくて、そう感じた人がいたなら、そうだろうと思う。


世間的には、「常識だ」と言うことを疑ってみるというのはいいことだし、そのままの解釈でやってきて、ここまできたんだと思ってはいる。


思ってはいるけど、実はその「常識を疑う」というのは、もっともっと深いところだったのかも、思い始めているんだなぁ。


Authentic leadershipの基礎講座に出た時からだろうか、わたしの中でちょっと変わり始めているのね。


当たり前のことだけど、「人の考えていることはわからない。」
話を聞いたらわかるのか?
話を聞くと、わかった気になるでしょう?
例えば、家族が病気で大変だ。
という話を、詳しく聞いたりすると、すごくわかった気になって、「辛い時があるよね」って励ましたり、「そういう時はこんな食品がいいらしい」と、自分の経験をシェアしてみたり。
そんなことをしてみると、なんだか「ものすごくわかった気になる」んじゃないかなぁ。


少なくともわたしはそんな風になってたのね。


それら、「傾聴」であり、「共感」(ここでいう共感は一般的な意味での共感で、実はこれって同調に限りなく近いね。)


でもどんな病気の人でも、どんな状況にあったとしても、本人が思っていることを100%知ることはできないし、知れたとして、どの感情がどう動いて、相手がどう感じるかというのは相手のものであって、わたしのものではないのね。


だとすると、「相手の考えていることを理解する」なんて所詮無理なのね。


そこにたって、「当たり前」や「常識」を疑わなきゃいけない。



さて、当たり前だけど、外国は日本とは違う「常識」の中にあって、その中で、わたしは外国人というわけ。


そこはまー、いいんだけど、日本で言われる忖度とは、また違った忖度は存在する。


それがいわゆるここでの常識


そこはわたしのわからない世界で、一から学んだいろいろがある。


まさに、わたしにはわからないことだらけ。


それで、このどこかの「常識」
どっちが正しいとか、どちらが絶対的に間違ってるとか、そういうのはないんだね。


文字通りない、と思う。


日本だったら、、、
と思うのと同じくらい
台湾だったら、、、
がもうすでにわたしの体に刻まれてるし、どっちにもいいところとうまくできないなってところがある。


そういうことを比べても意味ないのね。


さらに、そこを理解しないまま、走って生きてきたので、これまで一時帰国等で日本に帰る際に、台湾に戻りたくないなぁという感情が湧いたこともなかったんだな。
(生きるのに必死すぎてそんなことを言ってる時間もなかった。)



今回、日本に一週間ほど帰ったんですけど、
「あー、台湾戻りたくないわー」
って最終日に思ったのね。


自分でもびっくりなこの感情は何か一つの理由があってそれが嫌でとか、そんな単純なことではなくて、本当にお初でお目にかかった、うちから出るもので。。。


これが、もしかして、いわゆるホームシックなのか?


と思っちゃったくらい(笑)


と、ここでいろいろ書いてるけど、「そうかぁ、外国で暮らすって、そういうのもあるよね〜〜、わかるぅ。」とかは違うんだよ!と言いたいのね。


冒頭の「当たり前」と「常識」を疑うはまさにここ。


100人の人が外国に行ったら100人の人の獲得する「当たり前」と「常識」が生み出される。


100人の外国に行かない人たちが持ってる「当たり前」や「常識」はある面で似ているかも知れない(国民性とか地域性みたいなものからね)
そこをでなければ、その「当たり前」と「常識」をある程度みんながわかってくれるはず。
だから、そこから外れるとイライラしちゃうのね。


でも、それだって、人それぞれで捉え方は違っているからやっぱりお腹の中にある「当たり前」や「常識」は異なるんだよ。


本当に疑わなくてはならないのは「世間で言われるところの常識」ではなく、「自分が持ってしまった常識」なのよね。


それを疑う。


疑った上で、それに従うもよし。
気が乗らなければ、新たなる「常識に身を委ねる」もよし。


その上に立つと、人はいつも変化してるのねってことに気がつかさせられるんだな。


まーそんなわけで、ビジネス書どれだけ読んでもここに立つまでにものすごい時間がかかって、かつ、その全ても「わたしが経験したことから総合的に展開すると、、、」ということで、どんなビジネス書にも載ってないわけだわ。。。


困ったもんだ。


今回、また台湾に戻るにあたって、結構深く感じたことでした。


author:ぷぅコッコ, category:徒然, 05:57
comments(0), -, - -
【勉強会】基礎編 Authentic Leadership講座 第1回に参加しました。
【勉強会】基礎編 Authentic Leadership講座 第1回に参加しました。


ちょっと前ですけど、最終回参加したって書いてたじゃーん!って方、このブログの読者さんで、かなりの通ですね。


そうなんです。
基礎編は実は私、一度参加してまして、それは6期だったのね。
んでもって、7期が開催されて、実は6期の時の1回目の4回目は残念ながら、ほぼ参加できてないという事情があったので、今回、7期の皆さんと一緒に1回目と4回目だけ参加しようと思いまして、参加してるということなんですね。


安定のzoom参加でして、まぁ、アジトに行けたらいいんですけど、いかんせん外国に住んでるもんで、zoom参加できるというだけでもありがたいことです。


そんなわけで、めちゃめちゃ楽しみにしてましたのに、まさかの緊急対応で帰れず。。。


前回と同じじゃないか。。。


と、なかば絶望しながらも、なんとか、聞きたいところは聞けたかな?


ということで、さらりとまとめします。


ちょうど、「NVCの前提と意図」の説明がはじまる前に入った感じなんですけど、いやー、ここがね、聞きたかったんですよ。


うん。


前回参加した時は、zoomも初めてだし、遅刻するし、もうさー、「申し込まなきゃ良かった」くらいのことを思ったわけです。(いや本当に。)


がーん、1回目ちゃんと出られなかった、もうだめじゃん!みたいな。


子供か?って感じですけど、完全に浮き足立ってまして、思い出しても恥ずかしい。


そんな風になってる人が7期の皆さんの中にいるかはわからないですが、「うーん、ニーズってなんだろう、欲とは違うのか?共感できる?感情に。。。よくわかんないよぉ〜」ってなってる方、安心してください。


8回続けて参加してると絶対掴めると思うので。素晴らしいです。


で、それらを受けて、の「NVCの前提と意図」いやー、染み込みますね。


なんで、よりにもよってまた遅刻なのかという問題はありますが、「そうそう、うんうん」っていちいちうなづく感じです。


ニーズは誰にでもあって、その満たし方は違うということ。


テロリストはなぜ爆弾を仕掛けるのか?


こういう問いにパッと答えられる人はいないし、理解できないって思っちゃう。だけど、彼はなんらかしらそうしなければならない理由や背景があって、その奥には彼らのニーズがある。


そして、そのニーズを満たすための手段として、爆弾を仕掛けることを選んだというわけ。


だったら、それが許されるか?
なんか理由があればいいのか?


そんなことを考えちゃうけど、そーじゃない。


やったこと自体は許せない。


あなたがあなたのなにかのニーズを満たすために使った手段は許せない。


だけど、あなたがなんのニーズを満たそうとしたのか、そのニーズ(なぜそうしたのか?)には繋がれる。


この繋がれるってのが、許すとか、許さないとかそういう次元じゃなくて、何か悲しいことがあったとか、そういう感じが一人一人違うけど、私も持ってるし、あなたも持ってるよねって、共感できる。


ニーズというのは、誰にでも共通であるものというのことなわけ。



ではではそのニーズとやら、どんなもんなのかってのは、これからやってくことになると思うんだけど、さまざまなニーズがあって、それらは層になってる。


これね、今だから思うけど、本当そうだなって。


例えば、「食べ物」のニーズってのがあったときに、「何かを食べたら満たされる」というニーズだとして、とにかく食べたら満たされるんだよ。


それが、食べても食べても満たされないって、おデブさんの陥る罠みたいになってるけど、それって、もうニーズじゃなくて欲なのよ。


「食べ物」ってニーズだけじゃなくて、「つながり」だったり、「承認」だったりっていろいろある。


色々あるものは、全部、方法は無限大で、満たすことが可能なの。


え?でも満たさないのがあるって。


そうそう、そう思っちゃう。
それは、社会がそうなっちゃってるから。


もうほんとは全ての人を満たせるだけの資本みたいなものは多分あるんだよね。


だけど、社会は不公平だから満たせない。
というか、全ての人のニーズを満たすストラテジーってのは存在しないらしいんだな。


つーか、ほんとはあると思うけど、ひどく、達成しづらい。



例えば去年生み出された利益というやつ、いろんなものがあるんだと思うけど、とある統計によると実にその82%は上位1%の人の懐に。


そして下半分に属する人たちの資産は増えてない。


ってことがあるらしい。


こんだけ偏ってたら、「食べ物」ってニーズすら満たせない人がいるのは容易に想像がつくし、資源はあるけど満たしづらい世の中ってのはわかりやすいかなと思う。



じゃーひとまずこの講座に参加してる日本人なら「食べ物」ニーズは満たされてるな!としても満たされてないもんがいっぱいある。


世の中はパフォーマンス評価だから、「あなたは何々ができるから愛される」みたいな指標。


それに一番こだわっちゃってるのが自分自身で、ともすると
「私は何々ができないから愛されない」なんてことにまで思いが及ぶと。。。


なんか幸せじゃないないなぁ。


でもしょうがないじゃん世界がそうなんだもの。
いやいや、そーではなくてね。
自分は「なんでそう思っちゃってるのか?」
そこにはどんなニーズがあって、どんな思い込みをしてるために満たせないのか。
(何々すべきとか、何々じゃなきゃダメだとか、そういうのは思い込みで、実は取っ払うことができる!筈だ!これがストラテジー無限大というわけなの。)

なーんていう、自分のニーズに繋がる旅みたいなもんなんだよね〜。
うんうん。


と、深くうなづいたりして。


それにしても、なんでこう、毎回、仕事で参加できないのか。1回目だけ。


どーなってるだか。


久しぶりにNVCの世界観に触れて、とてもしあわせな時間でした。


いつの日か対面クラスで受けられたら良いなぁと思ってます!


author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 20:28
comments(0), -, - -
【徒然】感情があることを認識する
自分の中に、いろいろな感情がある。


喜怒哀楽の話を昨日書いたけど、うまくいかないことがある時や、自分ではどうにもならないことがある時って、どうしても感情のふれが大きくなる。


これ、昔は良くないことだと思ってた。


理性的に、冷静に。
感情に流されず。
そんなこと。


これが良いこと


それで、
感情的である
思いに任せて物事を行う
感情を爆発させてる


みたいなことは悪いこと


そんな区分け。


昨年の秋頃、NVCという概念の基礎を勉強してみた。


そこで言われていることは、今まで感じてきたことと全く違っていて

感情を無視する社会では立ちゆかないんだと言う。


そうか、そうかもしれない。


そうかも知れないを、「そうなんだ!そうだったんだ!」にかえる8回だった気がしてる。


でも、簡単に引き戻される。
現実は、やはり「感情優先」は認められないし、そもそもそういうことでもない。


アドラー心理学が一時期流行ってて、今はどうかわからないけど、とにかくその頃、アドラーさんの本を読んで、「そうだな」と納得して、その後。


アドラーさん曰く
概念を知ってから自分の中に定着するまでに20年はかかると言っていた気がする。


おいおい、60歳になっちまう。


と思った。


でも、なんでも「概念」ってのはそういうものな気がする。


わかった
という状態から
それらが常に自分とともにあって、常にそんな考え方ができるようになる。


そこまでには何年もかかるんだ。


不思議でもないけど、それは事実よね。


かっこいいことを書いてみたり、かっこいいことを喋ってみたりして、そういう在り方をしているとなんかできてるような気がするけど、そうじゃない。


自分ではコントロールできないことですぐに引き戻される。


そんなもんなのかも。


でも、それはそれで、
むしろ「それも、あること」として
そこからまたはじめればいいかな?


それが浸透させるプロセスんだろうな。


なんとなく今の「モヤモヤ」も、抜ける時には、なんとかなるんじゃないかな?


うーん、、、


書いてて思ったけど、やっぱり疲れてるなぁ。。。
寝るか、休むかした方が良さそうだわ。。。
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 06:21
comments(0), -, - -
【徒然】喜怒哀楽は絶対値が大きい方が、人生は絶対楽しい!
悩まず生きる人はいないわけで、私も、悩んでいます。
でもそれって、実はいいことかもっていうか、悩むことが、じゃなくて、悩めることが起こることがいいことかも!


もっというと、そういうことが起こることについて、悩むことすら実はあんまり意味がないかも!って話。


今日Facebookにこんなのをアップしました。




辛いこと悲しいことは幸せになるための必要事項!


そっか、そうかも!


そしたら、友達が教えてくれました。
出口さんの言葉
『喜怒哀楽の絶対値が大きい方が、人生は楽しいのでは』


そう、イベントと、絶対値。


負はないのよ。


これ、凄いね!
嬉しいことも
怒ってることも
悲しいことも
楽しいことも


ぜんぶおっきい方がいいんだな。


そう考えたら、何が起きても大丈夫だなっ。


考え方はいろいろあって、今、ものすごく辛いって人もいるだろうと思う。
自分の経験を省みると、そういう時にいろんな人にかける言葉を持っている。
それはたんに「頑張れ」っていうことじゃなくて
かといって「辛いんですね」と同調したり共感したりするだけでもなくて
ある種の体験は、まるで自分のものであるかのように感じることができる。


これは、辛かった過去の経験によるところが大きいのかも。


その時は、やりきれないし、深い闇の中にいるようにも思うけど、そこから這い上がるだけだ、と気がついた時から、変わっていく。


そうするとまた、ちょっとした楽しいことが、すっごく楽しいになる。


そういうことがあっても最後には大丈夫ですよって、辛い人にほんの少し手を差し伸べたりできる。
(実際にやってるかどうかは別の話だけど。あっ、それじゃダメか?)



人は生きてる間に全部を経験することはできないから、先人の失敗に学ぶことはもちろん大事なことだけど、やはり経験して語ることは、自分の血肉になり、自分の芯の部分に流れるような気がしてる。


それがいいことか?悪いことか?


という尺度ではなくて


ぜんぶあってオッケーで
しかもそれは大きければ大きい程、自分の命全体を使って立ち向かってるわけで、そりゃそりゃ、尊い経験だわ。


そんなわけで、
『喜怒哀楽の絶対値が大きい方が、人生は楽しいのでは』
きっとこんな感じなんだな。



一つ言えるのは、大抵、ネガティブな方にシミュレーションしてたり、相手は自分を嫌いかもしれないなんて、ストーリーを作り上げてる時は、体力がなくなったり、調子が悪かったりする。


そんな時は、寝たほうがいいな。


大抵、シミュレーションしてるストーリーにはならないし、もしも、いつもなるってんなら、凄いパワーじゃん。
呼び込んでるわけだから。


それと一緒に今日はステキな言葉をもう一つ教えてもらったよ。

『人帥真好』『人漂亮真好』
かっこいい人(綺麗な人)はステキなことが(いっぱい)起こる
みたいな感じ。


もちろん、本当にかっこよかったり、綺麗だったりしたら、良いことがいっぱいあるかもしれないよね?


でも、物理的にかっこいいってだけで、いつもしかめっ面の人にはあんまり呼び込めない、、、というか、たぶんニコニコしてたらもっと呼び込めるのよ。


たいして容姿に自信がなかったとしても、ニコニコしてたら、きっと良いことがいっぱい起こるよ。


そんな感じで、勝手に解釈しまして、日々を過ごしていこっかなぁと、思ってます。


いやー、良いか悪いかは置いといて、イベントがいっぱいあるってことは、それだけ経験が増えちゃうわけだから、人生は面白くないはずないだろうってことよね。
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 19:04
comments(0), -, - -
【徒然】モチベーションなる怪物
本日、日曜日ですが、なぜだか安定の「加班」
いわゆる「自主休日出勤」です。
自主ってところがポイントで、まーtool使い放題で仕事すすめたいもんで、行くわけですわ。
(締め切り迫ってるなんて事情も実はあります。そうでなければそこまで頑張らないかも。)



まー、そんなことは置いといて
いやいや、置いといて、でもないか。


会社に命令されるわけでもなくて、会社に休日出勤する
というのにも、実はなんとなく「モチベーション」なるものが存在するわけです。


そいつは何か?
多分今日の場合は、tool使い放題というのですね。


計算機、されど計算機なので、時間がかかるんですよね。やっぱりいろんなことにね。


人がいっせいに計算機に、プログラムを投げる平日よりもCPUも使えるし、計算も早く終わるというわけ。


そこが魅力なのね。
だからこそ、休日、えっちらと、台北からはるばる一時間半以上もかけて、新竹まで出かけるというわけ。
(余程でなければ、休日に自主出勤などしないレベルには遠い。。。)


毎日通ってますけど、休日は遊びですら全く行きたいと思わないので、そこにはなんらかしらの行きたい、やりたいみたいなもんがないと、常に根が生えちゃってるぷぅねーさんの腰は上がらないというわけなのね。


さて、そんなモチベーションなるもの。


考えてみると、なにやらモチベーションというのがあれば、「カラダは動く」ようである!ということが一つある。


普段の生活を曲げて、押して、変えるので、平日、特に今日から始まる今週どんな影響が出るかは置いといて、とりあえず、動くということ。


それを他のことにも応用したら、もっと動く?ような気もする。


そこで、何かにこのモチベーションを使えないかと考えるんだな。



うまくいかなそうだなぁ、、、というのはモチベーションの方向が負の方向な場合かな。


今日の場合だと締め切りが迫ってるというのがあるので、これがモチベーションというか、絶対的な理由で、負の方向だな。


なので、単発でしか発揮できないのよね。


もし、ツールが使い放題という理由だけで、毎週通うってのを考えると、私が独り身の立場で、かつ、家が近かったら、その理由(ツール使い放題)は正のモチベーションかも。



だけどさ、人生はとにかくいろいろあるわけで、完全にそれだけでOKなんて、家族も持たない若者にしか許されないのよね。


いやいや、やったっていいけど、そこまでかけるほどでも、やっぱりないよね。


そうなると、負のモチベーションは負のエネルギーに押し出されているために、単発でしかきかないし。


強烈な魅力やモチベーションがあったとしても、それだけに情熱を傾けるのはいかがなものか?ってこともある。



モチベーションってのは、とても便利だけど、もしかすると、なにかを「継続する」ってことにおいては、たいした仕事をしてくれないかもしれない。


そうなのか?そんなもんなのか?
その割には世の中には「モチベーション最高!」みたいな本、いっぱいあるよ。


どう捉えたらいいんだろうなぁ、そこは!
って思ったとき、ちょこっと参考になる本を今読んでるので、また、ブログで報告しまーす!

author:ぷぅコッコ, category:徒然, 06:33
comments(0), -, - -
【徒然】とりあえず書いてみるか
ここ、一、二年サボりまくってましたが、台湾に来るその前あたりは、ずっとブログ毎日書いてました。


毎日書くって決める前、どうしてもかけない日が月に一日か二日あって、「結構書いてるのに毎日じゃない!これいかに?」と、思ってました。


これね、余計なことを考え過ぎてかけないとかじゃ全然なくて、なんというかな?体調?みたいなので落ち込んで、ブログサイトなど開きたくもない。。。そんなことになるんだね〜〜。


で、実際開かない、だからかけない。


それをある日、「毎日書く」って決めたの!
それで続けて来て、台湾に来たら、それもしんどくなって、「毎日書くをやめる」ことにして、不定期にしたんだな。


そうすると元来怠け者なので、書かなくなって、それって素敵じゃなーい!
ってなる。




それで、今、なんだけど。
「毎日書く」何を書く?
それって簡単じゃないんだよね。


時には、ブログなんだから、多少徳のあること書きたいじゃない?って思ったりもするし。


台湾にいるんだから旅行記ではないけど、「台湾生活記録」みたいなブログも書けそうじゃない。


でも別に、わたしの中では特別なことしてないから書けない、というか書けなかったのよ。


だって、旅行好きってわけじゃないから、観光地もあんまり行ってないし。(それでも、友達と一緒にいろいろ連れて行ってもらったり、ボチボチしてるんだけもね。)


会社の仕事も英語で、今年こそは中国語にシフトしたる!って思ってるけど、もちろん、「昨日決めて、明日そうなる」とかじゃ全然ないから、時に聞き取れず、わからんちんのまま進めたり(あっ、それでも問題とかは起こしてませんよ!むしろ頑張ってまっせ(笑))、中国語で喋ったら意味が通じないってのは、最初のフェイズで、それはなんで意味が通じないかというと、もともと声がちっちゃいとか、わたしが英語で喋ってる間に中国語挟もうとするから、中国語だと認識されないとか、今は、中国語と認識されるんだけど、今度は普通の速さで返答が返ってきて、キャッチできないとか、今は、、、一瞬考えて、あ、そーゆーことか?ってなって、小気味好い会話はできないとか。


その過程を経てる感じ。
いやー、いつですかね、多分、今の会社に入った頃ですかね。
英語も全然でさ、いやほんとに、わかんねーってなってた時に似てるんだよね。

だから、きっと、中国語にシフトできると思うのよね。


ちょうどあの3年前わからんちんのだった頃の英語よろしく。


だけど、それも必死だったわけでしょ?

今は英語で伝えれば何だかんだ伝わっちゃうという「楽さ」もあるけど、それに甘んじることなく進みましょうよ。


できんのか?


ってのが今かな?


それで、えっと、何の話でしたっけ?


ブログの話だ。


とにかく、小さな目標として、ブログアプリを毎日開くことにしたんだな。

「小さな目標」
ですよ。



開いてみると、ダラダラと、、、とまでは言わないけれど、書きたいことは見つかるのよ。



だって、日本語に飢えてるからね〜。

そんなもん。


その積み重ねが明日の私になってくれるのかもね。


author:ぷぅコッコ, category:徒然, 06:02
comments(0), -, - -
【日々の記録】人に話を聞いてもらうこと
なんでかわからないのだけれど、いつのまにか【日々の記録】ってカテゴリーを作ってて、びっくらこいたぷぅコッコです。
(いつ、このカテゴリー作ったんだか記憶にないわ〜)



ここのところ、自分的にはショック!ってなことが結構あって、まだ続いてるけど、まーまーいろいろあるのよ。


自分のことならコントロールできることもあるけど、他の人のこととか健康面とか「おいおいこれ、どーすりゃいいんだよ?」ってことも人生だからいっぱい起こるわけ。


その度に、決断を迫られたり、いろいろある。
で、それを誰かに相談したりするわけ。
抱えきれなくなってね。


その間もなんか気づきをもらうと、時には「ハッとしたり」、「二重のショック」になったり、またある時は「涙が止まらなくなったり」そんなことも結構ある。(結構、あるのか?大丈夫か?)


それってさ、「うつ」とかなんじゃん?
って思ったりもするけど、プチうつだろうが、本格的うつだろうが、不安症だろうが、どーでも良くって、そういう時があるってことね。


で、それを、ただリフレクションしてもらって、そこからフィードバックしてもらう(これ、あのAL講座ってやつで出てくるエンパシーって手法というかなんだろう、です。)


最初は、モヤっとしてたのが、数回聞いてもらって、やっぱりいろいろが、ちと今回は大きすぎてわモヤモヤっとしてて、それでもまた丁寧に拾ってもらうと、あるフィードバックで「ハッと」させられる。


私が今、欲しがってることは「これ」かもしれない!!


そういうことなの?不思議だけど、そういうことなの?
なんか続けてもらうと、いきなりわかる。


「この感覚がすごいなぁ」、とちょっと思ってしまった。


これは、一人だとできないんだよね。
そういうことをすごく感じる朝なのです。


エンパシー体験、重要だなぁ。。。
author:ぷぅコッコ, category:日々の記録, 06:17
comments(0), -, - -