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【徒然】全部あっていいんですよ
人は平気で嘘をつく生きものです。
他人に対しても、そして、気づいてはいないけど、自分に対してもです。


「嘘ついてます」
という自覚がある時ってそれはそれでいいんです。
自覚してますからね。


他人に対しても、自分に対してもですけれども、「嘘ついてます」を自覚せずに嘘ついてる時、実はそんなことのが多いけど、自覚がないから厄介です。


何かに反発する
何かに反応する
何かを人のせいにする
何かにひどく動揺する
と、まーいくらでもあるんだけど何かが起こって、それに対して感情が動く時ってのは、自分の中に何か「偽り」が形成されてたり、何か「無視」してことを進めなくてはいけなかったり、そんなことを自分に課してる時かもしれません。


それってね、自分に「嘘」ついてることじゃない?
無自覚に。


「〇〇しなければならない」
「こういう時は、こうするはずでしょ?」
「常識的に言って、ありえない」
「そういうことで、満足するなんて、嫌悪感を覚える」


こういう類の「ねばならない」「常識で」「ありえない」って誰が決めてると思います?


全部自分ですよ。


ある事実から頭で考えて、「捏造」するの。
たまにはあってることもあるけど、何かを言ってるのが他人だったら、残念ながら真実は100%わからないから、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
相手が言ったことの一文だけをみて、あれこれ考えずに、その時にどう思ったのか、どう感じたのかを味わってみる。


その時に感じた感情
例えば、「泣きたいくらい悲しい」なのに、「男の子は泣いてはダメだ」と育ってきたから「泣いてはダメだ」と決まっている。

うーん、決めたのは誰?
社会的に?そう習ってきたから?常識として?


そうですか、じゃーそれを受け入れたのは誰?


そう誰あろう自分なのよ。


どんな法律もどんな人も人の心まで縛ることはできないからね。


というのはヴィクトールフランクルはじめとした著名な心理学者も言ってますやね。



傍目からみたらどんなに酷いことになっていたとしても、笑って生きてる人たちがいる理由は、自分の中でそれを受け入れるのか受け入れないのか?自分で決めているからなのかもね。



それでね、常識だということを受け入れて、本当は悲しいのに、悲しくないというか、その感情に蓋をして、自分に嘘をついてるのは誰か?


これも自分。


なんてことだ、自分は自分に嘘ついてるのか?そんなことあるのか?
納得できないぞ。


そーでしょうそーでしょう。


だってそんな感情存在するはずがないもん。
そーですか?どーですか?


蓋をしてるだけで、あなたの中にそれはあるんじゃないですか?


いろんな意味で認めてこなかっただけで、本当はあるんじゃないですか?


ぜーんぶ自分の中にあって、ぜーんぶん自分で選べるのに、全てはないもののように振舞って、そんな感情は存在しないかのように生きていく。



それは、自分に対する大きな嘘だよね〜〜。



どうしよう、あーしよう、こうしようの前に
今、私は感じているのか。
それはどうしてそう思うのか(大抵の場合はそういう感情もあなたの中に存在するからというのが答えな気がする)
そして、それを受け入れるのか否か?

それは全部、私たち自身が持ってること。
それから目をそらしたり、嘘ついたりしない。



そういうことを自覚したら、自然と自分自身に「ありがとう」を言える日がやってくるんじゃないかなぁ。



そんなことをジンワリと最近考えてます。


全部あっていいんだよ。


ステキな自分も、感じ悪い自分も、誰かに嫉妬してる自分も、誰かから感謝されて嬉しい自分も、全部あって、全部に「ありがとう」そんなことかなぁと。
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 06:34
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