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【勉強会】第二期 出口治明氏と古典を精読する会 5回目(最終回)その1
昨日はライフネット生命CEO出口治明さんと古典を精読する会の5回目でした。ついに最終回です。


さて、最後も気合入れてまとめていきましょう(^ ^)


貞観政要 上 新釈漢文大系 (95)のp.259の論太子諸王定分第九の第一章からです。

第一章では、『早く定分有らしめ』とあるように身分をきちんと決めて、要するに皇太子を早く決めて、その他の子供と、皇太子は身分に違いがあるのだと知らしめなくてはならないと、太宗自身が噛みしめるように述べています。

太宗という人はもともとお兄さんを殺して皇帝の地位に上り詰めた人です。

だからこそ、子どもにはそうなって欲しくないという思いがあったのだということなんでしょう。



第二章では馬周という部下が皇太子を早く決めて、身分をきちんと分けなければ、国が滅びてしまいます。ということをまた歴史から紐解いて述べています。


皇太子というのは決めるってのは大変なんです。逆に決めないってのも大変。後継者選びはなかなか一筋縄ではいかないのはどこの国でも一緒のようです。


というのも、基本的にはお母さんとなる人の位によって、まず、皇太子になれるかどうかというのが決まるということはあるわけですが、その権利を持つ子供達もとにかくいっぱいいます。


皇太子を決めたとしましょう。皇太子の時間が長ければ、もしかしたら権利があったかもしれない他の子供たちとそれらのお取り巻きは面白くないですから、徒党を組んで、皇太子となったもの追い落とそうとするのです。


それに早く決めすぎて、皇帝が長生きしちゃったりする場合も、困りものです。

皇帝がいい感じの年齢でぽっくり死んでくれればいいんですが、そうもいかないんですね。人間ですから。皇太子を決めたはいいけれど、そうやって長生きしちゃうと、せっかく決めた皇太子の側近も歳をとっちゃって、その腕がふるえなくなってしまうのです。(一緒に歳をとってしまいますからね。)


その意味では健康な長男がいて、王様の平均在位25年から30年くらいとして、だいたい20〜30歳で王になって、40〜50歳くらいであっさり死ぬというのを繰り返してくれるとすごくまわりとしてはいいんですね。実際にそんな感じで340年も続いたのがフランスのカペー朝で、今もって『カペー家の奇跡』なんて言われ方もするみたいです。


皇帝が長生きかもしれない!?といって決めなかったらいいかというと、そんなこともなくて、勘違いする輩(子どもら)が出てきてしまう。


そんなこともあってこの世襲で一番良い方法というのはペルシアで行われていた額の裏に皇太子の名前を書いておいて、皇帝の死後にそれを開示するという方法らしいです。

額の裏に書いてある者が皇太子であるというのは全ての人が知った事実です。でもそこに書いてある名前は皇帝しか知らず、さらに遺言書と同じで皇帝の意思でいつでも書き換えることができるという仕組みです。そうなると、『あの裏に書いてあるのは俺かもしれん!?』と息子達がみんな思い、さらに、頑張ったら名前が書かれるかもしれないということがあるわけですから切磋琢磨するんですね。

決めてあるけど誰だかわからないという仕組みは実によくできています。



私はこのあたりの全体、もちろんこのあとも続くやりとりを読みながら、これまで鋭かった太宗も鈍っているように見えたんですね。


実際にこの唐の太宗は名君ですけれども、後継者選びには失敗していると言われています。

他にも名君と呼ばれた漢の武帝も清の康熙帝もことごとく後継者選びには失敗したといわれているそうです。


名君であっても後継者選びには苦慮したということで、んで、もってやっぱり失敗しちゃってる。実に難しいです。


苦肉の策として、皇太子を決めたならば、その子を首都に残し、その他の子どもは地方に出すという方法をとって子供達が徒党を組まないようにするということを行ったということもあるようです。


ちなみに太宗もそのようにした、にもかかわらず、やっぱり失敗していますから、いかに後継者選びが難しいかったか!?ということ物語っています。




今日はここまで(^ ^)
また明日。
author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 20:06
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