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【勉強会】第二期 出口治明氏と古典を精読する会4回目 その2
本日は論封建第八の第一章(p.227)をまとめていきます。


太宗のおじさんである淮安王神通さんは『房玄齢や杜如晦といったスタッフ部門(戦いではどちらかというと後方支援だった人たち)がえらく出世してるけど、俺、戦いのときに一番に駆けつけたじゃん!なんでなの?ちょっと承服できないわ!』と、不服の申し立てをします。


そこで太宗は答えます。
『国家の大事は、唯だ賞と罰とのみ。』


このところでいうところの賞と罰というのはいわゆる人の評価のことです。賞がその功労によく相当していれば、功のないものは自然と引き下がる。といい、そして、個人的な縁故でやたらに勲功のある部下と賞を同じにしてはならない。というのです。


ここでは組織のあるべき姿を説いているわけです。いい加減にえこひいきをすれば、そこに付け込まれるというわけ。この節はその意味で一番に駆けつけたおじさんすらえこひいきしないという言動一致のところを見せつけているわけです。ある意味、格好のチャンスだったとも言えるわけです。(ちょっとおじさん的にはかわいそうだけど)

その辺りの評価を分け隔てなく、厳密にやることで、国民に見せつけて立派な指導者であるということを広めた意味もあるわけですね。


とくに昔は皇帝の顔、形を直接みられる人は少なく、人々は噂話や、こういったまさに人事、賞罰をもって皇帝の人となりをうかがい知ることになります。それをよくわかった上でのPRだという見方もできますが、とにかく『どうやら皇帝はえこひいきしない立派な人らしい』というのが流布してゆくというわけ。


ものすごい策士でもありますな。




次の節では、お父さんの高祖の時代に王様になった皇族について、これまで(太宗が皇帝になった後まで)に功がないもの(とりあえず、良き王様でなかった人)は郡王から群公に格下げしたということです。


太宗という人は高祖の次男です。
高祖は隋の煬帝のイトコでかなり優柔不断な人だったようです。イトコが国をおかしくしてるのがわかってはいるものの、グズグズしていたのですが、李世民(太宗)に突き動かされて、ついに国取りをします。

でもまぁ、それまでもグズグズしていていて、うーん、失敗したら首切られるしぃ〜とかはっきりしない父に業を煮やした太宗さんはウイグル族から兵を借りて来て決起します。まぁ、それに驚いたお父さんの高祖。なんとなくお酒の力も借りて、『いっちょやったるか!!』って重い腰を上げて唐の国を作るわけです。

もともと人のいいお父さんなわけで、『お坊ちゃんの李世民は流石ですねぇ〜』なんておべっかを使われたかはわかりませんがイトコや親類を次々に王様に据えていくわけです。

また、李世民(太宗)のほうが優れていることを感じつつもやっぱりなんとなくで長男のほうを皇太子にしちゃうんですね。

そんな感じでグズグズしてるんですけど、結局、長男はダメってことがわかっているので、李世民(太宗)は長男を殺し、お父さんを幽閉します。

幽閉といっても、別に牢屋に捉えたわけではなく、素敵な土地で美女に囲まれ悠々自適の生活をさせているんですね。まぁ、きっと『お父さん、ダメな兄貴ももう殺したし、政治は俺がやるからのんびり暮らしたらどうですか?』みたいなことを言って、太宗は皇帝になったのでしょう。

この節で、太宗はお父さんである高祖の処置、いわゆるイトコや親類を王様にしたこと自体は認めているのです。しかしながら、先に述べたとおり高祖の時代に王様になって、そのあと太宗が皇帝になったその期間に功がないもの、たとえば使い込みなんかをしている王にふさわしくない親戚については格下げしていきます。


中国というのは秦の始皇帝の時代に確立した中央集権国家が基本です。太宗の時代もそれは同じです。例えて言うならば三重県の知事は官僚がやっていて、伊勢神宮の周りだけを天領として王様を据えた。そんなイメージで王様と官僚が存在します。


封建制とは異なるため、多くの王様が好き勝手にしていたわけではないというのがポイントです。


それが成り立った背景には紙と漢字による文書行政の発達があります。


功がないものというのはこの取り交わされる文書によって、その悪行がすべて暴かれていたということで、まぁ、軽くお上に筒抜けだったと言えます。


これも中国の伝統だそうですが、そういった功がないと言われた人々も弁明の機会は与えられ、それを踏まえて処遇が決まるのが一般的だそうです。


とはいえ、親族を格下げにするというのは国民から見ると聞こえはいいですが、親族にはとっては面白くないです。そんな親族が決起したりする危険はないのかしら?と思ったのですが、李世民(太宗)という人は圧倒的に強く、そして高祖を代表に立てつつも、次々と国取りをし、唐の統一を果たした立役者です。


かたや、功なきもの達は高祖にうまく取り入って、王様なったと考えるのがもっともらしい人たちで、とても勝てる相手ではない位、太宗は圧倒的に強いということもありますし、功のあったものはもちろん格下げにはならないですから、その辺りを厳格にしたとしても、反対勢力が生まれる恐れは極めて低かったようです。

逆に、公平にしないことの害のほうがのちのち大変なことになりそうだと言えるのでした。


いろんなことの上での組織論であり、太宗のPRには十分な内容で、とても面白いです!!


精読会は味わい深いですね。


さて、次のアップは金曜日の予定(^ ^)
そこまでで今回は終わりかな?
次回はちょっと長い。。。かもしれません。でも面白い章なので読み逃しなく!

ではぁ〜





author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 22:23
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