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【勉強会】第二期 出口治明氏と古典を精読する会3回目 その4
これをアップするころ、私はこの会の4回目に参加しているはずなんですね。

いやはや。。。

ここまで、ブログアップを引っ張ってしまった。あちゃーっ。

それはまぁいいとして、まとめていきましょう。。。次がはじまってしまう前に。


今日は214ページの第十章からです。


最初の節のポイントは『昔の立派な人(ここでは堯舜、周の文王、武王が出てきてますが)がやっていたようにやりましょう。賢人が昔にはいて、今にいないなどということは無いのです。それを求めるか?求めないか?好むか?好まないか?だけだ!』ということですね。

太宗さんという人は少しおっとりしてて理想論を喋る人です。それに対し、部下である魏徴はリアリストです。まぁ、つねに『社長!理想論はいいことですけど、甘いですよ!』と諌める人です。

そんな組み合わせはとてもいいですけども、それも太宗さんが諫言を素直に聞き入れ、判断したところによるところが大きいです。

世に出るか出ないかというのはまさに諫言を聞くか聞かないかがポイントといえそうです。




一つ節を飛ばしまして、217ページ

世の中は立場が人を作るといわれたり、つい最近まで日本は年功序列なるものが横行していました。(完全に年功序列を否定するものではありませんけれども。それはそれでみどころがないとは言い切れないわけですし。)しかしながら、大切なことは能力を見て、それを活かすことにある、ということです。

部下はなにもしなければ、責められないし、○はつかないけど、×もつかないということに日本の企業だと終始してしまったりします。これら卑しい人が『何も為さない(しない)』というところも見なくてはならない。当然、ことなかれ主義ですから諫言などするはずもないということです。

人に与えられる功績というものは作為だけでなく、不作為もみなくてはならないということです。

いつも逃げ隠れして、うまくやっている人をそのまま用いていてはいけないということですね。(厳しいですよね。)




また、ここでは適材適所についても説いています。


営業力のある人にいろいろ経験させたいから事務をさせることに理があるか?ということですけれども。これ、意外と大企業にありがちです。営業力のある人には営業を事務が得意な人には事務をということで、二人で一人前ということでも全く問題がないわけです。

適材適所に配置し、チームで補うこと。




ここで、日本は減点主義でアメリカは加点主義にみえるけれど、中国はどうでしょう?
という質問をさせていただきました。


中国は出口さんがおっしゃるに競争社会であろうということでした。


この会にはいろんな会社の方が参加していらっしゃる(国内企業、外資系など)のに加えて、今回、第一期の方の参加もあったため、この辺の議論は白熱しました。


私などはどっぷり日本の企業につとめているので、日本は減点、アメリカは加点と思ってしまいがちですか、内情はそうでもないとおっしゃる方もいらっしゃいます。アメリカの企業であっても、たった一度の失敗で仕事を干されるということはあるそうです。


その辺はおおくくりにはできず、企業文化がありそうです。


失敗にも二種類あって、技術やイノベーションを軸とした意義のある失敗は復活の機会があるが、コンプライアンスを犯すのはダメです。そういう捉え方という企業もあるとか。

まぁ、当たり前といえば当たり前ですが、イノベーションに関わる意義のある失敗には寛容な会社があるというのも現代のグローバル社会を反映しているかなって思います。




敗者復活が可能か?

という意味においては、魏徴はさいたるものですので、中国にもそういう土壌はあるということかもしれません。




次の節から六正と六邪という考え方が出てきます。この六正、六邪を読んだ時、私は六正に努めようと思ったのですが、やっぱり精読会は面白い!これは六邪が言いたくて、対となる六正を書いたのではないか?という見解が示されます。


なるほど読んでみると聖臣と呼ばれる人なんて物事のきざしがまだ動かず、そのきざしがまだ現れない前に、明らかに国家の存亡の分かれめ(にかかわるか否か)を見抜き、前持って事が起こらぬ時に押さえ止め、主君には(何のかかわりも心配させずに)高く離れて尊く栄える地位に立たせる。とあります。

いやぁ、こんな人がいればまぁ、楽でしょうけど、いるはずないんですね。

そういう意味で六邪が言いたくて、無理やり正を六個揃えたような気もします。



さて、六邪のほうですがあきらな悪ではなく、とにかく狡猾な人が挙げられています。

それをよく見極めなさいよ、というのです。

例えば、公金横領するような明らかな悪は分かり易いけれど、ちょっと見ただけではわからない悪はうっかりしてると見逃してしまいます。


ということで組織論という中でまずは邪をおき、その上で正おいたと考えるのが自然であろうということです。


ここで、六正は道。いわゆる武士道などに代表される道という考え方で天下の正道といえるのではないか?そして六邪は術。いわゆる邪道ですが、道でなくテクニックであると言っています。


いやぁ〜。。。深いです。



さて、次の節ではきちんと(部下を)評価することについて説いています。


測定機器が正しければ、ごまかしはきかない。ばかりと分銅とさおのよつに基準がはっきりしていて客観的であれば、ごまかしようがないという例から国の行いがきちんとしていれば、民は従います。と述べているのです。


さて、最後ですが、官職というのもはもともとは神様が行うことで、それを人が代わりにやっているということだという考え方があります。要するにポストは天が定めたもので、そのポストには天にふさわしい人を置かなくてはダメですよ。と諫言しています。


いやはや、なんとかまとめきりましたかね。かなり端折っている気もしますけど、お許しくださいませ。

author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 18:00
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