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【勉強会】第二期 出口治明氏と古典を精読する会 の3回目 その1
今回は主催者さんのご厚意により、第一期に参加された方との合同精読会となりましていつにもまして深い勉強会となりました。参加できて良かった!

例によって題材となりますご本はこちら

貞観政要 上 新釈漢文大系 (95)



今回はp.204の第六章から

まず、賞罰について言われている部分です。
一事を行えば、則ち天下の観る所と爲り、一言わ出せば、則ち天下の聴く所と爲る

仕事を考えた時、一般に部下とリーダーではその扱う範囲が違い、当然リーダーのほうが大きな範囲を扱うがゆえに本来は部下に比べて忙しいということが言えます。すると部下には上の人の行動をみる余裕があるわけで、これは『リーダーは常に見られている』ということに他なりません。そして、そのリーダーの言ったこと、見たことを見て自分たち部下は行動しているのです。

すると、リーダーがいい加減なことをやっていたら『まぁ、おれらも多少適当でいいんちゃうの?』ってことになるよ。と、魏徴が戒めています。

さらにリーダーの与える賞罰というのは誰に見られても申し開きができる形、誰にでも説明ができる賞罰でなくてはならず、そういう賞罰を常に行うことが大切だということです。

リーダーって、大変ですよね。





次の説にうつりましょう!
p.205
ここでは平治のリーダーと乱世の時のリーダーにおける部下の登用について述べています。

第三章(p.32)に草創と守文はどちらがより為し難いかという話が出てきますが、それにも通じる話です。

生き死にがかかっている乱世の時代には多少悪人であろうがなんだろうが能力の高いものを登用しなくては戦に勝てないわけです。この能力というのは文字どおり喧嘩が強い奴みたいなイメージです。

一方、太平の時代になりますと、それはもう組織運営の時代となってきます。その時は善人を登用しなさいよ。善人であれば、もし仮にうまくいかなくても、才能がなかったね、というかまぁ、任命された場所には合わなかったよね!くらいで大した問題にはならないけど、悪人で能力がある人を登用すれば、その野心家のおかげで組織が壊れてしまうでしょうねと。

さらに人を選ぶ時には、一方から見るのではなく、必ずセカンドオピニオンが必要で、そのセカンドオピニオンとは、その人の行ったことの全て、才能だけでなく、その人の徳のある行いも調べあげた上で登用すべきです、と。

本当に今の会社経営に通じる話ですよね。全く古さを感じないです!






第七章(p.206)では具体的な部下の任命方法について述べています。

この章で、太宗は『刺史(知事)は自らが選び、縣令(市長)は位の高い人に推挙させよう!』ということを決めます。

それまでの唐の政府は多少グズグズになっていたこともあり、部下に勅言されるわけですね。


さて、この話、現代に置き換えて考えてみますと、今までは本社の部長は真面目に考えていたけど、支店長はまぁ適当でいっか。みたいなイメージだったわけです。(日本の大企業にもありがちですよね。)でも、本当は支店で業績をあげるってことのが大切ですよ。なぜなら限定的とはいえ、その全てを収めなければならないからです。

そういう経験により、本当に人を収めることのできる人間であるかをはかるということもあるし、また、きちんと収められる人を選ばなければ、人民は安心して暮らせないと言っているのです。

日本ではあまりありませんが、アメリカの大統領などは名市長や名知事が大統領になることも少なくないです。これは先にも述べたとおり、限定的とはいえ、組織の長として実績をあげたことが重要であるということを国民がわかっているからに他なりません。

日本では、当選回数などというくだらない慣習で名知事が総理大臣になることはまずありませんし、例えば会社組織をみても子会社の社長という長を経験させた人を本社の役員として戻すこともあまりありません(会社にはよって違いはあると思いますが、グローバルな企業では子会社の社長から本社の役員が一般的なのに比べるとはるかに少ないです。)そのな所をとってみても、唐の貞観の時代というはるか昔にすでに言われていたことすらできていないとは。。。なんとも情けないですね。




今日は六章、七章をまとめました。
今回も熱い2時間でしたので、まとめはまだまだ続きます!
この先はさらに熱い議論が!!

次回もお楽しみにぃ〜


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author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 18:15
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