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【徒然】「ちぇ」って思うこと
日頃、どこまで行っても、上手くならない気がする中国語に「ちぇっ」って思いを抱えています。


できるできないの感覚は、自分の中のもので、もはや人にどう言われるなどは関係ないのです。


中国語を習ってなくても、操ってる先輩方はいるし。


中国語はできないんだと言いながらも、ガンガン友達を作って飲みに行ってる人もいる。


そんなのをみたり聞いたりするたびに「自分に足りないもの」を探してしまう。


そう、その足りないものってやつ。


それは、性格だから語学云々ではないんだよ。


何語でなくても、どこにでも入り込めるその性格


すぐに仲間を作って楽しそうにしているその人間力


羨ましがってもしょうがないのね。


ある日、スポーツがものすごくできるようになったり、ある日いきなり、旅好きになって、そこらへんにいる人といきなりハグする人間には、なれないし、ならないのよ。


スポーツができない自分にイライラする、人見知りな自分に嫌気がさすけど、それが「私」だからそれでいいじゃない。


それに比べたら、語学なんて、大したことないし。


その人たちにできることとは違うことでできることがあるんだと思うし、そっちに注力!


それはそれで大切にすればいいんだよ。


さて、ちっとも上手くならない中国語に「ちぇ」って思ってるけど。


まっ、コミュニケーションの仕方に難があれ、性格に難があれ、ま、来年の今頃には完全にペラペラだから、まーみててよ。


そうなってるっていうか、そうでないはずがないからね。


なんでもできるほど器用ではないけど、確実にできるようになってますから!

このブログ来年思い返す頃には、一段高い場所にいるのよ!
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 19:48
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【徒然】そりゃそれでいい
二元論
あってるか?間違っているか?
そんなことはどっちでもいい。


だけどどうしても、そこにこだわってしまう。


それにこだわった分だけ、余計に不愉快な思いをする。


つくづくめんどくさいなぁと思う。


そういうこだわりから始まった日は、多分、なにかを得られるんじゃないかと、思うことにしよう。




とはいえ、、、、




ちっ、やってられるかぁ!!!!




と、言わずにはおられない日もあるのよ。
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 06:45
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【徒然】思い続けること
ここのところちょっと考えていることがある。
自分にリミットをかけるものは「自分自身」ではないかということ。


わたしの中には、できないと思ってるいろいろなことがある。


そのできないと思ってること。。。
本当にできないんだろうか。


心理学だと「認知の歪み」
みたいな言葉で表されるんだろうけど、まぁ、小さいものから大きなものまで、とにかくいっぱいある。


それに加えて、自分のできることは「過小評価」


これではできるもんも大抵はできないものに早変わりだ。


まぁ、それで、そういう癖とはもう長いこと付き合ってきたので、よく分かってる。


だから、「なにかができない」と感じる時、いつも「そんなことない」とか、「よくやってるって思ってもらえてる」とかそんなことを思おうとして、思えずに苦しむんだな。


それの繰り返し。


うまくは言えないけど、その「歪んでるのを直そうとしている思考」も一つの原因ではないかと考え始めている。


いや、「できないと感じる」それはそれでいいんじゃないか?
「認知の歪み」だとか言いながら、苦しむ必要ないんじゃないか。



そう思ったら、それはそれで置いといて、一旦放って置いて、爽やかに日々を暮らせばええんでねーかな?


頭で考えてることってのは、所詮、頭で考えてることで、結局その「思考」ってやつがいいことをしてくれたり、ましてやその通りになったり、あんまりなかったよなぁ。


「あの子はすぐにできるのに、私はできない」
「あの人は軽やかに暮らして見えるのに、わたしはいつも重苦しい空気の中」
「こんなに頑張ってるのに、認められる気がしない。」
「どれだけやればいいのか?」


どれもなんか、おどろおどろしい感じで、こんなこと考えてても前に進まなさそうだ。


それをまた思考で蓋をする。
「それは認知の歪みであって、そもそも人は自由なものだ。」
「承認欲求は自分で満たせばいいのだ。」


まぁ、よくよくうまくいくはずないな。


それよりももっと重要なことごあるんじゃないか?


いまちょうどAL講座ってのに参加してるけど、
「自分はどう感じるか」
そんなことが、考えたりするよりずっとずっと大切なんじゃないだろうか。


そんなわけで、考えに考えを重ねる行為は一旦、おやすみ。


日々、今、楽しい!心地よいと思うことを十分に味わうことにフォーカスしよう。


って思ってて、思い続けようってなことなんなんだな。


author:ぷぅコッコ, category:徒然, 07:17
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【徒然】毎日綴る日々
そのむかし、ブログを毎日書いていた頃は、それこそ追われるように毎日なにかのネタを探してた。


今はそんなことしてないから、その分、実はちゃんと時間を使えてないんじゃないかと思ってしまったりする。


日々はいろいろあるわけでひとところにとどまってはいないのに、書くことがないってのも変な話なのかも。


日記のようなものなんだけど、そこはちょっとだけよそ行きにアレンジしている。
そこがブログの魅力でもあり、なにを書いてもいいはずの日記が書けない理由でもある。


面白いことないかなぁ
ってずっと思ってきたけど、面白いことって、実は自分で掴みに行かないとダメなんだよね。


そんなことを改めて思うのでした。

author:ぷぅコッコ, category:徒然, 18:11
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【徒然】お節介なおばちゃんのススメ
お節介なおばちゃん
は世の中に存在する。


何を隠そう、私のことだ。


このお節介というヤツ。
あまりいい意味で使われることは無いように思う。


こちらもそんな意識で使ってる気がするので、対して気にもしていない。


どういうわけなのかわからないけど、なんだか「ツラそう」にしている人を放っておけないのね。


かといって、ボランティアに励んでるわけでもなく、博愛主義でも無い。


要は私の半径5mくらいに存在する人に幸せになってほしいと思ってるだけ。


だから、SNSなんかで交流する時も精一杯のコメントを!なんてことを思う。


こういうのが、マスコミさんのターゲットになるうざい大人に直結か?と思うけど、それらがうざいと思うなら、このお節介おばちゃんをお相手が避ければいいことであって、言われるほど気にしないのね〜〜。


その辺が、おばちゃんたる所以だ。


おばちゃんになるって、こういうことかも知れないと、ふと、思ったりする。


それはある時、話を聞く、ただひたすらに聞くだけかもしれないし、一緒に考えたりすることかもしれない。


考えるにあたっては、自身の経験だけでなく、これまで読み漁った膨大なビジネス書が役に立つ。


1000冊分の感想ブログには至っていないが、おおよそ500冊分くらいはあるかと思うブログか物語ってくれてる気が、ほんのちょっとだけする。


数を書くと、やや気持ち悪いが、そんな感じ。


人助けしたいとか、何かできるとか思ってるんじゃなくて、その日一日だけでも、「その人が幸せな気分で過ごせますように」と願ってるだけなんだな。


だから、お節介なおばちゃん。
今日もきっと、お節介なおばちゃんだと思う。
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 05:45
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【徒然】見習うべきかも
台湾の方と仕事をしていると、よくよく思うことがある。
どうしてそんなに自信満々なのか?
とね。



これ、国民性みたいなもんかなと思っていたんだけど、ある一面ではそうだし、ある一面ではそうでもない。


なんとなく個人差があることがわかってきた。


加えて、自分に自信のあることに関してはアピールがうまい。
ぶっちゃけ、そんなにアピールするほどでもなくない?ってこともガツガツアピールしてくる。


さて、控えめであるということは、日本においてはそれなりに美徳なんじゃないかと思う。というか、思ってきた。


自分の中のなんらかの基準に満たない場合に、
「まだまだです。」
「大してできないんですよ。」
「下手なりに続けていれば。。。」
「わかってる割合としては6割程度ですかね?(対自分比)」
という表現を多用してしまう。


まぁ、これはこれで、日本では良いと思うんだよね。
自分に厳しくあれ。
そんな美徳もありそうだ。


それだけに、相手が日本人の場合、「こんなことも、あんなことも、さらにそんなこともできるじゃないですか!自信持って!」って励まされたり。
「たしかにまだまだだけど、よくやってるな!」
みたいな評価をいただいたり、そんなコミュニケーション。


でも、こちら台湾であり、アウェイなのだ。


この「控えめ」という表現
まったく通用しない。

「え?そんな程度で?」
と突っ込みたくなる人間が、自信満々なのよ。
ってことは、
「私なんて、まだまだです!」
と言ってる人間には、たとえ、上記の突っ込みを入れたくなる人間よりもよほど仕事ができたとしても、
「まだまだ、ほぅ、本人がそういうならそうなんだろう。」
と、控えめで慎ましいなんてことは思ってもらえず、単にチャンスを逃してしまうことになる。


なんてもったいない。


嘘みたいな本当の話だけど、自分としては、かなり大げさにアピールしてみても、聞いてる相手が受け取るのは「控えめ」に捉えるし(度を超えて、アピールする人がゴロゴロいるからね。)


そんなもんかなぁ。


「いえいえ、私はまだまだです!」
からそろそろ卒業しよう!
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 06:03
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【徒然】大丈夫の魔法
意識してか、意識しておらずなのか、私は、「大丈夫」という言葉をよく使う。


何が大丈夫なのか?


それって気休めみたいなもんじゃないの?


そもそも大丈夫じゃないことなんて、いっぱいあるじゃない。


そんなことを考えたら、キリがない。




少し前のこと、慰めと励ましの違いを教えてもらった。


慰めることはいいことのようだけど、相手にとって必ずしも力になるとは限らない。


その点、励ましは、相手の力を引き出すことができるかもしれない。


そんな中、私は自分に対しても、他の人に対しても、「大丈夫」という言葉をよく使っていると思う。


これは、慰めでも励ましでもなく、一つの「承認」だと思ってる。



SNSだったり、メールだったり、対面でも。
何か悩みを抱えている人、いや、悩みを抱えていることすら、気がつかずに、苦しさを吐露してくれる人がいる。


解決策を探さなきゃ、一緒に共感してあげたほうが、、、
昔はそんなことを思ってた。


ただただ聞いてあげるということも、実はとても重要で、相手が話したいことをただひたすらに聞く。


聞いてもらった体験のある人はわかるかもしれないけど、これはとても、とても、心が安らぐものなんだと思う。


たくさん話を聞いた後でも、たった一言、SNSにあげられた誰かの苦しいの言葉にもら私は「大丈夫」って言うんだ。


これは「大丈夫?」って安否を気遣ってるとかじゃないよ。


悩みに悩んで苦しんだことは本人が一番よく分かってる、バラバラになりそうな気持ちを伝えてくれた、そのことだけで、その存在だけで、その誰かは「大丈夫」なんだよ。


だから私は「大丈夫、ちゃんと伝わってるよ。」「大丈夫、きっとうまくいくよ。」「そのままで、大丈夫だからね」って伝えるのよ。


何をしても、何をしなくても、何もできないように見えても、その存在だけで、その誰かは大丈夫なんだよ。


これまで、何度も「大丈夫」を伝えた気がするけど、それが相手に伝わっているものなのか、わたしにはわからない。


それでも伝えた相手が、ほんの少しでも「今の私で大丈夫」って思ってくれたらいいなぁと思っているし、そんな魔法がかかったらいいなってね。


だからきっと、あしたも誰かに「大丈夫」を伝えると思う。
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 21:20
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【徒然】ご機嫌と不機嫌の話
お腹の風邪をひいたらしく、微熱と腹痛に困ってるぷぅコッコです。



さてさて、ご機嫌と不機嫌の話


私は、そもそもが丸顔でパンダに似てるために、常時、ご機嫌に見えるみたい。


でも、不機嫌な時はやっぱりあるもので、いやいやむしろそんなことのが多いんじゃないかなぁ?


考えてみると、その不機嫌というやつ、誰かが起因しているというのは、実は二次感情みたいなもので、そもそも、今日みたいに具合が悪いのよ。


ほんと、仕事が大してないなら休みたい感じだわ。


まっ、それでね、体調が悪いと誰かに優しくするってのはなかなかできないモンだし、普段はなんとも思わない事も、なんか言われてカチンと来ちゃったり。


あんまりいい事ないのよ。


でも不調の時はどうしようもない。


そんな時はどうしてるかというと、できるだけ人も離れる事にしてる。


私の場合だけかもしれないけど、とにかく人が近くにいるだけで疲れちゃう。


なので、
人の集まる場所には出かけないとか、
SNSもほどほどに。
(余計なコメントを書いて人を怒らせたりしちゃう事もあるし。)



という一方で、近しい人にイライラを聞いてもらったり。


セラピー的な感覚ね。


いつもご機嫌で入られればいいわけだけど、そうはいかないもので、
今日は不機嫌だ!
と、分かった時点から自分にできることをやる、というスタンスですね〜
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 06:32
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【徒然】なれない者に憧れない
日本にいたら私だって。。。
そんな想いがココにはある。。。


言葉に不自由してなければ、、、
私だってあの人のように
いや、それ以上に、、、
そんな想いにさいなまれる。


でも、ここは日本じゃないし
私はあの人じゃない。。。
持ってるもので勝負するしかないんだよ。。。


そうやって悔しい想いを呑み込む。。。


そうしたら明日はもっといい日になるかも知れないじゃない。


考えすぎの日は、瞑想でもして寝たらいいじゃない。


そんなもんだよ。
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 20:49
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【徒然】悔しい思いは明日の糧に!その2
FBというのはとても便利で(時にウザいけど)数年前に投稿したものをアップしてきたりする。


この仕組み考えた人!
偉いと思う。


いわゆる強制的な振り返りで、自分の生き様みたいなものを浮き彫りにしてくる。


昨日のことだけど、一年前にあるブログをアップしてたよぉ〜とFBが教えてくれた。


そのブログはこちら
【徒然】悔しい思いは明日の糧に



この中には、中国語ができず、英語もなんかちょぼちょぼで、ウザウザしていつつも、それを糧にするって「決めてるんだい!」という気持ちが思いっきり綴られている。


読んで胃が痛くなる。


せっかく、そんな暑い、いや、熱いブログを振り返ることになったので、今、こうしてブログを書いている。


くしくも一年後の同じ日、そう、昨日のことだけど、私はある決断をした。

結構長いこと続けていた英語教室をやめるという選択をし、それを先生に告げた。


これは、単純に仕事が忙しすぎて(ありがたいことである)続けられないと判断したから。


考えてみると、去年はやってなかったけど、今年はやってることがある。


それは、週末、テレビでCNNを見ること。
週末は家族と過ごしているため、言語として使われるのは母語の日本語だったりする。


これ、非常に心地よい。
だけど、私の脳は大変に怠け者らしく、月曜日からは英語で意思を伝えなくてはならないことを簡単に忘れてくれる。


そう、月曜日の朝が鬼門だ。


しかも週明けってのは仕事的にも色々ある。

色々あることは、ボスからも指示が飛ぶのだけれど、その指示は当然英語で、聞き漏らすことは許されない!
にもかかわらず、私の耳は準備できておらず、「意味がわからない」(ってか聞き取れない、ってかなに言ってんの?ってなる)という事態が起こってしまう。


なんでなんだ!


と悩んだ末、週末、全く英語聞かないからだということに気がつき、CNNを聴くようになって、今に至る。


そこもある意味「悔しいことを糧」にした結果だ。


そんなおかげで、日本では全く話題になっていないタイミングで、ハリケーン・ハービーが、テキサスを通っていく様子をずっとみていた。


こんなに大変なのに、なんで日本では報道しないんだろうと思っていたけど、その被害はリアルタイムで掴めるものではなく、CNN自体もどのくらいの被害になるかわからないと伝えていたなぁと緩やかに思い出す。



そして今を思ってみる。


ここ数ヶ月振り返ると、ほんとに日本で仕事をしていた時の上司との関係と一緒だなぁと思うようになった。


上司という人たちは勝手なことをいう生き物だ。


というか、必ずしも100%意見が合うことなんてあり得ないし、「その指示は変じゃね?」ってのも当然のように存在する。


どうしても納得いかなければ論理的に説得にかからなくてはいけない時もある。
まっ、それでもやらなきゃならんというときは当然あるわけだけど。


そんな交渉を小学生英語でやるわけなのよね。
それでも、一年前に比べたらそれは単に語学力云々だけではなく、日本でも頭を悩ませていた上司とのdiscussionなわけで、こんな感じでも、やっとそこまで登ってきたんだなっ。



おう、成長してるじゃないか!
普段はあんまし気がつかないけど。


それでも、また新しい課題はある。


ここでは上司、同僚含めみんなが彼らの母語である中国語で喋る。


至極当たり前なことなんだけど、英語でできると思うとどうしてもそっちに流れてしまうものなのだ。


人間楽な方がいいに決まってる。


だけど、やっぱりそれだと、それだけだと、情報量が少ない。


そうだとすれば、中国語にもウェイトをかけなくてはならない。


そんなおり、去年から、とあるprojectのdailyのmeetingに参加することになってしまい。。。


言語は当然、中国語。


私が発表するときは英語でやっているけど、議論の流れから話に割って入らなくてはならないこともある(担当している部分があるからね〜)



これ、最初のうちはほんとに地獄のようだった。



新しいトピックス、自部門に関係することは当然情報を取らなくてはならない。
とはいえ、全部を一緒に出ている同僚ちゃんに尋ねることできず、大変困った。


それからおおよそ一年。。。


先のブログを書いたとき、まだ私はdaily meetingに参加する前だったので、今、思えば全然できてなかったな。。。


「理解できるのは4割程度」と書いていたが、
そんなに理解できていたかね?ぷぅコッコくん!?と尋ねたくなる。
まー、100歩譲って、あの話は私の超専門の話だから、ま、4割程度はわかっててもおかしくはない。


超専門以外となれば、ほぼほぼ1割くらいしかわかってなかったと思う。


それに比べると、今は通常のmeetingで5〜6割は理解できるから悪くない。


それは単に語学力ということだけでなくて、「場」を理解できたことが大きいかもしれない。
ゲームのルールがわからなければ、そもそも勝負なんてできない。


こうして書いてくると、
「オラ、相当頑張ってるやん!」
ってなるけど、
日々は、打ちのめされている。

だってどんなにいっても、まだ全部がわかるわけじゃないんだもん。
そんな日は一生来ないんじゃないかと思われるわけ。

でも、こうやって、ブログを読んで振り返ることで、確実に前に進んでいることを感じてる。



まさに「リアル、アジアで働く」を実践してて、いつの日かそれが本になって出ることもあるかも知れない。
(現時点でそんな予定はないっすけど。。。)


これまで経験を本にしたいと思ったことはあまりないんだけど、これはもしかしたら他の人の役に立つんじゃないかなぁと思っていたりする。


そんなわけで、「悔しい思いは明日の糧に!」なってるんだよ。
着実に!


だけど、日々、悔しい思いは無くならないのさっ。


それが私の「成長の糧」だってことね。


読み返すかなぁ、まさに今の私ですけど(笑)



おおよそ二年半前に書いたこのご本の感想はこちら


ええ、ええ、もうねあの時の私に言いたい。思っているよりずっとずっと語学力は大事だよ。
でも、数多のびっくりすることを経て、なんとかなるもんだわよ。
全ては「わからないことをわかりたいという好奇心」だけどね〜

知りたいという、needsが私を支えているのさっ。
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 22:05
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