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【徒然】「比べないで」を自分に言い聞かせる


完全趣味で作ったラミーの色相環です。
それはそれで、記事にできそうだなぁと、思ったぷぅコッコです。



中野さんの「ヒトは「いじめ」をやめられない」というご本を読みました。


おっ、それも記事にすればいいのか。
うーん、いろんな感度が落ちてるんじゃなかろうか?と思うけど。


まーいいや。


この本を読んだからどうなのかという感想は置いておいて、人は今いる集団において、自分と近しい感じ(これも体感な気がするけど)人に嫉妬したり排除したりしようとする感じがあるわけ。


まぁ、それが多岐に渡ってるわけだけど、例えば、スーパーモデルとか、皇族とかは自分の実生活からは遠すぎて、嫉妬の対象にならない。


頑張ったところでなれないからね。


それも集団が変われば変わるもので、スーパーモデルをみて、普通のモデルさんは、自分と近しいと思っていたら嫉妬の対象になるということね。


それでね、そういうことってのは脳の中で起こっていることだから、まぁ、実は止められないのかもしれないよね。


でも、そういうことが脳で起こることによって生き残ってきたという歴史もあるわけで、一概に否定できないし、根本的には無くせないというわけ。



それを踏まえて、「私は何にも嫉妬なんてしない」ではなくて、「嫉妬してるのかもしれないな」を踏まえて「それでも比べない」を選択したいわけ。


比べるのは昨日の自分
つって、昔の人たちも言ってるんだよ。


そうだなぁ、でもできてないなぁ


みたいに凹んだりしない?


私はするんだけど、それはそもそも「結構頑張らないとできないんだぜ」って考えてみる。


すると、ちょっとだけ、力が抜けない?


最近のこと
同僚さんが会社を去ることになって、人手不足なので、今今、ぷぅ姉さん、新しい仕事をすることになったのね。


それ自体は、よくあることだし、これまで私も自分の仕事を引き継いで、会社をお休みしたり、辞めたりしてるわけなんだな。


まぁ、そうなんだけど、前任者であればうまくハンドリングできるんじゃないかなぁとか、覚えるのに時間もかかったり(結構お年寄りだしね、私(笑))ってことがある。


ちょっと大人の事情もあって私にしては珍しく必死で仕事に取り組んでいて、昨日よりも今日の方が出来たてたら、それでいいって思うことにしようって思ってるのよ。


思ってはいるけど、思ってはいるけど、冒頭の誰に対してなのか、何に対してなのかわからない嫉妬やちょっとした失望感がちょこちょこ顔を出すんだよね。


それで、それは承認欲求なのか?
まー、要は誰かに褒めてもらえればそれでなんとかなるのか?と、考えてみる


それはそれで誰かに褒められれば、嬉しいかもしれないけど、そんなことなくても、私は、私のやり方で、いろんなことを進めるからそれでいいんだよ。


ってことも、日々言い聞かせているんだね。


なんだってそうだけど、その気持ちが湧いてくるのは湧いてくるものとして、「そうなんだね」「そう思ってるんだね」って、自分の気持ちも受け止めてあげた上で進まなきゃね。



理解はしてるつもりだけど
分かっているつもりだけど
もたげるいろいろに


今日もまた言い聞かせる。


「比べないで」ってね。


さぁ、週末なので、今週は全てを忘れます!
また、来週!
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 16:55
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【読書】死にがいを求めて生きているの




これは小説なので、ビジネス書のカテゴリーにはできないなって思ったぷぅコッコです。



この間、朝井リョウさんのインタビュー記事を読んだんです。
インタビュー記事リンク


ゆとり世代のゆとりゆえの苦しみ
みたいなことなのか?とか。
でも、彼の記事に惹かれて、小説を買うことにしました。


彼の小説
読んだことがなかったんですよ。


そもそもあんまり小説読まないし、読めない。


最近、読めるようにやってきたんですね〜。
大人になったんだね(笑)


小説とかフィクションを読んで人の人生をなぞる。
そうすることによって、自分とは違うものに触れる。
ってことがひどく苦手で、そういうものを自分から遠ざける、、、いやいや、必要ないとして近づけなかっただけなんだね。


その意味では、たしかに歳を重ねたのだろうと思う。


話題のものを読んでるとか読んでないとか、小説に関しては全然なかったし、高校の頃、やっとの事で完読した夏目漱石の「こころ」は、残念ながら、私に小説を読む楽しさは教えてくれなかっただなぁ。


こころに残ったのは苦しみだった。


その後も、友達がどうしても「良いから読んで」と言った村上春樹の「ノルウェーの森」も読んだけど、継続的な小説への興味にかられることはなかったのね。


まぁ、それで、そういうのはたくさん小説読んでる人にとっては、「もっとこっち本なら」って思うところもあるんだろうけど、そういう知見はなくて、ここまできてしまったと。


それで、この本を読んだキッカケはさっきの記事なわけです。


もちろん朝井リョウさんのことは知ってたんだけど、流行ってるからといっても読むでもなく、ここまできて。


この記事を読むまで、彼が書いてるものどころか、彼のインタビュー記事すら読んだことがなかったのね。


それで、この記事を読んだ時
この作家さんは非常に興味深いことを言うなぁって思ったんだよね。


言葉にすると平たくなるけど
素晴らしき多様性の影にあるものに注目している。
それは、第三者としてではなく、彼自身がまた、その影に絡め取られるように観察者であり当事者である。
というところに非常に惹かれたんですね。


うん、この人の本、読んでみようかなぁって。


そんな記事のことを友達と喋っていたら、小説が好きで、自身も人を引き込む短編小説(彼の短編はいつも楽しくて読んじゃうの。)を書く友人が「朝井リョウとかはうまいよね」って。


こんな面白いものを書く人が
「うまい」という作家さんなら、これはイケてるんじゃなかろうか。


ということで、その友達と会った当日、本屋さんに寄り、買って帰りました。


まぁ、それにしてもさ、分厚いんですよ。


もちろんまだ文庫もないし。


もぉ。。。
って思ったんだけど、たまたま少し時間が空いた時に開いたら、読み始めてしまった。


そしていきなり泣かされるわけです。


その涙が、また深く突き刺さるように、偽りではないけど、偽りであるかのような衝動にかられる。


ゴリゴリと音を立てるように心が揺さぶられる。


そんな感覚に、読みながら何度もおそわれます。


「待ってくれ、わたしは平成生まれじゃない、昭和なんだ。昭和だから、揺さぶられるはずない。」


そう思いながら、グワングワン、心を揺さぶってくる、言葉。



対話と対立を繰り返し、それでも逃げられない世界


若き才能を前に、私は最後の方、泣くことも出来ず、「私を生に動かすものは何か」そんなことを考えてしまった。


そして、先の友人が朝井リョウ氏を「うまい」と表現したことに、なんとも深くうなづいてしまった。


小説だから、全ての人が同じ感想を持つわけではない。


ビジネス書じゃないから、明日から使えるhow-toは一切書いてない。


フィクションだから、ありえないことが書いてある。


全部そうなんだけど、分厚い小説を閉じて、またその表紙を静かに眺める。


表題は私に生を突きつけてくる。


そういう隙間がたっぷりとある小説で、参ったなぁ。。。


ちょっと前にカズオイシグロの「私をはなさないで」を読んだ。


これも、近未来の私とは全く違う人たちの話なのに、心を小刻みに揺さぶられた。


普段、小説は読まないからわからない、わからないけど、もし、小説をたくさん読む人が「他人の人生をなぞるかのように」読んでいたとしたら、人生はもう少し豊かに、そしてもう少し人を思いやる人になるんじゃないだろうか。


いやいや、小説とは読む人の自由にできるもので、感想も人それぞれにあるの。


だから、誰が何を感じたのかは、また別だし、同じものを読んでも同じ感想にはならない。
むしろ、私はここまで生きてきて、この時、この小説を読んだからそう思うんじゃないだろうか。


とかね。


サクッと読んで、サクッと売るつもりだったのに、その小説はまだ家にある。


もしかしたら、もう一度、全てを知った上で読んでしまうのかもしれない。


素晴らしき出来上がりであったと思う。





author:ぷぅコッコ, category:徒然, 07:16
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【徒然】大人の遠足のススメ



大人の遠足!ありだよね。ぷぅコッコです。



昨日、ちょっと静岡まで文具店めぐりに行ってまいりました。


SNS上では繋がってるけど、実際にお会いしたことはないお二人と関東近郊にお住まいで、ちょこちょこご一緒してくださる三人プラス私という布陣です。


今回お会いするまでSNSのみで繋がってたお二人は、西の方の方なので、普段は簡単にはお会いすることができません。


そんな方にもお会いできるちょっとだけ遠出した感じの遠足でした。


ある友達は、おにぎりと唐揚げを作って持ってきてくれました。


『ぷぅねーさんはゴマが食べられるか、わからなかったから、ゴマはつけてないんだ。あと、唐揚げは素揚げにしたよ。』


と言ってくれました。


私、大人になってから食べられないものが増えまして、例えば唐揚げは小麦粉がつけてあったり、卵で繋いであったりすると食べられません。


『おにぎりと唐揚げを持っていくね』という話はもともとご本人からしてお聞きしていましたが、唐揚げは無理だろうなって思ってました。


そんな事情があるので、お気遣いに大変大変感謝したのです。


SNSではお知り合いの、昨日、初めてお会いしたまた別の方は、ものすごくいっぱいのお菓子と、先日病に倒れて、今はリハビリを頑張っている別の共通の友達のためのメッセージ帳と、さらに別の友人(画伯)が描いたA3の重たい原画集、そしてプレゼント用に小瓶に詰めたインクをいっぱい持ってきてくれました。


ものすごくいっぱいの量で、細身の彼女が持ってくるには多すぎるんじゃないかと思うくらいでした。
そこには、彼女の優しさだけではなく、彼女に託された沢山の思いが詰まっていました。





画伯の絵
気に入ったものがあれば持って帰っていいって言われたのですが、「いやー、もらえないわー」と思ってたんですけど、『プーと大人になった僕』には抗えなかったです。。。


ぷぅコッコに、ぷぅさんの絵。。。


素敵すぎます。



さらに、またまた昨日初めてお会いしたお友達は、5歳のちびっ子ちゃんを連れていらしていました。


そのちびっ子ちゃんが、また可愛くて。


うちのちびっ子は、すでにちびっ子というには大きすぎる。。。(中3と中1の男子ですからね。。。)ため、そんな天使ちゃんに会えるだけで、舞い上がっちゃいますよね。


昨日はまさに遠足だったため、結構な距離をあることになったんですけど、5歳の男の子にはなかなかに長い距離、抱っこをせがむちびっ子を抱っこしながら歩く彼女の姿がすごく眩しかった。


ふんわりとした中に、とても強い雰囲気を纏う彼女感じがとても好きでした。
(ん、告白なようになってるが、(笑))


もうお二人いらっしゃいまして、その彼女たちには、いろいろ感謝してもしたりないことがあります。


昨日だけじゃなくて、ご一緒できる時間が、それは直接会う時間だけじゃなくて、SNSを通した時間もです。


このように楽しく過ごせたのは、みんなのおかげなんだよね。


前にブログに書いたかもしれないけど、人見知りだとかいろいろあるわけだけど、やっぱりその場所の雰囲気を作ってくれるみんながいて、そこに参加できるってのがすごくいいのよ。


そういうのってすごく素敵じゃない?


欲しいと願ったからと言って手にできるわけではなく、お金を払ったからと言って買えるものではなく、だからこそ尊いよね〜と、改めて思うのでした。


今朝はとても疲れていたけれど、それは、肉体的な疲れであって、精神的にはこんなにも満たされるものかと思ったのでした。


こういう贅沢な体験の第一歩はどこにあるのか?SNSだからと、特別なことするのではなく、丁寧にお付き合いを重ねることかなって思うのでした。



いやー、まとまらないな。


でも、大人の遠足が楽しかったてってのが伝わればいいや。


大人の遠足!オススメです!
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 07:23
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【徒然】言語能力は年とともに落ちるものらしい
言語能力は年とともに落ちていくらしいということを聞いてぐったりした、ぷぅコッコです。


適切な言葉選びというのは、何かを論理的に説明する際に重要です。


そういうことは文節にしてしまえば簡単ですが、実践することは非常に難しい。


なぜなのか。
一つには、発信者の意図は必ずしも相手に伝わるとは限らない。
ということがある。


伝わらないなと感じた時、あなたならどうしますか?


私は説明を加えてしまうタイプです。
文章が冗長になります。


それらは実は少しの努力で改善することはできます。


その辺はテクニック的なことになるわけですが、時間があるのならば(時間は作るものですけれども)1日置いて、自分の文章を読み返すと、漢字の間違いから冗長感も含めて、リフレッシュされた状態でよく見えるようになってくるのです。


それはテクニックで、そうすれば見やすい文章を書くことは可能です。


と、よく言われるわけですが。。。わかりやすいってのは実は日々変化しているのではないかと、考えるわけです。



言語能力の衰えは経年変化による『劣化』のようなもので、新しく言われることがわからないとかそういうもの。


最近のことをどんどん忘れてしまうこと。なんてこともあるのかもしれません。


一見すると、「あー、新しいこと覚えられないよね」ってだけに思えるけど、それだけじゃないんじゃないかな?


文章の組み立てだったり、話の中で使うたとえであったり、その辺りから劣化しているんではないかと思います。


言葉は生き物なので、その時代にあった話し方、人それぞれに理解しやすい形態、ピンとくるたとえ、そういったものが全て日々刷新されてるサイクルが著しく落ちていると思う。



私の文章が伝わらないとしたら、それは、受取手の問題ではなく、やっぱり私の問題で、それは経年変化を考慮するとどんどん悪化することはもはや止められないのかもしれないです。


ここまで考えて、、、
「あー、ぷぅコッコさんが考えてることよくわからなんなぁ」
となった時、そういうものなんだろうなぁ。。。


自分でも何言ってるかわからない。


どんなに説明を加えても分かり合えないということは完全にあって、さらにそれが年を経るごとにひどくなっちゃうんじゃないかなぁ。。。


なんだか残念だが、そういうの食い止められないもんですかね。


author:ぷぅコッコ, category:徒然, 07:30
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【徒然】自分の中のイジワル
長い休みで身体が錆びついてます。ぷぅコッコです。


意図的なイジワルというのはね、わかってやっているから、底意地が悪いけれども、自覚があるわけなんだな。


自覚があるってことは自分で選んでるわけで、まぁ、そこまで大げさでないとしても、「わたしは今からイジワルします!」ってのを感じて、イジワルしてるわけです。


うわー、こうやって書くと、とてもイジワルな人よね。


でも、自覚があるってのは良いことです。
なんで?
なんでかというと、いつでも止めることができるからです。


もちろんね、イジワルしてるぜってわかって、イジワルしてるってとても性格悪いでしょ。
やめたらいいじゃないってことはあるかもしれないけど、そうわかっていても優しできない、ともすればイジワルしちゃうってことはあるわけですね。


いつしか、「これは自分にとってよくない事だな!」と、止めることができる。これが自覚してるってことの強みです。


さて、実はもっと恐ろしいタイプのイジワルもあります。


自覚なしってやつね。


自覚がないってのは恐ろしくて、どこまでもエスカレートするし、止めることが自分では難しいというのが特徴です。


ちなみに自覚があると思ってたイジワルが無自覚なものに変化してしまうこともあります。


それが一番やばいやつか?
いやいや、イジワルすると思ってやってたから気が付けるかもしれません。


この、無自覚なタイプのイジワル


いろんなところで顔を出します。


無意識の差別意識
無意識の優越感
逆に無意識の劣等感
無自覚に自分を攻撃してることもあります。


その手のイジワルはなかなかやめられません。


えー、そんなことないよぉ〜。


あ?そう?
たとえば、日本語が上手な外国の方に見える人に「日本語お上手ですね〜」って言っちゃったりしません?


その人、実は日本人で小学校から日本の学校で日本語しか喋れない人かもしれないですよ?


少なくとも、日本人に見える方で、どんなに日本語が上手くても、「日本語お上手ですね〜」なんていいませんよね?


言ってもいいけど、褒められてると捉える人はいないかなぁって。


別にイジワルするつもりではないけど、それってイジワルになっちゃうこともあるってことです。


だから言っちゃダメか?
っていうと、そんなこともないかもしれない。


でも、そういうの頭にあるかどうか?


そういう全てが無自覚のイジワルにつながっているかもしれないわけです。


わたしはいつも感じがよく、そんなことは無いはず!
って思ってるとしたら、それは違うんだよなぁって思う。


どんな発言でもどんな言い方でもイジワルになってしまうことなんて、いくらでもあるんだよ。


そして、それは知らないうちに自分の中にもね。


だからほんのちょっとだけ、立ち止まって、「これって無意識のイジワルかなぁ」なんてことを考えてみる。


そういうことを考えられることが実は重要かもねってこと。


author:ぷぅコッコ, category:徒然, 14:10
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【徒然】ゴールデンウィークって、長くない?
台湾にいる頃はゴールデンウィークありませんでした。ぷぅコッコです。


ご存知の通りで、この時期のゴールデンウィークってのは日本だけでございます。


4月に入社した人だと入ってちょっとして、5月のはじめには休みと。。。


もちろんお休みない業種の方もいらっしゃると思いますが、今回は即位の日なんてのがあって、みんなでおやすみ。


うむっ。
長いよね。


昔は休みたくてしょうがなかったけど、あれはなんだったんだろ。


もうそろそろ会社行ってもいいなぁってか、仕事しても良いなぁって気分でおります。


なんでこんなにみんなで一斉に休む日が多いのか。


要らなくない?


author:ぷぅコッコ, category:徒然, 12:18
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【徒然】私はお酒が飲めない。だけど、楽しく生きてます。
お酒が飲めないぷぅコッコです。


とはいえ、お酒を飲んだら倒れるわけでもありません。(今はわからんなー倒れるかも。。。)
でも、美味しくないし(美味しいのをのでない問題はあるが)飲んでも気持ち悪くなる方が強いです。


それでも若いときはなんか「若さでアタック」的に飲んだりしました。


30代を過ぎると、子供を育てるのに忙しかったというのもあって、飲み会自体に参加できなくなりました。


最近はぼちぼち参加できるけど、飲みません。
お酒の楽しみよりも、お酒を飲んだ瞬間からの苦しみの方が大きいので、天秤にかけたら飲めないってことです。


わたくし、小麦粉、卵、牛乳にも遅延型アレルギーがあるため、食べられません。


ケーキ(小麦粉、卵、牛乳が入ってます)はケーキを食べる楽しみよりも、その後の調子悪さが圧倒的につらいので食べません。


米粉だと大丈夫?
米粉は大丈夫だけれども、昔ケーキを作ってた者として考えるならば、卵も牛乳もなしでというのは簡単ではないので、米粉だというだけでは飛びつけません。


そんなわけで、信じられないことですが、ケーキはもうかれこれ2年くらい食べてないです。


お酒も同じくらいは飲んでないかな?


お酒飲めないと、なんかいろいろ人生目減りしちゃう気がするけど、あんまりそんなこともないです。


お酒は飲めないけど、参加したいときは飲み会に参加します。
食べる担当としての地位を確立してるのです。しかも酔っ払ってなくても、ある程度はっちゃけることは可能です。


まぁ、その食べ担当の方も判明したアレルゲンたちのおかげでかなり大変にはなってるけどね。


全く知らない人と、食べられないものしかないお店には流石に行かなくなったかな(笑)


そういうわけで、楽しく過ごしてるけど、ひとつだけ、羨ましいなぁって思うことがあります。


それは、お酒の力を借りて、『酔っ払って楽しい』という、踊り出しちゃうような感覚にはなれない
ってことです。


踊ることはできますが、気分が良くなって「自然と」みたいなことはないです。


そういうのちょっとやってみたいなぁっていうかなってみたいなぁ
と憧れます。


それはそれです。
私は私の持ってるモノで楽しみます。


それにご一緒してくれる友達もたくさんいます。


ありがたいし、得難い体験です。


そういうのは、手を伸ばさないと得られないことなんだけど、すごく素敵じゃんって思ってます。


憧れてることのほとんどはもしかしたらいろんな理由でできないことかもしれないけど、問題はそこにはないんです。


今持てるもので最大限に楽しむ。


そして、それは、『そうしたい』って気持ちを前面に出してると、声をかけてくれる人が現れます。


なんなら自分から声かけちゃってもいい!


行動することで掴むことです。


元号は令和に変わりました。
令和から頑張るはダサいなんて言われちゃったりしますけど、ぜんぜん、どっから始めてもいいです。


令和が本当にキッカケになるならそれでもいいじゃん。


ダメなのは、憧れてるだけってやつだから。


author:ぷぅコッコ, category:徒然, 07:26
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【徒然】イヤホンありがたいです
満員電車が苦手です。ぷぅコッコです。


いやいや、得意な人なんていないでしょ。全くもってその通りです。


ここで言ってる満員電車ってピチピチぎゅうぎゅうのじゃないです。
座っている人はちゃんと座ってて、スキマはあるけど、うっかり真ん中になっちゃうとつり革もポールも持てなくて、急なカーブでバランス崩して、人の足とか踏んじゃったりするくらいの込み込み度。


ギリギリパーソナルスペース保てるかな?くらい?
をイメージして貰えば良いと思います。


空気うすく感じたりじゃないくらいの量ですね。


身を預ける場所がなくて踏ん張らなきゃいけないので、みんなイライラしてます。


そして、今日!
時はゴールデンウィークです。


ちびっこも容赦なく乗ってきます。


そのちびっこっていうのも、やっと一人で歩けるかな?ってくらいの小ささです。


そういう子たちにとって、なんか混んでる電車でおとなしくしてるってのは結構大変。


それで、まぁ、ギャン泣きとかされるとビビるわけだけど、それ自体は、あんまり気にはならない。
むしろ、そのギャン泣きにびびってどうしたらよいかわからないお母さん(これ経験したことあります)と、なんか怒っちゃってるおっさんとか、おにーちゃん。たまにはおねーちゃんにびっくりします。


そう言う人が、必ず文句言うとかそう言うことはないんだけど、迷惑そうにしてる感じがビシビシ伝わってきます。


いや、わかりますよ。
気持ちは、混んでるしね。
みんな笑顔で乗ってよってのが無理なのはわかってますよ。
だけど、その子供の声で、みんなイライラのボルテージが上がってくる。


勘弁してよ。


子供って泣いたり、訳のわからんこと言うもんでしょ。
目を細めて微笑ましいって大人はどこ行っちゃったんだろうか。


そういうことになると、だんだん気持ち悪くなってくるんですね。


その気持ちの渦みたいなものでね。


そういうところには出来るだけ行かないようにするんだけど、それでも街歩いてるだけでも、そんなこと結構いっぱいあって。。。


辛いのよ。。。(からくないよ、つらいのよ)


そう言う時は申し訳ないけれども、iPhoneとイヤホンが頼りです。


イヤホンで物理的に遮断です。


音楽を聴きたくてというのもゼロではないですが、どちらかというと、ほんわかもイライラも、どちらの感じも全然知らない人からの感情的ななにかを遮断したい気持ちの方が強いです。


気のせいかもしれない。


気にしすぎ。


かなぁと、自分思ってましたけど、気のせいとかじゃないよ。
人の怒ってるは伝わるんだよ。本当に。。。


もうそんなのうんざりなので、今日も電車だけでもなくて、町歩きするときも、一人だと音を遮断するために音楽やら音読やらがかかってる。


かかっていながら、また別ことをしている。
でも、それが私のスタイルになっているんだと思う。


上に書いた「怒ってる人」の気持ちが流れ込んできちゃうというのは別にスマホがなくてもイヤホンがなくても起こっちゃうんだよね。


ずっとそんな感じだったんじゃん
と言われてみればそうだね。


それで出かけるのが苦痛だってのは、実は今までもいっぱいあったんだな。


そう思うと、イヤホンがある今に生きられてることで、ほんの少しだけ、生きるということに対応できてる気がしている。


それはそれでお行儀は良くないかもしれないけど、こんな感じにしかできないのよね。
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 09:24
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【徒然】クリスタルボウルを聴く


いま、結構クラクラしてる中で、ブログ書いてます。


お友達がFBにアップされていたのを見て、行きたいなぁと思ってたんですけど、なかなか時間なくて、ということで、ついにクリスタルボウル参加してきました。


クリスタルボウルとは何なのか?
あー、それね、私もよく分かってないです。
水晶の粉を固めて作られたクリスタルボウルを演奏する方がいらして、それをみんなで聴く。。。
と言うくらいの知識で参加しました。


結構、適当です。


行ってみて初めて知ったんですけど、結構常連さんのが多くて、皆さん、リラックスするためにいろいろ自由にしてらっしゃる感じでした。


なるほどこれはリラックスできるタイプのなにかだったのか。。。
演奏を聴く前に思ったことは、それです。


実は今日は、いや、今日もですが、ここ数日、首の神経痛に悩まされて、左肩から腕、指の先にへんな痛みが走ってました。


まぁ、それで、そう言うこともあって、睡眠が足りない感じだったんですね。


行きしなの電車の中で、座れたのもあって、寝ましたよ。それも、結構な感じで寝てたらしく、いわゆる頭がカクーンって落ちる感じを二度ほど経験しました。


これね、普段は、「あー、首、カクーンってなったー」ってびっくりくらいでいい訳ですけど、もうね、なんだかわからないけど、そんなことになると首がね、持たない訳ですよ。
びっくり激痛です。


「痛ぇー」ってなって目が覚めて、それでも起きれない。。。ボロボロじゃないか。。。


演奏会に参加するわけだから、こんなでは、寝てしまうやん!と、思いまして会場に着く前にコーヒーを飲んで、ちょっとだけ気合を入れていきました。


ところがですね、実はクリスタルボウル、みんな横になって、なんなら眠っちゃって、聴くんですね。
(行ってから知りました。)


座って聴かれる方も中にはいらっしゃるそうですが、なんというか自由な感じです。


しかも演奏中に寝ちゃっても、オッケーな会だったのです。
マジかー!
でも、せっかくだから起きてた方がいいじゃん、とか、小心者のぷぅねーさんは思うわけです。


初めての場所はあんまりゆったりできないもんで、なかなか、そんなことにはならないだろうとか思いつつ、周りをキョロキョロ見ながら、ゆったり過ごす皆さんを見ておりました。


ちょっと、初めての場所って話をします。
私ね、顔がほんわかしてる割に、本人はそんなにほんわかしてないので、初めての場所は大抵緊張します。


それだけじゃなくて、隠れた能力として(ほんとは要らないんだけど)その場の雰囲気を感じ取るんですよ。


その場の空気が緊張しているのか?
それとも緩んでいるのか。


それは、その場を構成するすべての人が出してる何かで多分構成されていて、緊張する人が多いと当然、その中の空気は張り詰めてきます。


まぁ、そういうのはビジネス系のセミナーとか、パーティーとかにありがちで、緊張というか、「もう何か、なんでもいいけど、例えば人脈を増やしたいとか、ビジネスに繋げたい」とか、とにかくガツガツしてる人がいると、重たくなってくるわけです。


帰ろっかなぁって思うことも少なくないです。


そんなぷぅねーさんの今回の聴く前の感想は、「全体を包み込む暖かいものが流れてるなぁ」でした。
これ、なかなかないので、多分主催者さんと、演者さん、そして、何度も参加されてる方々がこれから行われることに対する雰囲気そのものなんですね。


「ほー、リラックスできるようになってるなぁ〜」


そんなことを思いました。


さて、どーやって聴くもんかな?と思ったら、さっきも書いたように「みんな横になって寝て聴く」らしいんですよ。
スタジオでの演奏で、一人一人にヨガマットが主催者さんから用意されていて、そこで、座って聴くのかな?
と思ったら、横になって、寝て聴く、と。


先に書いた雰囲気がないと横になって、寝て聴くってのはなかなか厳しくあるわけですが、みんな横になって寝るみたいだし、私も、寝るか。。。


と思ってるあたりで、主催者さんのご説明から会が始まりました。




こちら演者の蔵田 聡子さん
と、クリスタルボウルたち
この演奏のために、山口県からこのクリスタルボウルたちとともにやってきてくださいました。


ご説明によると、クリスタルボウルはなにやらデトックス効果があるらしく演奏中にトイレ行ってもいいですよ〜、お水飲んでもいいですよ〜寝ちゃってもオッケーです!皆さんの寝息(イビキ)あると思いますが、気にせず聴いてね〜


とのことで、では、皆さん寝ましょうみたいになるわけです。


クリスタルボウルに近い位置に陣取った私、クリスタルボウルにより近い方に頭を向けるか、足を向けるか、3秒悩みました。


前に陣取った皆さんは、私以外クリスタルボウルに足を向けていたと思います。


でもさ、デトックス効果あるっていうし、今日痛いのは首だから頭向けるかって事で、クリスタルボウルの方に頭を向けて横になりました。


演奏が始まると、その音が、身体に染み渡ります。


これは!
聞いてたよりも(と言っても今日数分前に聞いて何となく想像した)何倍も体の芯に響いてきます。


多分同じような体験をしたのは、はるか昔、生の太鼓演奏を聴いた時以来です。


いろんな音楽とかはもちろん生演奏がいいと思いますが位置によってはなんか音源で聴いた方が良くない?
ってのあると思うんですけど、太鼓と、このクリスタルボウルに関しては断然生で聴くのをお勧めします。


こんなに技術が発達しても、そこに流れる波動を表現できないです。


うわー、体の芯に響いているなぁ〜


ってなことをボヤーっと思ってたら、知らず知らずに目から涙が。。。


マジか!?
ってなりました。
デトックスするとは聞いていたけれども、流れ出るのはこっからなのか!?
と驚くばかり。


感動したとかじゃなくて、なんでかよくわからない涙って出るんだなぁ〜
ってね。


それだけじゃなくて、なんか目の前に道の映像が出てきたり、他にもなんか出たものがあった気がするけど、気がついたら演奏は終わってました。


多分、寝てたんだな、後半。


なんだこれ!
すごいなぁ。。。


演奏終了して、そのあとですが、演者さんが最初に言われたことを思い出しました。


すべては幸せにつながる。

悩みとかもすべて幸せにつながる!と思う。強く思う。

家族のことについては逃げられないけれども、向き合って幸せになるように。

乱さないで!
ではなくて、幸せにつながるためのちょっとしたしょうがいかな?
くらいの気持ちで。



おお、そうね。
普段小さなことを気にするわけだけれども、クリスタルボウル、聴いてみるともっと大きなものに抱かれる感じになるね〜


なんとも不思議な空間は、私に少し歓びを与えてくれました。


首が痛かったんで、いやー、ちと遠いし、行くの悩むよね〜
みたいなこと演奏聴く前には、実はよぎりましたけど、参加してよかった!


ぜひ機会あれば多くの方に参加して頂きたいです。


いろんな人がいると思うんですよ。
なんか一見スピリチュアルっぽいからダメとかね。
そういうのはそれでいいと思うけど、なんとなくピンときたら行ってみると良いと思うのよね。


すべての人がデトックスするわけでもないし(まぁ、ちょっとクリスタルボウル音の特性から何もないってことはあり得ないと思うけど)反応することでもないかもしれないけど、体験するってのは、明日への第一歩として、貴重です!


まぁ、そんなわけで、機会あったら聴いてみてね!


ちなみに、このブログ帰りしなに書いてるんですけど、クリスタルボウルのデトックス効果がすごいおかけで、終わってから何回もトイレに行ったことか。。。

参加すると、あなたも体験できます!

author:ぷぅコッコ, category:徒然, 16:18
comments(0), -, - -
【徒然】会いたい人にはあっておけということ
会いたい人にはあっておけというのをご本に書かれていたのは、林文子さんだったなぁというのをおぼろげながら思い出したぷぅコッコです。


昨日なんですけど、一日お休みをいただき、ソウルメイトとも言うべき友人に会いに行きました。


彼女の言葉で
「私たちがであったのは平成元年でしょ!」

「あれ、そうだっけ?」
え、高校の時に平成になったんじゃなかったっけ?
「いやいや、平成元年入学ってのを覚えてるもん」
と、友達。


そう、自分経歴すら改ざんしちゃうレベルのはるか昔、30年前に私たちは出会ったのでした。


そして、平成最後の4月、会いに行きました。


ずっと会いたいと思っていて、それでも「台湾に住んでるから」
「お互いに時間が取れないから」
自分に言い訳してました。


たしかに彼女は4人のお子ちゃまのお母さんで、一番下の子は3歳です。


文字通り私の短い帰国に合わせるには厳しかったかもしれない。
と、おもいかえしてみる。


台湾に住んでるから〜
みたいのはあったけど、いろいろあって私は日本に戻ってきたんですね。
今、ここ、会うべきだよね。


まぁ、ちょっと帰ってきてしばらくは忙しすぎて、なかなかに難しかったんですけどね。時間取るのが。


しかもなかなかに遠征しないと行けないと言うね。
それでも、会いたい人には会いに行こうよ。
だって、人生はいつ終わりになるかわからないから。
わからないことだらけだから、、、
だからこそ、今、その時間を作る。


まぁ、それで会いに行ったんですね。

高校生の頃からですけど、彼女はとてもキュートな人で、それが1mmもブレてなかった。


あの日、あの時、私たちは、まだまだうら若き乙女で、
高校生の頃はそんなこと思わなかったけど、高校生なんて実はみんなそうだと言うことに、気がつくのに30年とかかかるわけ。


それでも私がソウルメイトだ称する彼女は、あの頃と変わらず、キュートなままだった。


4人のお母さんで、大変じゃないわけないのに、私の話を、孫の話でも聴くかのような熱心に聞いてくれて、高校生の頃のように私のくだらない話に笑ってくれた。


昔に戻ったように、全然会っていなかったとは思えないと言うようなことは、話には聴くけれど、あるんだろうかと思っていた。
(いやいや、あるんだけどさ。他のところで体験したこともあるわけで、こわなドラマチックな表現にする必要もないんだけど。)


まぁ、ちょっと不思議な体験なのよ。


出会って話すことというと、高校生の時に戻って思い出話ししたわけでもない。そもそも、先生たちの名前も一部を除いてわすれちゃってるくらいだから。
(ちなみに共にお世話になった先生以外で彼女が覚えている先生は、私が頻繁にネタとしてモノマネしていた先生たちで、おそらくそれは先生ではなく、私のモノマネを覚えてくれているんじゃないかと言うレベル。
ネタとしてやってること高校時代も、今もあまり変わらない自分!グッジョブ!と思った瞬間である。)


昨日も話したんじゃない?
ってなくらい、緊張するでもなく、気負うでもなく。
そんなことあるだろうか。


そんなことが起こるって、高校生の頃に想像できただろうかと思う。


それで、彼女とは確かに知り合って30年なわけだけど、芯に流れているものが変わらないからこそ、そう言う素晴らしいことが起こるのかもしれないなぁと思う。


それは、高校の時の友達ならみんなそうなるってことではなく、彼女だからそうなるだろうなと。


高校の時も、大学の時も、大学院の時も、その後の社会人になっても、どこかで出会って「また会いたい人」というのは現れる。


そして、それは、もっと早く会っていたら、もっと濃密になるとかではないし、会えなかった時間があるからと言って変わるものでもなく、同じ年代である必要もなく、必要な時に必要なところで出会っているんだと思う。


全ては偶然であるわけだけれど、「私はあなたに会いたいです」というのを表現して、会いに行くってのを引き寄せないと出会えないんだよね。


今、出会う人も、もしかしたら30年後、こんな体験をする候補かもしれないわけだから。


そうやって知り合って、会いたかった人と、会ってすごす時間はものすごく短く感じられて、時間が足りないよっていつも思う。


笑わせるだけでもなく、全然違ったところで起こっていることに共感したり、人それぞれ起こってることは違うから想像力も必要なんだけど、そんなの感じさせないくらいに。たまには、刺さること言われて心で泣いたり。
(ちなみにそういう時は、帰りの電車やら、数日後の電車やらで泣いたりするので、だいぶ恥ずかしい思いしたりしてます。)


彼女にだけ教えてもらったわけじゃないけど、やっぱり、会いたい人には会いに行かなきゃね!


author:ぷぅコッコ, category:徒然, 18:48
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