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【セミナー】出口治明 連続講義「古典を読めば、世界がわかる」第一回に参加しました。
久々のセミナーで、ワクワクしましたぷぅコッコです。


あ、久しぶりだと思ったけど、そんなことないなぁー、ブログにし損ねたセミナーでたわ、なんてことも思い出しつつ、ツラツラ書いています。


どのくらい前でしたかね、出口さんがFBのTLでご紹介されていたんですよね。
日本に帰ってきちゃったこともあり、これは行かなくちゃねってなわけで、勇んで申し込んだのでした。


こちら光文社さんが、最終的にご本にされるみたいで、録画?もされてたりするし、おそらくライターさんも入ってる感じのセミナーですので、きっときっと、5回目まで終わったあかつきには、素晴らしいご本になるものと思われます。


ってなことがあるんで、わたくし、ブログにしなくても、そのうち、もっと洗練された形で、世に出てくれるものと思いますが、せっかく参加したし、参加記録をブログにするのは趣味みたいなもんだし、つい最近、ブログの良さというか、ブログ書きたいわーみたいなのにも目覚めたので、書いていきたいと思います。


私の務めている会社から、護国寺という光文社さんのあるところまで行くのって結構時間かかりまして、それは問題ないんですけど、定時に出ればギリ間に合うか?と思ってましたが、幸か不幸かグループミーティングは長引き、安定の遅刻となって、10分くらい遅れて会場入りでした。


会場に入りますと、まぁ、すでに講義はじまってるわけでした。


まず、何故、今、古典なのか?
というそもそもの話につながる話題がなされていました。


その前に、「おいしい生活」ってのを考えるとき、あー、ここでいうおいしい生活ってのは、お金もあって、仕事もあって、ハッピーラッキーみたいなものをざっくり想像すればいいかな?
そういう生活をするために必要なものってのを考えると、
「知識」×「考える」
で、成り立ちそうだな、と。


イノベーションってやつは、いわゆる既存知の掛け算みたいなものだけれども、ここでいう、既存知ってやつ、知ってるのはいいけど、誰でも思いついちゃうようなものだと、あんまり意味がなくて、イノベーションではないっしょ?ってことになる。


そう、このイノベーションを生み出すために必要な既存知は、その距離感ができるだけ離れてる方がいい。


そんな「知」を達成するには、ダイバーシティよね〜なんて話が飛び出すんですね。


私ごとですけど、つい3、4ヶ月前まで台湾で暮らしておりまして、ダイバーシティと言うよりは、彼らにとっては私が外国人でしたけど、まー、日本だと得られない「知」が私の中に溜まったと思いますね。


これを掛け算してなにかを起こせば、おいしい生活か?
とか思うけど、それはまた別の話で、そのイノベーションを起こすためには、「既存知」ってのだけでもダメで、「考える」ってのも重要だよ。


じゃー、知識はいいけど、「考える」の方は?いわゆるセンスってやつですか?

いえいえ、そうじゃないのよ。


これまで散々、人間は考えてきてて、それこそ数多の天才たちがその方法を後世に伝えてくれているわけ。


そう、それが古典から学べることで、その「考える」を真似るところからはじめてみましょうよ!ってオススメね。


知識はちょっと距離の遠いところからも取り入れ、考えるは、先人の真似っこで、ってのの先にイノベーションがありそうだ。


あー、なんかすごい天才ってことじゃなくても、なんか生み出して「おいしい生活」できそうじゃない?


まーまー、それはさておき、その「考える」の先生が古典だということなんですね。


そして、この古典というやつ。


素晴らしいことに世界中で読まれてますから、読んでるだけで、世界中の人と世間話が弾んじゃうかもしれないというステキなおまけ付きです。


これは、既存知の距離をとるという意味でも、重要ですよ。


共通の言語を持つことはすごく重要だけど、同じ日本語を喋る日本人だって、なんも話すことないよね〜って人いるでしょう?
逆に、共通なのは、どちらも第2外国語で学んだ英語だけだよってなっても、趣味のことなら、ものすごく盛り上がっちゃったり!
私は万年筆を趣味にしてるけど、そんな話題でがっつり世界とつながりますからね。


まっ、そんなもんです。


これが下地で、これが古典を学ぶ理由なんだな。


さて、古典というと、難解だというイメージが強いですよね。
ごめんなさい、今回、光文社さんのダーウィンの「種の起源」が1回目の題材だと知ってたんだけど、読んでません。

でも、今回のご本は
「今、息をしている言葉で」翻訳されているそうでして、読みやすい?のかもしれないです。
(すみません、よんでないのでわからないです。)


古典というのは昔からあるわけですけども、日本のものであっても、なかなか文語体のものを読むのはしんどいです。(日本語を学んでるんだから、読めばという話もあるかも知れないですけど。。。日本語学者でもあるまいし、そんな事こだわらなくてもいいでしょう。)ましてや、海外のもので、格式高い昔の日本語にされてるものというのは、なかなかに厳しいかもしれない。

と、考えると、「今、生きてる言葉で」訳し直してくださってるというのは、とても素敵ですよね。


それでもわからないところは出てくるかもしれないけど、ま、それはそれとして、エッセンスをいただこうじゃないですか。



なかなか本題のダーウィンの「種の起源」に入らないですけど、この辺りから行きましょうか。


出口さんが曰く
ダーウィンさんという方、大変立派な人であるという印象を受けたそうです。


遺伝子学等がない時代の話ですので、証明されてないことも少なくはなかったはずです。


でも、「わからんものはわからん」と、きちんと言う姿勢と、それはそれとして、膨大な実験データからのロジカルシンキングにより、真理に近づくわけです。


いやー、サイエンティストですね。
頭が下がります。


そんなダーウィンさんが言う自然淘汰は正しいそうですし、進化の過程を考えたとき、生き残るものってのは。。。
強いものでも、大きいものでも、賢いものでもなくて、「変化によく適応したもの」だ。

ってことなんですね。


ぶっちゃけ
「運と適応」
ってことなんですね。


え?そんな偶然な?
そうそう、そんなもん。
あー、でも、運って引き寄せられるとも言われるしー、なんて思ってみたりもしますが、そんな運を引き寄せられるなんて、そりゃー少々傲慢な考えではないですかね?
ってなことも思うわけです。


とはいえ、この「運と適応」ってやつ

所詮偶然だから、なにをしなくても、来る人にはくるし、来ない私には来ないんだわ!
って決めるのもいかがなものですかね。

棚からぼた餅
ってありますけど、あれって、ぼた餅の落ちてくる棚の下にいないと、ぼた餅には有り付けないわけ。


もしかしたら、ぼた餅の落ちてくる棚の下には他にもライバルがいて、ぼた餅は一個かも知れない。


いち早くぼた餅を手に入れるためには、素晴らしい瞬発力で、誰よりも口を大きく開けて、取りに行く必要があるのかも知れない。


そういう「運とか適応」って、前を向いてるだけでもダメで、後ろの棚にあるかも知らないから360度警戒して、見つけ次第動けるように、体が出来るだけ自由に動く、もっといえば、考えなくても動いちゃうみたいに環境を整えとくってのも大事ってことなんだね。


そう思うと、先行き不透明でも、それって、そもそも今、どーのこーのではなくて、生物の進化そのものが先行きなんていつも不透明なんだよね。


その中で、今に適応していく力を持ってるものになりましょうよ!


って事で、現代でも、驚くほどマッチする不変の真理なのかもしれません。



他にも、話は盛りだくさんでしたが、とりあえず、今回のセミナーの話はここまで。


まずは光文社さんの種の起源、、、を、、、と言いたいところですが、出口さんが合わせて読みたいと推薦してくださった薄くて優しいご本があるので、そっちから読もうかなっと。









author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 21:49
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【セミナー】プレゼン研修受けてきました
今日は珍しく、会社主催の外部研修って事で、プレゼン研修受けてきました。


普段なら、どんな研修だったのか、主催者さん合わせて詳しくお知らせするところですが、今回、会社主催って事で、参加者も社内の人間に限られるので、ちょっとその辺は割愛します。



さて、プレゼン研修ですよ。


いろんな研修、自分でお金を出したものも含めて色々受けたけど、がっつりなプレゼン研修、プレゼンの「やり方」にフォーカスして、ガツガツ演習もあるタイプのものはなかったかな。


今回、プレゼンを作成して
実際に発表して、
さらにフィードバックいただいて
プラス、ビデオ撮影もってな事で、やらせてもらいましたが、、、



このプレゼンビデオ撮影ってのがめちゃめちゃ強烈なんですよ。



とってはもらったものの、自分で見る気は本当にはなかったんだけど、見る時間を取られてしまったので、見たんでふよ。



いやーね、フィードバックも頂いたけど、「あんなに怖い顔でプレゼンしてたの?」って、驚きました。
本当びっくり。
勘弁してほしいわー。



でもこれ、めっちゃめちゃ役にたつね。



自分を客観的に見るとか、ありえないもの。



とはいえ、もう一度やろうと言われたら、いやだとは思う。



でも、本当に必要ならまたビデオ撮影するかも。



それくらい有効で、かつ、これは使える!ってな事を思ったのでした。
author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 22:46
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【勉強会】基礎編 Authentic Leadership講座 第4回に参加しました。その2
【勉強会】基礎編 Authentic Leadership講座 第4回に参加しました。その2


さて、昨日の続きから、前置きなしで書きますので、気になっちゃった人は以下のリンクから、昨日の内容チェックしてね。


リンクはこちらから 基礎編 Authentic Leadership講座 第4回に参加しました。その1

人間というのは一つの空間で
その中はエネルギーで満たされてる。


でも、私たちはいつも「思考」が働き、考えている。


思考の中には「ダメ」と「OK」しかない。


悲しいとか、嫉妬は「ダメ」
優しいとか、慈しんでるは「OK」


そういう判断なしで感じる?
感じるなんてとんでもない!
感じたらとんでもないものになっちゃうよ。

だから「感じてはいけない」と思ってるんだな。
そんな空間は「思考」には感じられないし、そもそも見えないですから、空間はなきものとされています。


普通にしてたら、そのエネルギーには「繋がれない」んです。


だから、「真実は世界の中にしかない」と思わされてるし、外の世界で生きるためには適応しなくちゃね!
って生きてる。


でも、エネルギーはあって、体で起きる全ての「反応」は「イノチ」がまさに命がけで起こしてるということ。


だから、何か感情が動いた時に、ひたすら内側に「感じ」にいく。

ひたすら感じる体験を重ねる。

一般的には、どんなに醜いと思われている感情にもいい悪いはなくて、私の中の真実はそのエネルギーの中にしかないし、それを感じにいって、体験することしかない。


すると、「あぁ、これだ」
ってメッセージが伝わってきて、自然と涙が出る。
みたいになる。


これがプロセス。
エネルギーを感じにいって「感じれば」いい。



簡単でしょ?



できる気がするでしょ?



よし、わかった、できると思う。


そう、この時まで私はそう思ってました。
「理解してるのよ。」



前日書いたブログのはじめ、「今日は疲れてるから、出るのをやめようと思った」と書きました。


実はそれより少し前、2週間くらい前かな。

エンパシーしてもらって、私の中の「感情的な安全性」というニーズが満たされていないということをエンパシーしてくれる人と突き止めました。

そこに至るまで、さまざまな思考の邪魔が入ったけど、エンパシーしてる人が連れていってくれた感じです。


おお、よかったよかった。

でもそれは回遊魚のように、それに近づきたくなくて、その周りを回ってた。
それは思考に邪魔されてたってこと。


そして、今日この日まで、私はその「感情的な安全性」というニーズに繋がれていなかったんです。


は?って思うでしょ。

いろんな理由をつけました。

一人じゃ繋がらないから、人に繋がってもらう手伝いをしてもらおうともしました(実現しなかったんですけどね。)
ここでいう手伝いってのは今回の受講者さんが体験した「ニーズ体感ワーク」です。


みーちゃんの話が続く中、はたと気がつきます。
「思考が邪魔してる。」

時間がないから。
疲れているから。
別の理由があるから。
そんなことしてる場合じゃないのよ。


これって、、、、、
合理的な理由があるから無理だっていってきたけど、全力で「思考」が邪魔してるのか?


今朝、「今日は疲れてるから出るのをやめよう」これこそ、回避行動なんじゃないか?


強制的に引き離しにかかる思考の力はここまで強いものなのか?


愕然としました。


私が私のエネルギーに繋がらないと満たされないニーズがある。


あるにもかかわらず繋がりに行かないから、「なにかがない」という状態のまま


ここまで怖がるって。。。
なんなの?
繋がっちゃったらすごく良くないことが起こっちゃう。
そう、思考は、頭は、「考えてる。」


すごく大事なことに気がつかさせられて、ぼやっとしてる中、みーちゃんの話は続きます。
(同時進行で、体の中に反応が起こったわけですね〜)


そう、こんな感じで思考は邪魔してくるのか!?


感じようとして「でもやっぱりあの人が悪いじゃん」って思考が邪魔してくる。

そんなレベルじゃないじゃないか。


邪魔されてもつながる。
どうでもいいから、感じにいくを、こんなにも繰り返さないと、そこまで全力で邪魔してくるんかい?
ってね。



そうやって、自分の「イノチ」とつながる。
そこが全部の入り口。


その自分の持つ「イノチ」につながって、自分への信頼感が上がると、なにごともシンプルになっていく。


例えば、相手がいる場合も、なにか言われことに対して「なにかを言われたから、悲しくなった。」いやいや、その人が言った事実はあるけど、それが、あなたに直接作用して「嫌だ」と思わせてるわけではないのよ。
(いやいや、そうとしか思えないでしょ。だって、そういう世界に住んでるからね。)


なにか言われたこと。
それによって自分のイノチが反応してる。
それを感じる、ひたすら感じる、その先にイノチがくれる「自分の真実」がある。


それと同じように相手にも、エネルギーがあって、「なにかをいう」というのは、その相手のエネルギーが「言わせてる」そのエネルギも丸ごと感じで、自分の真実を開示する。


というのが、本当の意味でのNVCのコミュニケーションなんだなぁって。


今回、本当に腹落ちしたんですね。


私のエネルギーに、
私のニーズはなんなのか
感じて、感じて、感じた先に私の真実がある。


それはすごく怖いことだから、思考も文字どおり命がけで邪魔してくるのね。

こんなにもか?
ちょっと感じにいって、うまくいきませんでしたとかいうレベルじゃないじゃん。これ。


愕然とするとともに、でも、つながれば、少なくとも思考の信じている「素晴らしく恐ろしいものだからつながってはダメだ」のメッセージからは解放されて、不安や恐れといったものから解き放たれるんだな。


このエネルギーというやつ。


自分だけが満たされればOK
とはならないらしく
その包む雰囲気、その場そのもののエネルギーを満たしにいこうとするらしい。


自分にもエネルギーがあって
相手にもエネルギーがある。


そのエネルギー同士を感じる。
もしもコンフリクトがおこるなら、自分の中の真実を相手に開示する。



なんて、壮大なプロジェクトだ。
なんでここまで私はそれを知らずに生きてきたんだ。
もったいない。。。


ここで改めて
あー、思考が邪魔してくるってのも別にあっていいなぁ。
すんなり繋がれたらどんなにいいかと思うけど、簡単じゃない。


でもそれはそれでいいんだ。


それでも繋がり続けた先に自分の「真実」というかニーズがあるんだなぁ。

それを知ってれば恐れずに繋がりにいけばいい。
そういうことなのか。

と、もう、この辺が、参加してたzoomのチャットに感動しすぎて「今日参加してよかったです。やっとわかったんです!つながったよ」みたいな興奮気味のコメントを入れたあたりです。



さてさてさて。
この日、受講者の皆さんは、「ニーズ体感ワーク」をしてらっしゃいまして、これね、6期でやった時に、初めて自分の中のエネルギーに触れて、これはすごいなと思ったんですよね。


で、その後、自分のニーズと繋がりに何回もいって、いろんなニーズを見つけました。


以前「生命・生活の維持」というニーズを感じにいったことがあります。

満たされないと、頭痛とか吐き気がしてきて、満たすためには「寝ろ」みたいな感じが自分の中にあることを知ってます。


面白いことに、疲れすぎている時とか、頭痛、吐き気がしてきて、「あぁ、疲れてるなぁ、でも忙しいからしょうがないよね?」じゃなくて、明らかにこのエネルギーが満たされてないことがわかるんですね。


「あー、私、これ、知ってるなぁ。これは、透明なプラスチックのヘルメットみたいなやつだ(あ、これ、私の中の生命・生活の維持のニーズの形です。)」

。。。

「あぁ、生命・生活の維持のエネルギーだわ。ベッコリ変形しとる。。。寝なきゃダメじゃないかこりゃ。。。」


と、満たしたいので、自分の行動の中のからできることを探します。
仕事を早めに切り上げて家に帰って早く寝たりね。


どんどん考え方がシンプルになる。


そんな感じで、このニーズ体感は誰かがお相手でいる方が繋がりやすい(導いて貰えるからね)けど、自分でも繋がれます。


ということで、みなさんがそれぞれ体感ワークをしてる時間に私は、思考が怖がって回遊魚していた「感情的な安全性」につながることにしました。



思考に邪魔されてもつながるんだ!!


って決めて繋がりにいきましたら、繋がれるもんだね。


すごいなぁって。


怖がって全力で逃げてたのに。
繋がるだけで、満たされるんだなぁ。。。


言葉で伝わったのかはわからないけれど、この会に出て本当に良かったなぁって言う不思議な時間でした。


考えててもあんまりうまくいかないので、ひとまず、どうであっても、というか、どういうこともあっていいし、それでも、その上で自分に繋がりにいくってのが重要なんだなぁ。。。


ジーン。。。


という余韻があるところで今日はおしまい。
(明日には続きません。)
author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 06:00
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【勉強会】基礎編 Authentic Leadership講座 第4回に参加しました。
【勉強会】基礎編 Authentic Leadership講座 第4回に参加しました。


私が前回参加していたのは、6期で、今回のは7期の4回目
前回出られなかったのよね。


ということで、参加!って表明をしていたんですね。

参加表明したのはいいんだけど、実はここのところ一ヶ月ものすごくいろんなことがあって単純に疲労がたまっていたので、これは、参加よりも、断念して次回のがいいんじゃないだろうか?と。。。
私には活動に参加するより休息が必要だ!
と、朝、思ってたんですよね。
本来だと、声出し可能なカフェとかで会に入るんですけど、こりゃ無理だなと思い、聞くだけって事で、移動しながら参加させてもらいました。


会に入ると、チェックインと言ってみんなでこれまでの学びの一言コメントみたいなのをやるんですね。

私はオンラインで繋いでるので、その声はイヤホンから聞こえてくるわけですが、皆さんの声が遠くから聞こえる感じで、結構苦労してました。


この遠くに聞こえる問題
なんのことはない、イヤホンの仕様というかセッティングの問題で、出力音量抑えられていたことに後から気がついて、「こ、これだったのか!!理由は!!」と、会の中盤に気がついたんですね。。。


最近、機種変してイヤホンが常にBluetooth接続になったんで、その弊害がこんなところに、、、くぅぅぅぅ。


まぁ、それは置いといて。


受講生の皆さんの言葉を聞いていると、「何かあったときにちょっと立ち止まれるようになった」という嬉しい変化と、「それでもまだ掴めていない」「もっとこんなシーンで使いたいのに、そこには至っていない」という、「もどかしさ」のようなものが伝わってくるんですね。


そーなの、そーなの!
私もそう思うよ。
ってか、そうだったよ。
ってか、今、まさにそうだよ!みたいなね。


さらに、不思議なことにみんながすごく「思考の言葉」で喋ってるなぁって伝わってくる。

「脳に汗をかいて理解しようとしてる」
感じと表現するのがいいかな。


これ間違いなく私もやってましたけど、実は「感じる」ってそういうことじゃないんだよなぁって。。。


6期で受講してた時は「日本人はみんな真面目だなぁ〜」みたいな感想だったんだけど、あ、違うなこれ、私も含めてみんな頭で理解しようとしてるな。
やってみたことってのを解釈して表現してるからこうなるだなぁって。


イヤホンセッティングのおかげさまで遠くに聞こえるみんなの声を聞きながら、そんな「場」を感じてました。



チェックインの話を書いてるだけで普通にいつものブログ分くらいは書いた気がしますが、続けますね。



人間というのは「ある1つの空間」でその中に「様々なエネルギー」が詰まってる
という考え方というか感じ方というか事実があります(抽象的な意味ではないんですけど、それは実際に自分で体感しないと、実感できないので、そんなもんだと思ってもらえればいいかな?)


それで、そのエネルギーというのは
「感じることができる」
というか、「感じることでしかわからない」んですね。


一方で、脳を使った「思考」「考える」ということをものすごい時間してきていて、脳はまさに、臓器の頂点な感じすらあるわけですが、その「思考」の中では「このエネルギー」は存在しないことになっちゃってる。


なんでかというと、脳にはこのエネルギーを「感じるすべがない」からなんですね。


私たちは日頃の「よく考えて行動することが良いこと」と思わさせられてるんですね。

無意識に、これまでの社会との繋がりとか教育とかを通して、そうあるべきだと思い込んでいるわけです。

まさに、「その瞬間、何を考えているかが真実だ」と言うわけ。


おやっ?エネルギーの話はどこにいきましたっけ?


そうです、人間は空間でエネルギーで満たされてるなんてことは考えてもわかるわけがないんですね。


だって、それを無視して、社会に適応するというミッションを背負って生きてて、誰もこれまでにそういうものですった教えてくれないですから。


まさか、自分の中にさまざまなエネルギーがあるなんて想像もしないということです。


だけど、「エネルギーはある」ので、それはなんらかの形で私たちに信号を送っていて、それをどういうわけか受け取っちゃう。


この時、脳はどんな感じで受け取ってるかというと「快か不快か」のいずれかで受け取ってて、

「不快を快にしたい」もしくは
「不快を避けたい」
と行動するし、この「不快はなんで起こってるんだ?」と解釈しようともするわけなんですね。


その解釈の果てに「〇〇さんが〇〇と言ったから、私は不快になった」とかそんな感じ。


待って待って、その不快の解釈、合ってますか?


実は自分の中のエネルギーが必死に伝えようとして感じたことを「不快」と捉えて、まさか、自分の中にエネルギーがあるなんて、思ってもいないし、そんな見えないもんを感じるなんてことをやったらものすんごく悪いことが起こるかもしれないでしょう。


いやいや、受け入れられないですね。

と、思ってるかどうかのプロセスもなしに、「私の中に不快にさせる要因は皆無ですから、私の解釈によれば相手のせいですよ。」
と、思って生きたら社会の仕組み的にも倫理的に行動できてるし、素敵だ。
素晴らしく効率的だしね。


ってのを優先すると、世界はそれなりに平和です。


でも、自分は置いてけぼりなんですよね。


だって、内側のエネルギーはなかったものにしてるわけですから、これ、どーしたらいいんですかね?


ということで、自分から感じにいかないとわからないし、
「不快だ!」って信号を送ってるのはなんなのか、自分の中のエネルギーを感じないことにはわからない。


ということなんです。


昨日の講座、出てよかったなぁって、「そういうことだったのか!!」って思ったって話ってのがあるんですけど、それはちょっと、また明日書きます。


昨日の受講生の皆さん、ニーズ体感ワークでやって、感じてくださった通り、「エネルギーは自分の中にあります。」

一緒に面白がりましょう。

ってことで、明日に続きます。
author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 05:53
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【勉強会】エンパシー・スーパービジョン
あらかじめお断り、本日のブログ、割と自分の備忘録のために書いているために、途中、理解できない部分や、共感できない部分が存在すると思われますが、そちらは、あまり深く考えずにスルーしてください。



昨夜、authentic leadership講座に付随するエンパシー・スーパービジョンのエンパシーされる人をやってきました。


エンパシー、、、どこかで説明を書いたかもしれないですけど、人に話を聞いてもらい、共感を得ながら、深く自分の命とつながるということです。


それってなんだ?


イメージしやすいので、書きますが、カウンセリングの被験者で、まぁ、話を聞いてもらう側をやりましたって話。
(実際はもっと、すごいんだけど、伝わりづらい。。。(笑))


わりと頭でっかちなので、authentic leadership講座の基礎編で、「よし、理論は理解した!」「ん、ならできるはずだ」みたいなことを思うんですけど、何事も、練習しないとうまくなりません。


それは洋の東西を問わず、authentic leadershipの大天才がいたとして、そんな人でもです。


で、昨日のは上級コースのみ方々の練習の場みたいなところで、私はエンパシー体験の方を積むためにエンパシーしてもらう側として参加しました。


このエンパシーというやつ。


実は上級コースに友人がいるので何度となくお願いしていて(この場合は自分も練習したりしてる)その度に発見はあるのね〜〜。


でも、昨日のは、講座主催者の方が実際にエンパシーしてる様子を見ながら、アドバイスしてくれる会で、私はもちろんエンパシーする側ではなくてされる側なんだけど、とにかく、これまでの経験から自分の「命」に向き合いたいと思って参加したのよね〜〜。



まー、それで詳しく書くのはどーなんだって事で、詳細は明かしませんが(ブログ読者には、私のくるしい胸の内はダダ漏れな気もするけど(笑))いろんな問題があって、雇用だったり、家族だったり、で、自分的にはやってるつもりなのになんかモヤモヤするんだよね〜〜。


ってところから話が始まりまして、おあいてしてくださった方が、私が言ったことから必要な部分を繰り返してくれて、こういうことが欲しいんじゃないか?というのをひたすらフィールドバックしてくれるわけです。


お相手さんは初めておはなしした方ですが、すごく心地よく引き出してもらった感じあります。



もうね記憶がないくらい喋りまくった気がして、正確には覚えてないですが、問いかけられることに対して、自分がどう反応したか、感情が動いたかってのは覚えていて。



例えば、「それってもっと主体的にしたいってこと?」とか「配慮かな?」と問いかけられるんだけど、頭で考えてたら、そうかもって思うことに、体が、体の内側がNOを出すんだよね。


「いや、主体的ではあると思う」とか「うーん、自分で決められないことが多いけど、配慮はされてるんだと思う」とか、、、でも、もやもやするんだ。


そうすると、どんなタイミングだったか覚えてないけど、「怖いから近づきたくない」って感じる、、、を多分口に出したのよね。。。


それをリフレクションされる
「怖いから近づきたくない」


そうなんだよ。
時間があれば、自分につながってって言う、そんな時間が欲しいとかじゃなく。

もしも時間が欲しいなら裂けばいいのよ。
時間なんてどんなに大変な時でも作れるのは知ってる。


じゃーなんでだ?
ってなった時に、怖いから近づきたくないんだよね。


そのなんらかしらある、自分の中のエネルギーにね。


だから、「こんなこともあんなこともあるから、大変でしょ〜だから近づけないんだから〜」って言う言い訳を必死にやってるんだね。。。


回遊魚のようだ(笑)


生きるために必死に泳いでますからね、中心部のほんとは近づきたいエリアに近づかなくても、私は頑張ってますから、うんうん!みたいな。


それで避けてきた物は何か?


と言うところで
「それは感情的な安全ですか?」


って問いかけられたんだと思うけど
(どう言われたかは覚えてない)


「あ、それだ。。。」
と体が反応するんだね。


不思議なんだけど、
「そーかも知れない」
「そーゆー考え方もできますよね」
とかじゃなくて、
完全にそれ!


ってのが体の内側からくる感じ。


今回はその言葉を言われた瞬間に文字通り「胸熱」になりました。
(きっとこの辺にエネルギーあるんだね。)


で、すごく気分が良くなって

なんと言ったらいいかな
内側にあるエネルギーの方が「やっと見つけてくれたー」みたいな興奮状態でしたね、これ。

(そのあとしばらく遠足前の子供みたいに眠れないみたいな感じ)



で、私の回のエンパシーは終わり。



でもすごく貴重な体験をさせてもらった。


もうずっと、体からは呼びかけられてた気がする。


でも、自分だけじゃ繋がらなかった。


そんな意味でもすごくありがたかったなぁって思う。



おあいてしてくださったゆうくんが「なんかシャブみたいな感じで」って繰り出してくれた細かいジャブが効いてきて核心に。


面白すぎるね。



さて次は、「感情的な安全」というニーズと実際につながらないとなぁ〜
一人じゃ怖いんですけど、これ。


ってなってるのが今。。。


主催のみーちゃん、エンパシーしてくれたゆうくん、そしてエンパシー・スーパービジョンに参加してくださった皆様に感謝です!

author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 05:46
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【勉強会】基礎編 Authentic Leadership講座 第1回に参加しました。
【勉強会】基礎編 Authentic Leadership講座 第1回に参加しました。


ちょっと前ですけど、最終回参加したって書いてたじゃーん!って方、このブログの読者さんで、かなりの通ですね。


そうなんです。
基礎編は実は私、一度参加してまして、それは6期だったのね。
んでもって、7期が開催されて、実は6期の時の1回目の4回目は残念ながら、ほぼ参加できてないという事情があったので、今回、7期の皆さんと一緒に1回目と4回目だけ参加しようと思いまして、参加してるということなんですね。


安定のzoom参加でして、まぁ、アジトに行けたらいいんですけど、いかんせん外国に住んでるもんで、zoom参加できるというだけでもありがたいことです。


そんなわけで、めちゃめちゃ楽しみにしてましたのに、まさかの緊急対応で帰れず。。。


前回と同じじゃないか。。。


と、なかば絶望しながらも、なんとか、聞きたいところは聞けたかな?


ということで、さらりとまとめします。


ちょうど、「NVCの前提と意図」の説明がはじまる前に入った感じなんですけど、いやー、ここがね、聞きたかったんですよ。


うん。


前回参加した時は、zoomも初めてだし、遅刻するし、もうさー、「申し込まなきゃ良かった」くらいのことを思ったわけです。(いや本当に。)


がーん、1回目ちゃんと出られなかった、もうだめじゃん!みたいな。


子供か?って感じですけど、完全に浮き足立ってまして、思い出しても恥ずかしい。


そんな風になってる人が7期の皆さんの中にいるかはわからないですが、「うーん、ニーズってなんだろう、欲とは違うのか?共感できる?感情に。。。よくわかんないよぉ〜」ってなってる方、安心してください。


8回続けて参加してると絶対掴めると思うので。素晴らしいです。


で、それらを受けて、の「NVCの前提と意図」いやー、染み込みますね。


なんで、よりにもよってまた遅刻なのかという問題はありますが、「そうそう、うんうん」っていちいちうなづく感じです。


ニーズは誰にでもあって、その満たし方は違うということ。


テロリストはなぜ爆弾を仕掛けるのか?


こういう問いにパッと答えられる人はいないし、理解できないって思っちゃう。だけど、彼はなんらかしらそうしなければならない理由や背景があって、その奥には彼らのニーズがある。


そして、そのニーズを満たすための手段として、爆弾を仕掛けることを選んだというわけ。


だったら、それが許されるか?
なんか理由があればいいのか?


そんなことを考えちゃうけど、そーじゃない。


やったこと自体は許せない。


あなたがあなたのなにかのニーズを満たすために使った手段は許せない。


だけど、あなたがなんのニーズを満たそうとしたのか、そのニーズ(なぜそうしたのか?)には繋がれる。


この繋がれるってのが、許すとか、許さないとかそういう次元じゃなくて、何か悲しいことがあったとか、そういう感じが一人一人違うけど、私も持ってるし、あなたも持ってるよねって、共感できる。


ニーズというのは、誰にでも共通であるものというのことなわけ。



ではではそのニーズとやら、どんなもんなのかってのは、これからやってくことになると思うんだけど、さまざまなニーズがあって、それらは層になってる。


これね、今だから思うけど、本当そうだなって。


例えば、「食べ物」のニーズってのがあったときに、「何かを食べたら満たされる」というニーズだとして、とにかく食べたら満たされるんだよ。


それが、食べても食べても満たされないって、おデブさんの陥る罠みたいになってるけど、それって、もうニーズじゃなくて欲なのよ。


「食べ物」ってニーズだけじゃなくて、「つながり」だったり、「承認」だったりっていろいろある。


色々あるものは、全部、方法は無限大で、満たすことが可能なの。


え?でも満たさないのがあるって。


そうそう、そう思っちゃう。
それは、社会がそうなっちゃってるから。


もうほんとは全ての人を満たせるだけの資本みたいなものは多分あるんだよね。


だけど、社会は不公平だから満たせない。
というか、全ての人のニーズを満たすストラテジーってのは存在しないらしいんだな。


つーか、ほんとはあると思うけど、ひどく、達成しづらい。



例えば去年生み出された利益というやつ、いろんなものがあるんだと思うけど、とある統計によると実にその82%は上位1%の人の懐に。


そして下半分に属する人たちの資産は増えてない。


ってことがあるらしい。


こんだけ偏ってたら、「食べ物」ってニーズすら満たせない人がいるのは容易に想像がつくし、資源はあるけど満たしづらい世の中ってのはわかりやすいかなと思う。



じゃーひとまずこの講座に参加してる日本人なら「食べ物」ニーズは満たされてるな!としても満たされてないもんがいっぱいある。


世の中はパフォーマンス評価だから、「あなたは何々ができるから愛される」みたいな指標。


それに一番こだわっちゃってるのが自分自身で、ともすると
「私は何々ができないから愛されない」なんてことにまで思いが及ぶと。。。


なんか幸せじゃないないなぁ。


でもしょうがないじゃん世界がそうなんだもの。
いやいや、そーではなくてね。
自分は「なんでそう思っちゃってるのか?」
そこにはどんなニーズがあって、どんな思い込みをしてるために満たせないのか。
(何々すべきとか、何々じゃなきゃダメだとか、そういうのは思い込みで、実は取っ払うことができる!筈だ!これがストラテジー無限大というわけなの。)

なーんていう、自分のニーズに繋がる旅みたいなもんなんだよね〜。
うんうん。


と、深くうなづいたりして。


それにしても、なんでこう、毎回、仕事で参加できないのか。1回目だけ。


どーなってるだか。


久しぶりにNVCの世界観に触れて、とてもしあわせな時間でした。


いつの日か対面クラスで受けられたら良いなぁと思ってます!


author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 20:28
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【セミナー】ご縁とご恩と手帳と心の使い方の話
昨年の12月初旬頃のこと。
私の友人で、コンサルタントで、カウンセラーで、研修講師でマルチな活躍をしている米倉剛さんが一般向けにセミナーするということがありました。

米倉剛さんのサイトは
こちらから


そのセミナー、実は、どうしても彼が研修講師をしている姿を見たいと望みが私にありまして、それも、私の友人で、一般セミナーを主催されている薫さんにお話しさせて頂いて、実現したものなのですよ。


一般企業で引っ張りだこな研修講師の方のお話ってはなかなか聞けないもので、私、それが聞きたい一心でお願いに上がったというわけ。


それで、研修姿は見たことなったけど、きっと一度彼の話を聞いたら、ファンになる人がいるんじゃないかなぁと思って、
これらを「ご縁」に、今後も薫さんの会で米倉さんのセミナーが開かれて、いつの日にか、ぷぅコッコが日本に戻った時に、参加できる感じに育ってたら嬉しいよね〜


なんてことを妄想してたんだなっ。


そしたらさ、実は薫さん、マネーの会というコミュニティをお持ちでして(さすがコミュニティの女王!)そのサイトで、なんと、早速、米倉剛さん(以下親しみを込めまして、ヨネゴーと呼びます)が先日行ったセミナーの録画を観られるというじゃーないですか。
(録画の閲覧は有料会員さん向けに常に用意されているコンテンツの一つです。)


ってことは、私のように海外にいても、そのセミナーにアクセスできるという!画期的なシステムなのよ!


そんなマネーの会は
こちらから




ここまで実現しただけでも感激すぎて、仕方なかったんだなぁ。

ジーン。。。

しばし余韻に浸りたい気分。。。



で、今回その録画をご好意で観せていただいたんですけどね。


最初は冷やかし程度(と言っては失礼だけど)話のタネに、流し見しようと思って見始めたのよ。

だって、掴み部分とかはヨネゴーそのものだから、なんといっても友人なんでね、なんというか、掴みの手の内は知ってるわよ!みたいな気分。


ところが、話が進むにつれて、いやはや、興味深いじゃないですが、すっかりがぶり寄りで見始めて、「あれ、今んところちょっとわかんない。」みたいなのはなんなら巻き戻して観ちゃったわよ。


もうそんなことに至った自分がびっくり。


そんなわけで、
「そのセミナーに出られた方のがきっとグッとくる!セミナーまとめ」
を書いていきたいと思います。


研修講師を生業にしてるだけあって、掴みは、まー、技をいっぱい持ってるわよね〜〜。
そこはぶっちゃけどっちでもいいのよ。


このセミナー
「心のくせを活かした手帳術」
ってな感じの題名がついてるんだけど、手帳術って言っても、
実はこういう「手帳がいいですよ」とか、
「プロジェクトまとめるならガントチャートがいいです」とか、
「ブランクリンプランナー活用セミナー」
じゃないのよ。


ぶっちゃけどんな手帳使ってもいいんだよ。
極論では。


そんなもん、ほぼ日の毎日の格言は好きじゃないから、EDITにしようとか、
マンスリーだと、使いにくいなら、ちょっと分厚くなるけど、ウィークリーかなとか、
なんだっていいんだよ。


問われていることは?



そこにあなたは「何を書いていますか?」



そこにあなたは「何を書けていないですか?」



手帳を使って記録した先、「あなたにはどんなゴールが待っていますか?」



それらを意識して、「手帳を書いていますか?」



ということなんだね。



そんなこと、考えたことあります?


さて、ぷぅコッコさんは長年、手帳迷子でしてね。
とにかくいろんな手帳を試してるし、いろんなペンも試してるし、「心地よいものは何か」ってのを実は追求してる。


世の中で、手帳術を提唱されている方の本とかセミナーとかも、いい感じにそんな感じが多いよね。


どの手帳がいいですか?
って問いだけなら、ぶっちゃけ一般的なことは、この私レベルでもかなり語れると思うんだな。(ほら、万年筆マニアだし、それなりにこだわってんのよ。)


でも、本当に必要なことはそこじゃないんだよ。


もちろん、そういう紙質とか書き心地みたいなものにこだわれば、自分が必要としてる、「自分の中の何かの必要」とか「自分の中の心地よさ」みたいなファクターは多分満たされるんだな。


でも、使うからには、ただ単に「予定を書きました」「予定こなしました」終了ってのだと、なんか惜しい。



なんか悔しいじゃない。



その昔、ブログはストックメディアだって話をしたことがあります。
ブログを書く意味は何かってのは置いといて、
SNS等との最大の違いは「振り返りができる」ところだよね。



この振り返りが半端なくすごいのよ。
やってみると、わかるけど。
いやいや、やってみないとわかんないけど。


それで、ブログほど大々的でなくていいんですけど、って方も、 それと同じことを「手帳にも求めてもいい」んじゃない?



そして、求めてるのに「なんかうまくできない」「なんだかスッキリしない」という人の、「それってなんでなんだい?」ってのに深くアプローチしたいわけ。


実はそこ、「紙質の問題ではない」んだよね。(まっ、あたりまえですけどね。)



ってことに気がついて欲しいというのが、セミナー講師であるところのヨネゴーのメッセージよね。



実際に出られた方は「その場所の雰囲気」を感じておられたんだと思う。
「そうなんだよ、手帳を書くことで、私は昨日の私と、違う新しい私に成長することを望んでいるのよ!」っていう、ことに気がつけるように場の雰囲気を作っていってたんじゃないかなぁ、と。ヨネゴー氏がね。


そんなことを推察してますけどいかがかしら?



だから、ライブと録画では少し印象が違うんじゃないかとは思うけど、
その場にいた方が、掴みとった
「自分の中での達成感」
「これまで疑問に思わなかったけど、なんか欠落してる感覚」
「手帳ってもっと可能性がある?って感覚」


そんなことに気がつけたら、概ね参加した意義があったんじゃないかなぁって思います。



現代は、なんでも「効率的に!」ってので動いてると思うけど、実はこの効率ってやつ、これだけでは、人間は立ち行かないところに来ているんじゃないかと、私は思っていて、日本は、なんか上手いこと言ってないんじゃないかなぁと、うっすら感じているんだよね。


そういう、「感覚」って実は、自分の中に溜めてると、澱のようなものになって、腐っていくんじゃないかなぁって思う。


セミナー前半、ヨネゴーが言っていたことで「いいなぁ」と思ったのは「誰でもいいから、聞いてもらう」「誰でもいいから壁打ちしてもらう」ってところ。


澱を溜めないこと
これって、実は日本社会に必要だと私は思ってる。


溜めないようにするには、やっぱり出すしかないんだよね。


かといって、愚痴ればいいのかとか、それってどうやってやるのよ!
って方。


ちゃんと講師がいるじゃないか!
ヨネゴーに個人セッションをお願いして聞けばいいのよ。


いやいや、むしろ、ヨネゴーが聞いてくれ!と。
私の澱をプロヨネゴーとして払ってくれ、と!
そんな機会に使ったらいいと思うんだよね。



なんでもそうだけど、言われたことがピンとこないという時
「初めて出会った感覚なので、わからない」
ということは、往々にしてあると思う。


そんな時は、そこで出会ったことを足がかりにして、ガシガシ質問する。


それこそ出会ったことが「ご縁」だからね!使わないと。

うーん、考えてみると、そんな貪欲な感じなんで、私自身はブログとか書いてるんだろうな、うん。



出会ったが最後、とにかく食らいつくってのがいいのよ。



あっ、ちなみにぷぅコッコさんは特に個人セッションやってません。


でも、希望があれば、スカイプセッション(有料)で考えるわよ!


もしもお話ししたい!ぷぅねーさんに聞いてもらいたいぞ!って人がいたら教えてください!真剣にスカイプセッション考えます。



まーまー、そこは置いといて、私も実は手帳術に悩める一人だったりするのよ。


だってね、例えば私の友人はこの間、手帳術の本を出していましたけど
あっ、そのご本の感想は
PDCA手帳術から

ヨネゴーセミナーちょっと消化不良って方には意外と、こっちのがグッとくるかもね。


まぁ、そんな友人の手帳
実際に見せてもらいましたけど、ものすごいのよ。


何がって、「完璧」だわよ。


これやれば、成長できるかもって思ったけど、やってみて挫折したのよ。
ブログにも書いたけど、挫折よ。



それで、人は「そんな小さなことにとらわれる」ということに気がつくわけ。


書いていれば成長できたはずの自分と、今の自分を比べて、残念だと思っちゃう。


でも、それは「取らぬ狸の皮算用」なのだよ、おねーさん!
と、あの日の私に言いたい。



ヨネゴーのセミナーがあまりにも鮮やかなすべり芸であったが故に、気がつかなかった人もいるかもしれないけど、セミナーの中でヨネゴーは「記録することが大事」っていってるんだよね。


そう、記録することは大事。


じゃーどうやるのか!


いきなりインスタで見た、ステキなバレットジャーナル書くことにした。


三日で挫折!


って当たり前なんだよね。


インスタで人気って、もうさ、肩書きはなくてもプロなんだよ。


それは、セミナーでも触れられてたけど、バッティングセンターでいきなり140km/時の球に対峙するようなもんよ。


打てないって!いきなりは、、、

だって、プロじゃないんだから。。。

そしたら、当たり前だけど、とりあえず100km/時で打てるかしら、まだ早いか?速いか?早いか?


みたいになるわけ。


当たり前だけど、「そーじゃん!」ってこと。


「大きな目標を定める」←セミナー内だと、前半最後と後半初めに時間かけてやってた石積みの人、特にCの話

「大きな目標を小さな目標に分解する」←石積み職人の崇高な理念はいいけど、大きな目標になればなるほど、抽象的。だから、日々こなせるゴールに書き換えて小さくこなすこと

「とにかく記録する」←ブログ=ストックメディアじゃないけど、記録してないもんは振り返れないので、とにかく目標に向かって何をやったかを書く

「いきなりプロを目指さない」←200ページのビジネス書も、初めの一ページから。毎日一ページ読めば、200日、なんと一年以内に読み終わるよ。
そんぐらい小さな日々の目的でもいい。



というのができることで、
今まで脳科学だなんだかんだ、最悪だと根性論的に言われてきたこともなんかもあるけど、確からしい気がするだけで、実は検証されたエビデンスがない。
ぶっちゃけ思い込みだけで効果はないってこともあるのよ。
だから、「心のくせ」
なんか素晴らしいやり方というより、自分のできることを確実にこなすことだよね!
なんてことも高速で盛り込まれてたよね。


そう「とらわれなくていいのよ。」
とらわれは、バーチカルにするかレフトにするか、紙質はどうか?ノートの値段は?


そんなことだけじゃない、ありとあらゆることであって、それは書き方もそうだし、人それぞれよ。


だけど、「ゴールに向かって記録することに、手帳を使ったらきっと、人生が開けるんじゃない?」ってのがこのセミナーのメッセージだよね。


ん?そんなこと言ってたか?
ヨネゴーが高速すぎてわからなかった?
そーでしょう笑
そういう人は、薫さんのマネーの会に入って復習してね。


もちろん、このブログみて、観てみたいってなった方も、サイトから相談してみてちょ。
(いつまで観られるとかはぷぅコッコは関与してないので、コメント欄で聞かれても答えられないっす)

そんなマネーの会は
こちらから

メールで問い合わせもできますよぉ〜
メール:moneykai77@gmail.com

わからないことは臆せず聞きましょう!
これを読んで、ヨネゴーに壁打ちしてほしい
とか、ぷぅコッコさんはそんなこと言ってるけど、本当にそうですか?
って聞きたい人は、ヨネゴーに個人セッション申し込んでね。
(コメント欄で聞かれても、私はヨネゴーじゃないし、セミナー録画から私が感じ取ったことをピックアップしただけなので、お答えできません。)

そんなヨネゴー氏のサイトは
こちらから



そんなぷぅコッコさんと熱く語りたいぜ!って人だけ、私のアドレスにメッセージください。



ヨネゴーセミナーに触れて、面白がってくださる人がいっぱいいるそんな機会、そんな「ご縁」になってくれたらいいなって、思いました。


セミナー主催してくださった薫さんと、セミナー講師を快く引き受けてくれたヨネゴーに感謝!
このブログがせめてもの「ご恩返し」になればと思って止みません。


ではではみなさん、いつの日か、ヨネゴーセミナーでお会いしましょう!
author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 12:30
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【勉強会】基礎編 Authentic Leadership講座 第8回(最終回) に参加しました。その1
【勉強会】基礎編 Authentic Leadership講座 第8回 に参加しました。その1


いやー、この基礎講座ってやつ、8回で終わりなんで、これで最後なのね〜〜。


なんか寂しいじゃないか!
と思ってしまう。


まぁ、これまで、NVCの世界観というやつに触れてきましたが、これは私のブログなので、私のバイアスが入っていることは今一度、書いておこうと思います。


実際に世界観を知りたい人は、ちゃんと講座受けてね!


さて、この講座緩やかに、瞑想から入るんですけど、その後、今回のフィーリングとそれに対するニーズが聞かれてました。


私の場合は、フィーリングはワクワクで学びというニーズが満たされてんのかなぁと思ったけど、実は参加のニーズじゃないかなぁ。
もうね、ここにいるだけでいいじゃないみたいな感覚ね。


他にもいろんな方のフィーリングとニーズがあったんですけど、私はオンラインでやらせてもらっているので、なんというかな、みんなを俯瞰してみることができたりするところもあって、いやー、こう言っちゃなんだけど、日本人が集まって話をしてると、真面目だよね。


みーちゃんも言ってたけど、
「まだ、何々ができない。」
「また、...できていないと思う。」
つー、なんだろうな自己批判みたいのがすごいよね。


日頃、台湾で仕事してまして、まぁ、そろそろ3年ですよ。
大して、なにもできるようになってない(あー、日本人的思考)んですけど、台湾人の皆さんと3年働いたという実績はあるわけ。
(もうね、それだけで、あたい頑張ってるよ!うんうん!)
で、その「できる、できない」に関していうと、学んだ3年間ですよ。


日本人からすれば「出来てる」というレベルが、まー、率直に言って低い。

そんなんで出来てるって言って叱責を受けた過去、笑われた過去とかあるぞ、みたいなね。

つーか、恥ずかしくて言えなかったよ。みたいな。
え?それで「出来てる」って言う?みたいなことは日常にゴロゴロある。

だけど、その後、出来ていない部分を指摘する(あっ、頭ごなしにはダメですよ。完全にタブーよ、やんわりとね!プライドあるから。)と、次にまたクリアーしてくる。そのサイクルが早いからいつのまにかすごくできるようになってる。これほんとだよ。


なので、出来たことをまず「認める」ってすごく重要だし、自分の行きたいところに、自分を責めるより、早く到達させてくれるんだね。多分ね。


まっ、そんなことを踏まえて
一緒に学んだ皆さん
「まだNVCがうまく使いこなせない。」
にフォーカスするというかどっかでそう思ってる。実際そう私も思うけど、そこは、まー、まだ、いいんじゃないかな?


たった8回では、新しい言語学んでるみたいなもんだから出来んよね。
(と、日々自分を慰めてる。)



それでまぁ、世界観の話になると、
昨日は男性性と女性性という話がありまして(これはNVCとは直接関係ないけど、メタファーとして出てきた感じ。)


NVCは「感覚の世界」で、自分の中の感覚と繋がろうとしてる。


この時の自分というのは一つの空間で、土台みたいなもんで、エネルギーとしては空間を表す女性性みたいなもんだと。


対して世の中は、「まず動け!」「まず行動」な男性性なエネルギーで回っている。


例えば植物で言えば、伸びようとするエネルギーが男性性で、そこに育っているという土や水という、その植物が所有してる空間から、養分を吸収するみたいなところの「この空間」の部分が「女性性やと言われるエネルギーだもんで、要するに土も養分も無視しておりますと、どんなに吸い上げる能力が高かろうが、伸びる力が強かろうが、もう立ち行かないじゃない。



それは、もっともっと複雑そうに見える社会に対しても、基本はシンプルで、そういうことでしょう。


と、ね。


だから、内面の世界
あるのに無視し続けてきたその世界に目を向けて、そこを無視しない状態に立ち返ろう。


というわけ。


実際、ここのところを無視してるってのは実は人間くらいかもね〜
その辺は今、読んでるサピエンス全史にもつながると思うけど、
人間だけがなぜ、ものすごい早さで食物連鎖の頂点に立てたのか!?とかね。


それはまぁ、また、別の機会に書くので、今は、置いといて。


それで、NVCには未完成のニーズ表ってのがあるんだけど
それが、どうだこうだということではなくて、なんらかの感じられるエネルギーが身体にあって、それをまず感じる。

それはいいけど、体が感じていることを脳は理解できないので、なんとなく近い用語、頭の中にその概念はあるという用語のラベルを貼ってみる。


そうすると、「エネルギーというやつが発してたのはこの概念なのか?」


と、脳が理解できるように翻訳することができる。


そうやってみたら、どんな行動をとれば(ストラテジー)、最終的に、そのエネルギーが発してる信号が、満たされてる、平常運行だわーになるかを脳が考えることができる。


ってわけ。


だからニーズ表にあるものに対して、自分のエネルギーとして繋がったものが、必ずしも完全にマッチしてる翻訳とは限らないけれども、頭で理解するためにはなんらかもうすでに知ってるものに置き換えないといけない。それがまぁ、強いていうならこれ?みたいな感じでなされているということなのね。



もちろん、完全にこの翻訳ばっちり!
もうそのものズバリだぜって用語もあれば、
あえて、いうならばそんなことと思ってもいいかもしれない!
くらいのものまである。

と考えれば良さそうかな?

翻訳ってことだと思えば、翻訳本って読むと違和感があったりするけど、まさにあの感覚。


そう、最終的には感覚が握るというかな。


今まで考えてきたこととは全然、逆のプロセスだし、新しい考え方であると、まずは理解しようというところ。




今日はひとまず、こんなところまで!

やはり、新しい言語だというのは大きい。
使いなれるのに時間もかかる。
納得である。


そこに行き着いた、私!
グッジョブ!!
author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 06:24
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【AL講座】ニーズ体感ワーク5「守る(protection)」
【AL講座】ニーズ体感ワーク5「守る(protection)」


守るprotection の ニーズは喉の下、食道のあたりあって、丸くてトゲトゲがはえています。
色は銀色で、金属の質感のものです。動きはありません。


役割は守ることです。


満たされると、トゲトゲや丸の形は変わりませんが、同じ比率のまま全体に大きくなります。


トゲトゲが際立つイメージです。
満たされるととても安心します。
満たされている時や、普通の時は何が外から刺激を受けても大丈夫です。そもそもトゲがあるので、外からは触らないだろうという自信もあります。


満たされていない時は、周りのトゲトゲがなくなり、黒い墨のようなります。
ものすごく脆い感じになります。

満たされてない時はとてもは不安です。壊れそうな感じがします。


このニーズを満たすために必要なことはわからないけれど、満たされていない時は、外から刺激をうけると、脆くて壊れそうなので、1人になりたいです。1人になって満たされるかはわからないとにかく満たされない時は1人になりたい。


そんなエネルギーです。
author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 22:43
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【勉強会】基礎編 Authentic Leadership講座 第7回 に参加しました。その3
【勉強会】基礎編 Authentic Leadership講座 第7回 に参加しました。その3


本日は感想などなど、書いていきます。


そうか、リクエストはある必要(ニーズ)を満たすための一つの手段(ストラテジー)なんだな。


だから「NO」と言われてもいいし、当然「NO」と言われることもある。


うんうん、そうね。


今回の講座でのワークは、「実際にNOと言われてみる」ってやつだったんだけど、ちょっと時間切れで自分は体験できなかったんだよね。


その前に、主催者さんのみーちゃんとけんちゃんによるデモが行われまして、実際にNOと言われる場面を見せていただきました。


ざっくり言えば、ある週末のイベントに参加してほしいというお願いをして、断られるという場面なんだけど、その中心にあるニーズというのは、「週末のイベントに参加してほしい!!」ではなくて、「自分が成長した姿を見てほしい!!」ってのが本当のニーズなの。


だから、週末のイベントに参加してって言われて、断られた〜、、、、、「がーん」もうこの世の終わりだよ。。。みたいにはならず、でも、「でも自分が成長した姿を見てほしいから、別の時でもいいから時間をもらえないか?」とまたリクエストする。


相手も、週末いきなりは無理だけど「あなたが成長した姿を見せてもらう、そういう繋がりを作ること自体は全然OKだし、それなら別の時間でならできるよ。」ということを感じさせる受け答えをするんだな。



この時、漠然と、「このNO」は言われても大丈夫というか、日常やってるなぁって思ってたんだよね。


要求されたことに対して、全部YESって言って生きてるわけじゃない。



それでも、相手から言われた「NO」に無茶苦茶ダメージを食らうこともあるし、その差はなんなんだろうと、考えていたんだな。


すると、主催者のけんちゃんから「いきなり世界平和を求めちゃう人」になっちゃうって話があったと思う。


そう、なんかNVCを学んでると、相手のニーズも自分のニーズも満たしあえて、シェアしてる!しかも、全てはジョイ(喜び)から発生している、なんていう超理想な世界を想像しちゃう。


だから、「明日にでも世界平和を実現できるんじゃないか?」ってな錯覚ぐらいの勢いで、私のこともわかってもらえてるんじゃないか?みたいに思っちゃうけど、、、めちゃくちゃ当たり前だけどそうじゃない。


明日の世界平和という目標(別に世界平和ほど、壮大な夢じゃなくていいんだけど、)を達成するためには、一歩一歩進んで、慣れないとダメなんだよね。



そのために必要な感覚として

まず相手の喋ってること、そのものだけにフォーカスしないこと。
「NO」と言われた、もう終わりだよ!

ではなくて、「NO」は「NO」として、聞いといて、その「NO」の裏にある相手のニーズはなんだろう?
そこで、自分のフィーリングとニーズを返す。


「週末来られないんだ。それはとても残念だよ。それでも自分の成長を見てほしいから、時間をとってもらえないかな?」


感じたことと、自分のニーズを言葉にする。


そうやって、やりとりすることで、相手のニーズも探る。


もしかしたら、相手は別の時間をとってほしいと問いかけても、「それはちょっと難しい」なんて言い方で、いやだといってくるかも。


だから、「私は否定された」ではなくて、「いやだ」と言った相手のニーズは「何?」
「いやだ、やりたくない」とわたしに伝えることで、「相手のどんなニーズが満たされるのか」ということがわかったら、
別の解決策、いやいや、解決しなくてもその気持ちをシェアして、納得できる何かがあるのかも。



これがストラテジーは無限ということなのかも。


その場合、「自分の成長をあなたに見てもらいたい」は満たされないかも知らないけど、他の形、例えば同じようにアドバイスしてもらえそうな他の人に見てもらうとか、そんなことで満たすことは可能なのかも。


そうすればそこまでの一連のことに対しての納得感は「ただNOと言われた」と、何とは無しに受け取るだけより全然いい気がする。



と、ここまで書いてきて、
いやいや、いつも相手のことも考えてるし、満たせるようにと、なんなら先回りしちゃうぐらいで生きてるのよ。


って思ってきたけど、そこに焦燥感があったり、
ありゃ、私の気持ちはどーなるんだろうって置いてけぼり感があるのは、
きっと、「自分のニーズを自分の感情とともに伝えることができてないし、そもそも試してもいないのかも。」
そして、「本当に達成したい自分のニーズがわかってないのかも」というところに行き着くというか、行き着いたかな?


「あなたのニーズはよく分かりました。あなたのニーズを満たすことが私の喜びです!」って、無理やり思うというか、無理やり私のニーズにすり替えようとしてるけど、実はそれ、私のニーズじゃないから置き換えられないし、何か満たされないニーズがあるから体に支障をきたしたり。。。


そんなことなのか?


明日、世界平和を達成できなくても、何かに反応する時、自分はどう感じたのか?そして、自分はどうしたいのか?それは「わたしにもあなたと同じようにNOという権利があるんだからねっ!」とかではなく、例えば、「「休息したい」というニーズがあるから、〇〇はしたくない。」と伝える。それについて相手はどう思うのか?また問いかける。



やはり、かなりめんどくさいコミュニケーション方法だ。


でも、NVCの本を読んだ時に感じためんどくさいとは、だいぶ違う。



そのために、わたしに必要なことはなんなのか。

ニーズではないもの(あなたのニーズを満たすことがわたしのニーズです、みたいな感じ)をニーズと勘違いしないために、自分のニーズはなんなのかもっとクリアーにすること。

そのニーズをわかった上で、感情とニーズをそのまま相手に伝える努力をすること。

世界平和と一緒でいきなりできるできないとかで判断せずに、続けること。

自分のニーズも相手のニーズもどちらも、諦めないこと。



まーまー、とはいえ、全部が全部そうできるかいって言われると、難しいんだけど、そういう世界観に身を置いて、今、やっていることを見直して見てもいいのかも。


ま、そんなわけで、今回はこのフィーリング、ニーズを伝えながら、リクエストするってのが課題として出されてるわけですので、やってみよっかなぁ〜
と思ってます。


考えてみると、やってるシーンもゼロではないのよね〜〜
じゃー、できてる時とできてない時の違いはなんじゃろ?とか、意識するってのは重要なのかも。


author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 06:24
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