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【読書】○に近い△を生きる



(001)○に近い△を生きる (ポプラ新書)



最初に言いましょう、この本、むちゃくちゃいいです!
みんな買って。
本当に。


日本人、みんなに読んでもらいたい!


多分、今年1番というだけではなくて、おそらく、ライフネット生命社長の岩瀬さんが自著の中で、出口さんのことをお書きになった、ほんの少しのくだりで、「この出口さんって方は誰なんだ」と、思って以来の衝撃を持って受け止められました。


鎌田医師。。。この人は誰なんだ。


いろいろな功績や、人となりは本に譲ろうと思います。
とてもじゃないけど、書ききれない。


そして、この鎌田医師は、久しぶりに私の会いたい人リストに追加された有名人です。


そのくらいの衝撃でした。


このご本、何気なく見ていたFBのポストで、友人が絶賛していたんですね。

彼女のコメント、彼女のブログを読んでその場でアマゾンにて購入。

そして読みました。


この本のタイトルある
「○に近い△を生きる」
の「○」とは「正解」を意味しています。


でも、世の中は「正解」と「不正解」の二つでできているわけではなく、そのほとんどはその間に位置するグレーな領域。


そのグレーな領域は「△」というわけ。


正解じゃないから、○はもらえない。
でも、△。。。
むしろ、△。。。
期待した答えじゃないけど、第三の、いや、第四の解決策。


見たことも聞いたこともないから、正解だとは思えないけど「別解」


なんとか生き抜くために必要な知恵を絞り出し、本当は○じゃないってわかってるけど、○に近づけていくこと。


鎌田さんは、そんなことを全編に渡り、説いておられました。


日本には「○」を求める傾向が多すぎる。


でも、その「○」だけが、解答なんだろうか?

そのほかにも、○はもらえないけど、解だと言えることはいっぱいあるんじゃないだろうか。


先日だったと思うけど、「忖度は日本だけ」みたいなポストをFBで見ました。


いやいやいやいや
何言ってんの
日本流忖度は日本だけかもしれないけど、台湾だって、アメリカだってそんなもんあふれてる。


日本とは違う忖度
日本とは違う空気
そんなものが流れているだけなんだよ。


このご本の中には多くの「別解」が出てくるんだけれども、その中でも衝撃だったことがあります。


それは、途上国における売春をしている少女の話です。


売春をしいられているようにみえる少女たち
売春なんて、とんでもないことだ!
やめさせるべきだ。
エイズの拡散予防のためにも
そんなことは許されない。


そして、日本にいる私たちは、そのために、寄付をしようではないか。
少女たちの美しい未来のために。。。


そんな空気、ありますよね。


でも、現地の女の子たちの中に入り、話を聞いてみると、違う現実が見えてくるんです。


ある女の子はエイズにならないために売春婦をしているのだ!と証言したといいます。


わけがわからない。


でも聞いてみると、その理由がわかってくる。
自分の村に残っていれば、コンドームを使わないレイプが横行しており、売春婦をするより、よほどエイズにかかる危険はもっと高いのだそう。


その点、売春婦であればお客さんはきちんとコンドームを使うため、エイズにかかる確率が低い。


売春をして、お金を貯めて、ここを出ていくのだと、未来を見据えて語ったそうです。


これは、現場に行って、入り込んで聞かなければわからない現実。


そして、彼女が考える人生の解答は、一般的には「○」ではないかもしれない。でも、今に甘んじることなく、また、冷静に自分のできることを鑑みて、未来を見据えて出した結論なんだろうと思う。


それを、「○」じゃないからやめさせるって、何かとても勝手なことな気がしませんか。


これは極端な例かもしれないけど、世界はそんな「別解」に溢れているし、日本についても、「○であるところの正解」なんて砂上の楼閣のようなものだとみんな気がつき始めているんだと思うんだよね。


いや、もう、十分わかってるだろうと思う。


だから、私たちにもこの「別解」
「○に近い△」という考え方が絶対に必要で、みんなに考えて欲しいと思う。



本に書かれていること全てについてコメントすることは到底無理!だからそこ、ここに書いたことで、いや、私がいつもブログネタにすることで、何か感じ取ってくださってる皆さんには、是非読んでいただきたいと思う。


ほんと、騙されたと思って手にとってみて、人それぞれ全く別の感想かもしれないけど、感じてもらえることがあると、私は思っています!



author:ぷぅコッコ, category:ビジネス書感想, 18:06
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【読書】死ぬくらいなら会社辞めればできない理由


「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)





こちらのご本はあさ出版様より頂きました。
ありがとうございます。




「死ぬくらいなら、会社辞めれば」
と言うのが出来ないというのは、そういう風に考えられないほどに、疲弊しちゃってるから。


これがものすごくわかりやすく漫画にされたものが、ツイッターで流れて来たのは、記憶に新しいです。


ツイッターではリツイートしてないかもしれないけど、FBではシェアしたかも!というくらい、衝撃を持って私の中で迎えられた漫画がこのご本の一番最初に出てきます。



うーん、でも、この漫画めっちゃ拡散してたから、さすがにほとんどの人が見てるんじゃない?


見てない層向けなのかしら?


とか思ったものですが、中を読み進んで行くと、ものすごく良いバランスで、精神科の先生の話と、作家さんの絞り出すような体験から、


「あぁ、もしかして、ダメとか思わなくていいのかも」


とか


「会社に絡め取られている心を取り戻しても、問題ないんだ」


ってことを実感できます。


私が就職したのは失われた20年のはじまりの頃ですから、横を見ても、後ろを見ても、前を見てもなんなら斜めを向いても、今のブラック企業と呼ばれるような働き方が横行していた時代です。


だから、ブラック企業だったというつもりは、さらさらないんですけど、さすがに「電車に飛び込んだら楽になるだろう」というところには、当時は、至りませんでした。
でもね、通勤電車に乗ると、初夏の素敵な日には「あぁ、このまま終点まで乗って、海に行っちゃおうかしら?」と、ほぼほぼ終電近くまで続く、その日の仕事を思って、逃避行を考えたものです。


私がいなかったら、この仕事誰がやるんだろう。


そんなことを思った若い日が懐かしいです。


このご本の中にも出てきますが、
「その仕事、終わらなければ『誰か』やる」なんですよ。

「その仕事、終わらなければ『誰が』やる」ではないんです!

それが会社というやつで、そうじゃない会社はぶっちゃけつぶれちゃえばいいんだよ。

そんなものの犠牲になる必要ないんだなぁ。

でも、でも、今、私がやってる仕事!私がいなかったら、回らないし!


これらは、若かりし頃にかかる病です。もしかしたら、若くなくてもかかるかもしれません。
それはどっちでもいいです。

どうであれ、全て幻想です。


少なくとも会社員である限りにおいては、そんなこと残念ながら、1ミリもありません。


幸せなことに私、育児休暇を経験させていただいたおかげで、「誰かやる」を経験することになったんです。

明日から休みだけれど、仕事は大丈夫だろうか?と思っていた私の気持ちは完全に徒労に終わります。

育児休暇、2回やりましたけど、どちらも全く問題なし。。。
(むしろ、復帰してから古いことを聞かれて、多少驚くことはありましたけれども。)

だから大丈夫です。


会社ってほんと、そんなふうにできてるんですよ。


「でも、一緒に仕事してる先輩たちも大変だし。。。」
それはそうかもしれないです。
でも、あなたが1番大切にしなくてはいけないのは、「あなた自身」です。


そこは、アドラー心理学で言うところの「課題の分離」に関わりますが、あなたが辞めて、先輩が大変になったとして、そこから先、そのまま大変で仕事を続けるのか、それとも辞めて、あなたと同じように新しい道をいくのかは、先輩自身の課題であって、もはやあなたの課題ではないんです。


気にするなと言っても、気になるのはわかります。


だけど、もっと自分を大切にしようよ!ってことですね〜。


さて、ここまで書いて、「死ぬくらいなら、辞めれば?」ができない人は、もう一度いいますが、自分がその状況に陥っていることに気が付けません。


だから、辞められないんです。


「それが異常な状態です!」
と言うことに気が付けないのは、
「茹でガエル」と一緒だからです。


ほんと、気が付けないうちに死んじゃいますです。


それでも、それらを自分で、判別する方法はあります。
(だんだん周りの人の声も届かなくなりますから、自分で気がつくしかないです。)


もしも今、理由もわからず、泣いてしまうことがあったり、
気がついたら涙が流れているようなことが一度でもあったら、
この本を開いてください。


そして、今の自分の状況と状態を、その目で確認してください。


会社じゃなくて、育児だったり、介護だったりすることもあるよね。


そうだとしたら、
周りの人に「助けて!」ってSOSを出してください。


そこからはじめましょうよ。
もう、十分頑張ったよ。


世界はとても広いし、人は思ってるより優しいよ。
そこから抜け出すのは、ほんの少しの勇気だけですから。
世界が広いってのは、いまや、台湾で働いてるぷぅコッコさんが言うんだから間違いないよ。


朝起きたら、泣いていた。
気がついたら、夕飯の湯豆腐食べながら泣いていた。
バラエティー観てるのに、涙が止まらない。


こんなことがある人、この本を開いてみて!


きっと、あなたの今が映し出されているはずだから。


そういう、「茹でガエル」になっちゃってる、全ての方に届くようにと願ってやみません。



さてさて、最後に、あさ出版様、素敵なご本をありがとうございました。
いまいまの話じゃないけど、とても人ごととは思えなかったです。
このご本が、これを必要としている全ての方に届くように、応援させていただきます。





そんなわけで気になっちゃった方
まずはお試し読みを

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author:ぷぅコッコ, category:ビジネス書感想, 12:10
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【読書】思考のボトルネックを解除しよう!そして、成果を最大化せよ!


思考のボトルネックを解除しよう!



こちらのご本、お友達からの推薦だったので、早速お取り寄せ。


ボトルネックって知ってます?
何年前かな?
多分10年くらいになると思いますけど、 ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何かで有名になったお話で、生産性というのは、1番作業が遅い、というか生産個数が少ない生産工程によって決められるということ。


AさんとBさんとCさんがそれぞれaという作業のあとbという作業をして、最後にcの作業のあと製品が完成するとして、1人で全部組み立てるよりもAさんはaの作業、Bさんはbの作業、Cさんはcの作業をして製品を完成させると、それぞれ作業の専門家にそれぞれがなるために、1人で組み立てるより、効率が上がります。

これ、分業化

そこで、Aさんは1時間に15個、Bさんは18個、Cさんは9個作業ができるとすると、その工場が1時間に出せる製品の個数は9個!

Bさんがどんなに頑張って、例えば1時間に20個作ったとしても、工場が出せる数はCさんの作る数9個によって決まってしまう。

ここがボトルネック。

Cさんが1時間に11個作れるようになると工場の生産は1時間に11個

だから、Cさんの部分を見つけて改善しましょう!


という話を人の思考にも応用したお話。



ふむふむ、面白い!
と思って大半を読んだんだけど、いかんせん私は専門外、というかコンサルタントになる予定とかないので、フレームワークも財務に関しても知識はそこそこで、実戦に至っては皆無。


まー、言ってることはわかるし、フレームワークも知ってるけど、有効に使える場所あんまりないのね〜。

いや、それなりには使ってるけど、本当に必要ならば、専門家にお願いするけどなぁとかね。
なーんて、ダラダラ思いつつ、中だるみしつつ読んだのです。
(なんかすみません。)


お仕事で近いことを生業にしている方はとても参考になると思います。


さて、このご本、その辺りの話しで当初の計画だと終わりになっちゃうはずだったんですって、ところが後からやはり付け加えるべきと書かれた7章、8章が秀逸なのです。


知識、技術、実戦の中のボトルネックを見つけて、どんどん自分を進化させていく話だったんだけど、そこをさらに抜け出し、最大のボトルネックに挑戦していきます。



それは何か?



それは、自分の選択!



自分の思い込み!



これらが最大のボトルネックになりうるということを書いてくださっているのです。



この歳になって思いますけど、人生の全ては、良くも悪くも自分の選択によります。

多少の運もあるし、それこそ、生まれ落ちた環境とか選べないじゃないか?

確かにそうです。

そうですけど、それを受け入れた上で、自分はどう選択するのか?
というのが人生ってことです。



私は一流の経営者になれるとは思わないし、
これからMBAをとって、コンサルタントとして活躍するんだ!
とも思ってません。

こういう選択をしなかったからそうなれなかった
という話じゃなくて、

これまでの選択は選択として、
これからのことを考えるときに、
「どうせここまでしかできない?」
とか、
「やりたいことはあるけど、できない。。。」

みたいな後ろ向きの選択をしていないか?ということを棚下ろすべきかなと思うんです。


まさに、これが人生のボトルネックです。

今の場所が嫌だから何かをする
という動機ではなく、
最終的に人生をどうデザインしたいのか?
その人生を達成するためには何が必要なのか?
そのデザインした人生は、思い込みによる頭打ちにしてしまっていないか?

ということを今一度自分に問う。

それが自分の人生のボトルネックを解除することで、知識より、技術よりも、よほど大切だなぁと、うなずきながら、本を閉じたのです。



著名人にならなければ、人生は成功ではない
とか
本を出したら、人生は最高
(本を出さなければ意味がない)

みたいな議論は、ちと間違っていると思っていて、そうなれないのは、自分がボトルネックを解除できていないからだ。
というのは、あまりにも稚拙な考え方だと私は思っています。


そうではなくて、
例えば自分の街をよくする
という人生のミッションを持っている街のケーキ屋さんが、街を盛り上げるためにやりたいことがあるとして、
「でも、僕はただのケーキ屋だし」
って思考がまさにボトルネックだというわけ。

街を盛り上げるためにできることは著名人にならなくても、本を書かなくてもできるし、もし、どちらも自分の思う「街を盛り上げる」に必要ならば、できると信じてやってみそ?


というのがこのご本で言われるというか、著者さんが本当にいいたかったことではないかなと思ったんですよね。



手法とか、持ってたら便利なやり方とか実はいっぱいあって、そういうのを持ってるかどうかが、上に行けるか行けないかの境目だと思ってる人は結構いるし、そういうのを鍛えましょうって本もいっぱいあるんだよね。


でも、本当は、それはちいさなことで、いや、まぁ、持ってる方がいいけど、そうでなくてもいいよ、くらいのことかなと、最近は思っています。


だってさ、本当に今やってることに必要ならば、勉強する機会なんていくらでも与えられるし、やらなきゃならない事態なんていくらでもあるから、持ってなくても、必要ならやるんだよ。


多分ね。


でも、そういうことじゃなくて、もっと大きな枠として、本当は、どんな人であれ、人生で達成したいことはどんなことで、それに向かって自分はどんなことができるのかを静かに考えるのが一番重要なことなのかもなぁと、しみじみ思うのでした。



結局、ご本の大半で言われている思考法についてはほとんど触れてないんだけど、このブログに出てくる言葉、ボトルネックとかフレームワークってよくわからないなぁ、どういうこと?って思った方は読んでみることを強くオススメしますね。


私、特にコンサルタントではないので、使いこなして仕事してるわけではないですが、本に出てくることは、一応知識としては知ってますです。(物によっては、使いこなしてはいないですけど)
それらを踏まえて、言葉を知らないというのは、いかんわけです。


コンサルティングとかは、実際には必要な時は、専門家にお願いするのがセオリーですが、その専門家がホンモノか?それとも大したことないのか?判断するためにはこちらにも知識がないとね。


そんなためにも、最低限は必要なのよ。




author:ぷぅコッコ, category:ビジネス書感想, 16:20
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【読書】人見知りで出不精だったOLがコミュニティの女王になった理由


人見知りで出不精のOLがコミュニティの女王になった理由


こちらのご本、著者さんご本人から頂きました。
ありがとうございました。

ちょっと裏話がありまして、今日はこんなところから。

4月の初め、日本に一週間ほど一時帰国いたしました。
あっ、ご存じない方のために、わたくし、現在は仕事関連のご縁で台湾で生活をしております。

ご本を頂けるというお話は事前に著者さんから頂いておりまして、これは、日本に帰った機会にサインをもらわねば!
と思っていたんです。

ところが、まー、待てど暮らせど本は届かず、ついに日本戻る日に。。。

「ぬぬっ、もしかすると、お会いした時に渡して頂けたりして!」と勝手な期待を膨らませ、日本に戻ったのです。

奇しくも今回、本書にも登場するハンバーグの会(第60回)に参加させて頂くことになっていたので、「きゃー、粋な計らいだわ!」と、ワクワクしておりました。


ところが、、、そんなことはなく、ご本はなんと「船便」で台湾に向かっていたのです。


台湾向けの船便って早ければ、2週間、遅いと5週間という期間がかかります。これは、船がいっぱいにならないと出発しないからなんですって。


きっと、5週間コースでやってきてくれたのでしょう。


そんなわけで、台湾にまで送ってくださったことにまずは感謝なのです。



実はこのご本が発売される前に、著者である薫さんは、電子書籍を発売されています。
そのときも拝読させて頂いて、ブログに認めました。
こちら
びっくりするくらい、のりっのりで書いてましたが、要は コミュニティを持ちたい人は必読だし、だけど、「薫さん以外の誰でもができることではない、彼女にはおもてなしの精神がある!だからこそ、人が集まるのだ!」ということを言いたかったわけだす。

逆に言えば、愚直に電子書籍に書いてあることをこなさないと、コミュニティは持てないし、並大抵ではないのだよ!
と、半分脅しのようなね。
ノリノリすぎてわからなかったけど、あれで、「コミュニティづくりに乗り出そう!」というのはちょっと酷な気さえしてきました。
そんな前回を経て、

今回、紙で発売されたご本を手にして、電子書籍からの流れで「コミュニティを持ちたい人」「ファンを持ちたい人」は必読なんてわかりすぎてて、書く必要もない感じだろうな、と。
それでね、じゃあ、薫さんはいったい何を思ってこのご本を書かれたのか?
そんなことを頭に置きながら、読んだんです。


薫さんが主催しているハンバーグの会
参加させて頂いた経験にも基づいて、本の内容を考えるとき、きっと薫さんはこんなことを考え書いたんじゃないかなぁって。

それは

「コミュニティをはじめる前に打ちひしがれていた薫さんと同じような『未来の薫さん』をいつでも暖かく迎えるコミュニティを作りたかったんじゃないか?」ということ。


コミュニティってね、セミナーってね、はじめて参加しようとすると緊張するよね。

ましてや、会社に希望が持てなくなって、その上で参加するセミナーなんて、書いてるだけでも泣きそうじゃない。


そんな時に、参加してる人が内輪盛り上がりしてる、「幹事万歳」みたいなセミナーやコミュニティだったら嬉しいかな?


まー、幹事にカリスマ性でもあって、「その人に会えれば満足」とかだったら、参加してる人なんて、どうでもいいかもね。


でも、そんなところで、なんとなく次から次に名刺交換した、名刺の人


次の私の人生に役に立つかな?


私は役に立たないと思うんだよね。


これが、世間で言われる、名刺交換が意味をなさない理由で、パーティーやらセミナーであって交換した名刺なんて、それだけじゃ記憶にも残らないよ。


私は日々、ブログを書いているので、セミナーに参加したら自分のための記録としてのアウトプットと、講師の方への敬意のために、ブログを書くのね。

でも、懇親会は苦手だから出ないんだよね。大抵。

時間がないってのもあるけどね。

だから、覚えてるのは講師の方と、幹事の方だけってことも少なくない。


ここで、少なくとも、参加してるってだけの人は、ぷぅねーさん覚えない可能性が非常に高い!ということがわかる。
もし、私に覚えて欲しいという人がいたら、講師をするか、幹事さんをするのが有能だとわかる。


これが一般的なセミナー。

講師の方を強烈に覚えてるいるのは当たり前だけど、まぁ、良質の会を開催してくれる幹事さんは覚えるし、次も期待するし、何か返せることはないだろうかと考える。
まぁ、それが私だとブログにアップするってことだったりもするかな。


それらの会と、薫さんの「ハンバーグの会」を比べてみようと思う。


ハンバーグを食べる2時間


隣に座った人、一緒のテーブルで食べた人、忘れないよね。
少なくとも私は、ご飯ご一緒した人は忘れない!


でもそれだけじゃないんだよ。


いつ行っても、「ここは安全だよ」って思わせてくれる雰囲気を、参加者全員が感じさせてくれる。


それは、なんでなのかな?


前回、本を読んだときは、「薫さんのおもてなしに尽きる」と、思ったんだけど、もしかしたら、違うんじゃないかなぁ。


それは、「参加した人をもてなそう」という、なんというかや「献身的な意味で成り立っている」んではなくて、前書きで、会社に希望を見出せなくなっていた薫さんが、いつ参加しても「大丈夫な場所」、そんな場所を、彼女が作り続けようとして、考えて、時には失敗して、時に大成功させて作り出した1つの結果なのかな?


これが、この本と、先だって参加したハンバーグ会を回想して、強く思ったことかな。


さて、一般的に、会の雰囲気を決めるのは幹事さんの役割が大きいと思うのです。
まー、参加して一方的に話を聞くだけなら、「こういう機会を作ってくれてありがとうございます。また、素敵な講師の会には参加させていただきます。」ってな感じだけど、それは、そういう会を幹事さんが提供したいと思ってるからかな?とかね。


それと比べると、参加者全員で作ってる感じがするんだよな。


だから居心地がいい。


みんなが楽しんでる!
これってただ単にハンバーグが美味しいからじゃないんだよなぁ〜。。。

でも、そんなコミュニティってできるものかなぁ。。。


もしかすると、これが、これこそが、この雰囲気づくりこそが、彼女の能力なのかも。



コミュニティを開催するとビジネスにつながるってな話はよく聞くけど、意外とビジネスに繋げよう!みたいなのを目的にして作ると失敗する気がするのよね。

そうではなくて、「参加した誰もが安心する場を提供する」それは、参加者だけじゃなくて、講師の方もその安心を感じる、そういう場所というのは、もう一度帰ってきたくなる、だからビジネスにつながるのかもね。


そんなわけで、うまくまとまらないけど、前回の電子書籍の時に比べると、薫さんだけが、その献身的な振る舞いだけがコミュニティの鍵なのか時には思っとけど、それは多分違うんだな。

いつでも、何度でも、いつ行っても暖かい雰囲気に包まれる、その場づくりのための献身であって、献身有りきではないんだな。

でもコミュニティを作るなら、その場、自分の作りたい場、自分が実現したい場所はどんなところなのか、強く想像してから始めた方が良いのかも。

と、しっとりと読み終わったのでした。

コミュニティ作りたいなら読むべし!
でもそれであなたのファンがすぐにできるかと言われると大間違い。

特にうまく行かないコミュニティをお持ちの方は、もしかしたらあなたの持ちたい「場のイメージが間違っている」から、うまく行ってないのかもよ。

まずは自分がずっといて楽しい場所が作れているか、ということから検証するといいのかも。


コミュニティ、始めよっかな?
ってみなさん!必読ですよ。







author:ぷぅコッコ, category:ビジネス書感想, 19:02
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【読書】入社一年目からの絶対達成入門
入社1年目からの「絶対達成」入門






この本の表紙には題名である「入社一年目からの絶対達成入門」という言葉とともに、こんなことが書いてあります。


世の中が大きく
変化し続けるこの時代に
一生食べていくのに困らない人
どこへ行っても「活躍」できる人

に共通している
「あたりまえの基準」とは?



見ていただいてわかる通り、この文の一番伝えたいところは
「あたりまえの基準」
です。


でも、私がこの文章を見たときに、まず目に入って来たのは
一生食べていくのに困らない人
どこへ行っても「活躍」できる人

の部分で、「なになに?なにをやれば、一生食べていくのに困らないの?どこへ行っても「活躍」できるの?」
って答えが知りたくて、知りたくて、思わず買ってしまった。。。


絶対達成の人、横山さんのことはずいぶん前から存じ上げていたと記憶しています。
一度お話を聞いた際、それも横山さんのセミナー等ではなく、どなたかの出版記念パーティのようなものだったと思うんだけれど、スピーチされた横山さんは、「何が何でも達成する。絶対達成ということで、絶対達成することを外すことはない!」という感じで、ものすごい勢いで、しかも細身の方なのに、その周りに赤いオーラでも纏っているかのように、周りの温度が高くて、周りの歪んでるんじゃないか?くらいの印象を受けたのを覚えています。

これは横山さんのパーティじゃないのに、なんて「あつい」んだろう。。。

それと同時に、無理そうな達成できそうな目的を常に立てて、それを絶対達成するって、あなた、、、それはまぁいいけど、私には無理じゃん?と思ってました。


当時は、子供もまだ小さく、残業で成り立ってる半導体業界において、定時で仕事をあげて、成果を出すという無理ゲー中で、とはいえ、十分に成果はあげてたし、今、考えれば、絶対達成だった訳なんですけど、なんか「残業さえできれば、仕事に全てを捧げられたら、もっともっとやれるはずなのに。。。」と、要らぬ煮え湯を飲んでいたように思いますね。

まぁ、そもそも絶対達成の意味を履き違えてるねぇ、お嬢さんみたいな。

そんなわけで、白状しますけど、横山さんの「絶対達成」はものすんごく、苦手な感じが勝手にしてたのでした。

いやー、ほんとすみません。
全く、間違ってた。。。
ということを今回、このご本に出会うことで知ることができました。



世の中はとかく、「自分のやりたいことができない」とか「こんなはずじゃなかった」といって3ヶ月くらいでやめちゃう若者がいるって話を聞きます。

これね、今に始まったわけじゃなくて、おおよそ就職氷河期と言われた私たちの時期にも某大手電機メーカーで、1年後には新入社員1/3は辞めてたわよ。

ですから、不思議ではないの。

でもね、すごく勿体無いんだよ。



それで、先人は色々な言葉を尽くして、「はやまるな!」「そもそもつまらん仕事にも意味はある」って諭したり、なだめたりするの、そんな本もいっぱいある中、私が新入社員前の学生に勧めるのは入社1年目の教科書と、決めています。


これね、とにかく「早く」、「やる」、そして「上司に可愛がってもらう!」が詰まってるご本!


この本に並ぶ本はこれまでなかったんですけど、やっと、この本に匹敵する、新入社員に勧められるご本が完成したなって、すごくすごく途中からものすごく嬉しくなったんですよね。


あー、私のやって来たことはこれだったのかもって。
私の「あたりまえ基準」は上司や先輩方に食らいつく中で引き上げられたんだ。
本当にありがたいと。しみじみ思ったのです。



前職は日本の大手半導体メーカーでしたけど、ちょうど会社に入った頃はまだ総合電機メーカーでして、そこに入社し、一年目から半導体ライン内で、欠陥検査を担当することになったんですね。


私はエンジニアとして配属されてますので、決まったプログラムを走らせて、欠陥の仕分けするって仕事じゃなくて、決まったプログラムというか装置設定をして、工場の方がきちんとお仕事できるように整備するのがお仕事だったんですね。


入社当初は、工場の方が、正しく欠陥検査ができるように、必要なエラーは検出し、いわゆる擬似欠陥という、装置上発生してしまうエラーのようなものを極力減らすってな仕事を担当してました。


始めたばかりのころ、上司が私に言ったんです。
「ぷぅコッコさんは、この会社の中で、一番欠陥を見た(確認した)人になりなさい。そのために毎日、毎日ウェハーの検査して、毎日、毎日、欠陥を確認して!」

うぉっ!これを言われた時に、私は素直ないい子だったので、「やったろうじゃん!!」と思いました。


その後、人が諦めるような数の欠陥の分類(10000個、人の目で見て確認して、区分けするみたいなこと)をやったりしてですね、「まーそんなことするアホタレは私くらいしかいないだろうな」と、思ってました。
「そんなもん、ランダムに300くらい見とけば大丈夫じゃない?傾向つかめるし」ってな声を無視して、やりたいだけ、やりました。

まー、やらないと
「なんで、やらないんだっけ?」
って、上司に怒られるわけですよ。

理論武装するためには、まずは敵を知らなくてはいけないですからね!
徹底的に見まくりました。


そうやると、まず上司に
「どうしてこの数の検査でいいのか」ということだったり、「装置の設定はなぜこれでいいのか?」がっつり説明できるようになります。

んでもって次は仕事を任せてもらえるようになります。
信頼を勝ち得たね!

その頃には、ちゃーんと一目置かれるようになるから、話をちゃーんと聞いてもらえるようになる。


この過程がまさに、「絶対達成」であり、「あたりまえ基準」だったんだなと。ご本を読みつつ、なんだか懐かしい気分になるとともに、上司に感謝の気持ちがこみ上げてくるのでした。



さて、本書の中にもう1つ
上司の意外な一言(含む無理ゲー)に
「そうきたか!」
と呟いて、対策を練る!!


この「そうきたか!」
日本にいる時より、むしろ台湾に渡ってからのが、呟いてる機会が多いです。


考えてることがわかんないんだもん。


とはいえ、いろいろやってみる。
自分の仕事には意地があるから、クオリティは落とさない。
指摘されたことは素直に聞く。
たまには、英文法まで直される(ありがたいことです)


そうやって2年
なんか爆発的に忙しくなって、死にかけてます。



おお、そうか、これでいいんだ。


なんかいろんなことに大きな丸をもらった気がしてます。



絶対達成って、あたりまえ基準って、
こういうことだったんだ。


なんだ、ちゃんとできるよ。


そして、そういう「あたりまえ基準」を教えてくれた前職の上司並びに先輩方に本当に感謝!


そういう上司がいた人はいいですよね?じゃなくて、そのやり方はみんなこの本に書いてあるから。

もしもロールモデルがいないと言って嘆くなら、横山さんのこの本を読んで、わかんないところは質問ぶつけて、それでも納得しなかったらアポとって本人と話をすればいいと思う。


そういう働きかけの1つ1つが、全て、自分の「あたりまえ基準」に繋がるんだろうな!


そういうこと!


今年新入社員になる若い諸君!!
買おう!この本!










お買い忘れはありませんか?



author:ぷぅコッコ, category:ビジネス書感想, 18:22
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【読書】原因と結果の経済学


「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法



原因と結果の経済学
真実を見抜く思考法
と題されたこの本の大きな命題は
「相関関係と因果関係」の違いを正しく認識させることにあるようです。


この「相関関係と因果関係」と話
私は今から二十うん年前、高校の先生が口を酸っぱくして言っていたことを思い出します。


相関関係というのは、
見かけ上、「なんとなく同じ傾向がある」
けれども、その二つはどちらかを積極的に変化させた場合、その結果として、相手側が同様の傾向を示すという関係には「ない」ということを意味します。
つまり、二つの間に、関係はないってこと。


例えば、景気が上向いているときに、自社製品を売るために「広告をうった」すると、見かけ上、去年よりも売り上げがあがった。
という事実があったとして、
このとき、「広告をうったこと」と、「自社製品の売り上げが上がったこと」の関係は?

「相関関係」なのか?

それとも、広告をうったことが直接売り上げに寄与した?
「因果関係」があるのか?

もしくは、広告をうたなかったとしても、景気がいいので、売り上げは同程度に上がったのか?


広告には一定の投資が伴うのだから、もちろん効果が出てくれないことには意味がないし、もし、広告をうたなくても、売り上げが自動的に上がるような環境が揃っているなら、そもそもその投資分が「無駄じゃないか?」そんなことを思います。

いわゆる投資効率みたいなやつね。

じゃーその効率ってやつを知るために、「この投資、この場合は広告がどれほど売り上げに寄与するのか?」ということを知るためには、どんなデータを取ればいいのか?

もしくはすでにある過去のデータから「正しく」広告の効果を示すためにはどうすれば良いのか?


そんなことを丁寧に教えてくれている構成になっています。


ざっくり読んだ感想として、なんとなくエンジニアの端くれにいる私としては、「そりゃそーよね、当たり前じゃない?」と思うことも、実験の前提としてあるわけだったりします。


だけれども、これが「人に関わること」になると、じつに難しい。


実験の手法、やり方は一緒でも、
例えば「喫煙における肺がんの発生率」を喫煙の有無で差があるかどうか?
ということが知りたいとして、
ランダムに人をピックアップして、
「あなたは、喫煙してください。」
「あなたは、喫煙しないでください。」
と言って、好きに選別し、肺がんが起こるかどうか?それを比率にして直接比較するという実験データを取ることは「できない」のですよ。


人をランダムにピックアップして、実験することはできないんです。

人は一人一人、統計上の数字ではなく、生きておるわけで、そんなことに進んで参加してくれる人はまーまーいないわけね。


そこがものすごく難しい。


では、今あるデータから「なんとなくそうっぽい」ものは、事実として正しいのか?と言われると、実はそんなこともない。


その関係は「相関関係」なのか?それとも原因と結果のはっきりした「因果関係」がそこにあるのか?手持ちのコマから証明しなくてはいけない。


そんな検証が絶対的に必須です。
ということを説いているのです。


何かの施策を行なったとして、それがどんな効果があったのか?もしくはなかったのかということを「正しく」検証するというのは、かくも大変かと。。。


高校時代、証明問題に苦しめられた私としては苦々しい思いがしたんですね。


さて、今の時代はビッグデータだ、AIだといろんな技術、技法が増えてきて、「なんとなく確からしい」けれども、全く因果関係がない、つまり、周りの環境が変わってしまったら、同じことをやっても同じ結果が得られる保証がないということは実はめちゃくちゃいっぱいあるんだけど、この「なんとなく確からしい」がすごく危険なんだよね。


そこをもう一段、掘り下げて、「これは本当に因果関係があるのか?」を考える癖をつけるというのが、本書の狙いなのではないかと思ったりしてます。


重要なことだけど、なかなかできないよね。


こういう社会実験ではなくて、通常の科学実験やらなんやらですと、一生懸命に「これと、これの因果関係を明らかにして」なんてことが染み付いてるはずなのに、こと、自分の生活になってみたりするとすっかりそんなことは忘れて、「なんとなく確からしい」と思うことに踊らされていることなんて、いくらでもあるなぁと、本を読みながら「いたたたたた」と思ったのです。


例えば、うちの息子さんたちは、「ゆとり教育」が終わってから学校に入った世代なので、自分たちが勉強した頃とあまり大きく違いもないくらいには勉強させられております。


ゆとり教育が終わったと知って、自分の子はゆとり教育じゃないと知った時、正直、「良かったなぁ〜」と思ったんです。


でもね、とかく「ゆとりはダメだ」みたいな論調しか世間にはないんだけど、そんな壮大な社会実験みたいなことをしておきながら、「ゆとり教育」によって得られた「正の遺産」に関する検証はなされていないよなぁと思うんですよね。

本当は効果があるはずでしょ?


それは必ずしも学力で測れることじゃないかもしれないけど。


そんな風に、せっかくデータはあるのに、検証は?
と、思う時、相関関係に惑わされることなく、正しい答えを導き出すのは、簡単ではないよね〜と思う。


そして、仮に正しく検証したとして、社会全体としては、よくなることが証明された施策だとしても、それらの恩恵を個人として受けられるかどうかは、また別の話しだったりする。


みんなが幸せになる方法ってのはなかなかに難しい。


それでも、「より多くの人を今よりも良くする」ということは、できるのかなって思ったり。


つくづく、簡単ではないなと。


それでも、逃げちゃダメよね。


少なくとも、今言われていることは、「本当にそんな関係にあるのかしら?」と疑ってみるってのがこの話の入り口かもね。


頭の体操みたいな感じで、オススメの一冊でした。


今更ながら、「相関関係と因果関係って、言葉は知ってるけど、意味がよくわからないのよねぇ〜」って方!
必読です!!












author:ぷぅコッコ, category:ビジネス書感想, 20:30
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【読書】自分を責めずにはいられない人


自分を責めずにはいられない人 PHP新書



「罪悪感」という言葉
とても胸に刺さります。


いつもなんとなく「罪悪感」がついて歩くんですね。

何かうまくいかないことがあると、「自分のせいじゃないか?」
ってね。

もっと若い頃というか、小さい頃はいろんなトラウマからなのか、いい子でいれば褒められるからなのか、まぁ、原因はいろいろあるけど、何かうまくいかないことは「全部、自分に関係があって、自分が頑張らないからうまくいかないんじゃ?」なんて思ったことも。

誰かとコミュニケーションをとって、自分が思っているように「何かをしてもらう」、とか、コミュニケーションして意見を擦り合わせて、自分も相手に促されて、「妥協点を見つける」みたいな作業というのは、物凄く楽じゃないんですね。

もしも、自分で全てできるなら、それが楽に決まってるわけです。

でも、他に人が一人でもいれば、そうはいかない。

んでもって、協力してもらうってなことになれば、ますます大変。


そんな対人関係を思う時、何かうまくいかないのは、「自分のせいじゃないか?」って思ってしまうことがあるわけです。

これは対人関係だけに限らずに、自分として目標が達成できないような時にも起こって、いつもイライラを抱えているような気がするんですね。


それで、本書を開くと、「罪悪感というのはある程度誰にでもあるもので、それ自体が悪いのではなく、それを無意味にずっと持ち続けてしまうところに問題がある。」といったことが書かれているんです。


あー、確かにね。


明らかに自分がやらかしたことに対して、「罪悪感」を抱くのは普通のこと。

だけど、朝電車に乗って、目の前で化粧してるお嬢さんが眉毛を描いてる時に、いつも電車が揺れるところに差し掛かり、お嬢さんの眉毛が歌舞伎調の変な形になって、お嬢さんがイライラしていたとしても、それは私のせいではないわけ。

それは当たり前だけど、
実は、「そこは揺れるって毎日乗ってる自分は知ってた」わけで、教えてあげたら、あのタイミングで眉を書かなかっただろうとか。。。

いやいや、そうだとしても、それは自分のせいではないので、罪悪感を感じる必要はないわけなんだな。


そんな人いないっしょ?
って思うけど、追い詰められたり、日々が罪悪感だらけになると、そんなことも起こっちゃったりするかも。


そんなちょっとちょっとの罪悪感を日々、払拭していくというか、対応していく必要があるわけなのよね。



それで、本書を開くと、「罪悪感」を感じがちなシチュエーションや、鬱にまで発展するような「罪悪感」の実例がいくつも取り上げられているのです。


それ自体は、別にあまり珍しくもないというか、端的に、幼少期に毒親っぽい人に育てられたせいだとか、完璧主義が問題だ、とか、いろいろ出てくるんですけど、読みながら「まーそうよね。」って思うわけです。


そこは、とりたてて何か言うこともないけど、実は本書のポイントは第5章 罪悪感との向き合い方以降にある気がしてます。


この中で、自分の中にはどんな「罪悪感があるのか?」と言うのを明らかにしていくというか、気がつくためのステップがあるんですね。


ちょっと引用しますね。


罪悪感に気づいたら、次は自分が何について罪悪感を覚えているのか突き止めなければならない。罪悪感の内容をできるだけ分析することによって、必要な距離を置けるようになり、罪悪感に圧倒されずに済むはずだ。
そのために、自分自身に投げかけてみるべき質問を列挙しよう。

1.何のことで私は自分を責めているのだろうか?
2. どういう「落ち度」が私にあったのだろうか?
3.周囲の人も私を責めているのだろうか?それとも、自分で自分を責めているだけなのだろうか?
4.誰かを裏切るようなことを私はしただろうか?
5.もっと別の言い方やふるまい方を私はするべきだったのだろうか?
6.だとすれば、そういうふうに私がしなかった、あるいはできなかったのはなぜだろうか?
7.私は何を恐れているのだろうか?うまくやれなかったことだろうか、それとも他人に不快な思いをさせたことだろうか?

というふうに。



ここを読んで、早速、これを普段使ってるノートに書いてみたりして。


私のことを分析するなら、他人に対する要らぬ「罪悪感」と自分ができないことに対する要らぬ「罪悪感」というのがありまして、それって、ひとえに、完璧主義が祟ってるわけです。


いや、頭では完璧なんて無理!
と、思いつつも、「理想の私」はもっともっとすごい人で、もっともっといろいろできちゃうはずだ、と!

それと、現実とのギャップは「私の頑張りが足りないからだ」と思ったりしちゃうわけです。


でもね、そもそも「私は完璧なのか?」「その理想の私とやらは果たして現実に即した目標なのか?」そんなことを思う時、本書の表現を借りれば、随分と傲慢だというわけです。


あっ、確かにね。


「私って、そんなにすごいやつでもないじゃん!」ってのを、まず認めるところからいかないとダメなんだよね。


これね、書いてみると、簡単なことのようだけど、実は私は何年もこんなことと戦い続けているんです。


「私はもっとできるはずじゃないか?」からの「罪悪感」

そんなこと思わなくても、「十分やってるよ!!」って人に言ってもらってもダメなのよ。


自分で認めて、自分で修正しないと。


そういうことを認識させてもらうという意味で、私にはすごく意味のある読書だったなと、思っています。


万人にオススメするわけではないですが、言い知れぬ私のような「罪悪感」に悩んでいる方は、誰にお知らせする必要もないので、こっそり手にとってみてくださいませ。


もしかしたら、無意識にうまくいかなかったいろんなことに少し光をさしてくれるかもしれませんよ。





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author:ぷぅコッコ, category:ビジネス書感想, 06:26
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【読書】脳を創る読書
脳を創る読書 (じっぴコンパクト文庫)



FBの本好きさんが集まるグループにて、紹介されていたご本です。
いやー、紹介文がめちゃめちゃそそる感じで、即買いです。


ご本は言語脳科学者の酒井邦嘉さんによって書かれておりまして、なんていうか、これまでには見たことのない視点で最初の部分が展開されているんですね。


日本語と、例えば英語とか中国語の違いにはフォーカスしてしまうことが多いけど、このご本では、類似点について述べられてるんです。


そこが言語学というか、人が言語を操るということに対して共通のところだと思うんですけど、この話が実に興味深い!これはぜひ、本書で味わっていただきたいと思っています。


さて、昨今、電子書籍というものがかなり普及してきまして、ものすごく便利ですよね。私のカバンにもKindleが突っ込んでありまして、いつでも読めるようになってます。


なってますけど、紙の本を読んじゃうんだよね。


それって紙の本で得られるべき情報が実は抜け落ちている場合もあることがポイントなのかもと、このご本を読みながら、ちょっと思っちゃいました。


紙の本を開くように自然に!
ってのを目指さなくてもいいような気がしちゃいますけど、実のところ人はその紙の本の、紙の質感、フォント、使われてる漢字の違い、本自体の重み、厚さなど、一見どうでもいいような情報も、一緒に感じ取って読書してるもんなんですよ。


そう、電子書籍に感じる違和感ってそんなところなのかも。


このご本では、電子書籍が普及しても紙の本は死なないと言っているわけですが、それは、感情的なことではなく、先にあげた情報などからの脳への刺激を考えた時に、そう感じるということなんですね。


例えばですけど、
Kindleで読書をする時に、本ごとに重さが違っていたら?
ってなことを妄想してみます。
これは、本を開いた時に、何かスイッチがあって、押した瞬間にその本の重さがかかるみたいな一見全くもって無駄な仕組みがあったとして、どんどん読んでいくと軽くなるみたいなシステムとかかな?
実感として、自分がどれだけ読んだかがわかるみたいなシステムですかね。


作ろうと思えば作れるわけです。


でも、それって無駄でしょ?

だけど、その無駄なことが、実は、「脳を創る」というか、脳を刺激する一助かもしれないってことなのね。



そう考えると、今の電子書籍の延長に、紙を駆逐する能力が芽生えるとは思えない。だから、人は紙の本を捨てない!っていう理論も成り立つし、逆に、電子書籍というものの視点が変わって、作りが変わると、もしかしたら紙の本を凌駕するほどの創造性を発揮してくれるかもしれないよね。


VR的な感じなのかなぁ〜?


ま、そんな思いに身をまかせることができるご本だったです。


さて、著者さんは紙の本と電子書籍の違いだけでなく、読書するということ自体にも言及されています。


読書を通して想像力を培うことができれば、言語能力も同時に鍛えられる。すると、言語能力に裏打ちされた思考力が確かなものになる。これが本書の「脳を創る」という意味である。



一見、普通のことを言っているように見えるんですけど、本書を読み進んだ上で、この言葉にであうと、妙に納得してしまうんですよ。


ぜひ、その辺り実際にご本を読んで体験していただければと思っています。


さて、電子書籍の進む道というか、電子書籍と教育ということを考えた時、著者さんは、この想像力を養うという意味での読書にかんして、今の電子書籍の教科書化などに疑問を呈しています。


あきらかに、紙の本で得られていた、目に見えない「想像させる余地」を削ぎ落とした、退化する方向だと、はっきり述べているわけです。


このまま、進むんだと、確かに著者さんのいう通りかと思いますね。

ただ、いろいろなものの形態は、時代時代で変わりゆくもので、子供達の世代ではまた新しい技術によって、その想像力を培える方法に読書などが進んでいくんじゃないかと、ちょっと期待もしています。


いずれにしても著者さんの考え方には、「一読の価値がある」と感じたのでした。


新たな問題というか、命題を提示されたような感じで、実に楽しい読書でした。


ぜひ、息子(小学6年生)に読ませようって思うのです。


特に読書家の皆様、興味深いと思いますので、ぜひ、まずはチラ見してみてくださいませ。











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author:ぷぅコッコ, category:ビジネス書感想, 06:29
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【読書】今日一日がちいさな一生


今日一日がちいさな一生





こちらのご本は、あさ出版様にいただきました。


このご本が出来上がるきっかけを、友達がFBで紹介しているのを読みました。

ご本の著書さんは、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、心療内科医の海原純子さんです。


ある新聞で担当されている人生相談に届いた高校生からの手紙。

東日本大震災の日
彼女はおばあさまと一緒に逃げていたそうです。
おばあさまは途中で歩けなくなります、おぶろうとする相談者である高校生の背中には決して乗らず「行け、行け」と背中を押したそうです。

そしてその彼女はおばあさまに押されるままに逃げて、数日後、お祖母様は遺体で見つかります。

気品があって、優しく憧れだったお祖母様は、まるで魚市場の魚のように転がされ、人間としての尊厳などどこにもない姿であったと。

あの時、おぶって逃げなかった自分を未だ許せずにいると言うのです。


どんな慰めも聞き入れてもらえないような深い悩みに、海原さんは、おばあさまの意思を感じ、相談者に答えます。


「たとえ人はどんな姿になろうとも、外見で失われない尊厳を持っていること、おばあさまは凛とした誇りを持って生をまっとうされ、生き方の伝達をされたこと、そして、その生き方や素晴らしさは、彼女の心の中で受け継がれ、生き続けている。」と。


もっと詳しく書かれていたと思うけど、これを読んだ時、ひどく心を打たれたことを思い出します。


「この人の言葉を本にすべきだ!」


と感じた編集者さんの気持ちにひどく共感したものです。


きっと上のようなの相談を、もしも自分が受けたなら、「おばあさまはあなたに生きて欲しいと背中を押したんだよ。」と、そのことに「責任を感じる必要はないんだよ。」と伝えるだろうと思う。


でも、そんなこと、相手もわかっているんだと思う。


そこで、自分にとってかけがえのない、素晴らしいおばあさまが、まるでもののように扱われていることの方に、もしかしたら悩みの重きが置かれているかもしれない高校生の悩みに寄り添えなければ、この高校生はずっとずっと悩み続けたかも知らない。


彼女はきっと、自分が知る素晴らしいおばあさまを他の人にも認めて欲しかったんだと、そんな心があったんじゃないかと思う。


高校生の気持ちが、この回答でどう変わったのかはわからないけど、この話をFB上で読みながら、私も、「この人が書いた本が読みたい」と強く願ったのを今でも忘れることができません。


でも、ご本を頂いた後、強烈に読みたい気持ちと一緒に、どのページを開いても「号泣まつり」なんじゃないかと、ドキドキして、すぐに読み出すことができなかったんです。


そう、私の読書時間は、台湾新幹線の通勤時間です。


そんな時間に号泣し、会社で仕事。。。
考えただけで、アリエナイな。。。
と思って、しばらく開かなかったんですね。



それでも、読みたくて、読みたくて。


変な葛藤ですよね。


開いて読み始めると、先に書いたコラムが一番最初で、その後、ずっとこんな感じで東日本大震災の被災などに関する悩みが続くのかと思いきや、全然違いましたね。


そういう客観的に見られること。


こう言ってはなんですが、他の人の大変な話というのは非常に客観的に、答えを出そうとするもので、なんというか、感情移入はするけど、やっぱり最後で「自分のことではない」というのが最後の砦なような気がしてしまうんですね。


東日本大震災だけに限らないけど、例えば発展途上国の子供のこととか、同情し、感情移入するけど、どこかで「私とは違う」と思ってるんだね。無意識に。


号泣するだろうとおもいつつも、「この本はきっと他の人の悩みの話だから大丈夫だ!」って、何が大丈夫かってのはうまく説明できないけど、私の気持ちが揺さぶられることはないんじゃないかと思ってたんですね。


でもその、期待のようなものは、ものすごく良い意味で裏切られます。



海原さんは、ちょうど私の先輩か、その少し上くらいの世代だと思うんだけど、これから先、出会うであろう「自分」の悩みであったり、日々モヤモヤとしていることを言い当てられているようで、しかもその優しく鋭い語り口に心を鷲掴みにされました。


精神科医の先生が書かれた本も、いわゆるお医者さんが書かれた本もいくつか読みましたけど、そのどれとも違う、なんとも「女性らしい」感覚を受けるご本って、初めて出会った気がするんですよね。


うーん、うまく言えないんだけど、例えば自己肯定することにより、いろんなことがうまくいくというか、むしろ自己と向き合って自己肯定しないと、前には進めない場合も往往にしてあると思っていて、それらを題材にした本を読むと、「自己肯定することによって克服できることがある」と。。。「自分はそのまま認められる存在である」とかね。。。言ってることはわかるし、そうなんだけど、なんか違和感があって、なんていうか、「そんな大それたモンではないんだよ。」と言いたくなる。

それを先に伝えていなくても、「わかってくれてる」ような優しいそれでいて、しっかりとした語り口がとても心地よく、なんかすごく参考になるというか、すごく「良かった」んだよね。


そんな読み方をすると、号泣することなく、それでいて心はジンワリと暖かくなるようなそんな読書時間になったんですね。


それは、何が大きな出来事があって傷ついた人を「客観的に見れば」大変だよね!ってのがわかるのに、隣に座って仕事してる人がものすごく辛い思いをしてても、わからないんだなよっていう、誰しもが私とは違うけど、私と同じように、もしくはそれ以上に辛い思いを乗り越えて生きているんだということに、思い到らせてくれるという、とても不思議な体験。



誰しも、「隣の芝は青い」ものなんだけど、その「芝を青く保つため」には人知れぬ努力があり、苦しみがあることを想像できないといけないんだよね。



そういうことに、思いを「自然」と至らせてくれる素敵なご本だったなと思うのです。



この本は是非、とくに女性に読んでもらいたいな。

素敵な先輩からのエールを優しい言葉の中に感じることができるとおもいますよ。


少なくとも、この本によって私の海原さんへの気持ちはちょっと変化があったなぁ、今までももちろん美人で素敵だったんだけど、そういうことじゃなくて、素敵な素敵な人生の先輩なんだなと。
このご本読めて良かった。





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author:ぷぅコッコ, category:ビジネス書感想, 11:30
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【読書】まいにちを味わう


まいにちを味わう



こちらのご本はあさ出版様より頂きました。


「まいにちを味わう」で3作目となる吉沢先生のご本。
今回も、私の心を鷲掴みでした。


いつも吉沢先生のご本では考えさせられるところがあるわけですが、それは「歳をとっての変化を受け入れる」ということにあるんじゃないかと思うんです。


去年のことになりますが、40歳を超えた今、小麦粉が食べられなくなりました。


小麦粉ってのはびっくりするほどいろんな食品に使われていまして、食べられないとなると、いろんなものがダメなんですね。


パン、パスタ、トンカツ、天ぷら、ケーキ


ほんとは醤油なんかにもすこーし含まれるようですが、一応、醤油は、というか本当に少量ならとりあえず大丈夫。。。


と言っても、小麦粉を避ける食事になればなるほど、小麦粉を含んだものを食べた時の違和感が半端なく、どんどん食べられなくなります。


当初、台湾の友達は「台湾の小麦粉は日本のものと違うから、それが問題なんじゃないか?」といい、日本に戻れば大丈夫じゃないか?ってね、そんなことも言ってくれたりしたんですけど、あんまり関係なくて、どっちもやっぱりダメなのね。


こんな歳になって、「なんで?」


って思うわけです。


でも、吉沢先生のご本を読むと「歳をとると、できないことがたくさん出てくる、でも、それに甘えて、なんでもやってもらって当たり前と思うのでもなく、かと言ってできないことはできないことでその変化を楽しめばいい。」というメッセージを受け取ることができます。


「もう一生、パンが食べられないなんて!!」と一時、ものすごく落ち込みましたけど、それはそれで、小麦粉ではない食べ物で楽しいものを見つけたり、これまでは全く興味もなかったグルテンフリーレストランを探してみたり、たまには米粉でパンを焼いてみたり。。。


退化ではなく、変化なのよ。


これから先もまた、いろんなできないことが出てくるかもしれない。


そうだとしても、人生の先輩は言っている。


「その変化を受け入れていけばいいでしょ。」


実に軽やかで美しい言葉じゃない。


そんな素敵さに出会える。


もう一つ、書きたいことはあるんだけど、今日はうまくまとめられないからここまでね。


人生の先輩たちの言葉は時として「厳しく感じる」ことがあるの。


でも、冷静になって何度も読み直してみると、その中に一つの真実が見えることがあると思うんだよね。


なにも、全部に共感する必要もないし

そうは言っても、弱い心がムクムクしてしまう日もあるじゃない!

って反発したくなることもある。

でも、バタバタしている日々を抜けて、ふと振り返る時、「あぁ、やっぱり言われていた通りだな、また明日から頑張ろう!」そんな風に思える。


そうやって読み返すと、その言葉はエールに聞こえたり。


この本もまた、そんなご本の一つだと私は思っています。


人間は皆、死ぬときは一人
と言われますけれども、周りの人に支えられて、周りの人に寄りかかりすぎないで、一人で生きること、そんな覚悟を持たせてくれる一冊です。


多くの女性に!


そしてまた、男性にも読んで頂きたいご本です。
(女性と男性だとまた読んで欲しいなと思うところも違ったりしなくもないんだけど、まぁ、そんな感じ。)





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author:ぷぅコッコ, category:ビジネス書感想, 17:35
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