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【AL講座】ニーズ体感ワーク「動き」
【AL講座】2.ニーズ体感ワーク「動き」

ニーズ体感ワーク、動き!やりました〜

前回の受容とは全然違う感じでびっくりしました。


私の中の「動き」というニーズは左膝にあって三角形の黄色い折り紙のような薄いペラペラのものだそうです。


それは左膝だけじゃなくて、両肩の付け根とか足首のところにもあって同じような形をしています。


骨とか筋肉とかにくっついてて、エネルギー自体は動きはありませんが、周りを動かず役割を担っています。


このエネルギーが満たされているときは、三角形は分厚く硬くなり、周りの繋がってるものを速く動かすことができます。
満たされているときはちょっと驚きに似た感じで、こんな風になるだね〜と、びっくりします。


満たされていない時はデフォルト状態とあまり変わらず、黄色くて薄くて折り紙みたいです。

エネルギーに集中してると、これまでにあまり満たされたことはないらしいと感じられます。


この「動き」というエネルギー
まわり(骨とか筋肉)を動かすと満たされるらしいです。

でも、あまり満たされたことないという諦めの気持ちがものすごく強いのが特徴でした。


まさか、こんな結果になるとは。。。
驚きです。





ちなみにこちらは、ワークをお相手してくださった方が書いてくださったものです。

とっても臨場感がありますね〜


ぷぅねーさんの動きのニーズ 左膝 そして、両肩の骨と骨の間にある。(もしかしたら足首にもあるかも) 黄色で、折り紙みたいにペラペラとした正三角形。関節の中に収まる大きさ。 それ自体は動かない。

役割は、骨と骨をつなげていて、体を動かす役割がある。

満たされると、三角形が厚くてしっかりとして、体を早く動かせることができる。
周りがうまく動いてくれる感じ。

その時の気持ちは、すごいな!やるな!感嘆!

満たされないと、三角形がうすくて頼りなくなって、動かすのをやめる。動かす気がなくなる。今、いいっす、無理っすって言っている感じ。

その時の気持ちは、やっぱりね、納得。諦めている。

満たすためにできることは、
「動けばいい」
筋トレの筋肉みたいに動くと厚くなって満たされる。
でも、満たされていないことが当たり前で、「やる気がないの、ご存知なかった??」と寂しそうにしている。

ニーズに感情があった!!
author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 19:19
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【徒然】「ちぇ」って思うこと
日頃、どこまで行っても、上手くならない気がする中国語に「ちぇっ」って思いを抱えています。


できるできないの感覚は、自分の中のもので、もはや人にどう言われるなどは関係ないのです。


中国語を習ってなくても、操ってる先輩方はいるし。


中国語はできないんだと言いながらも、ガンガン友達を作って飲みに行ってる人もいる。


そんなのをみたり聞いたりするたびに「自分に足りないもの」を探してしまう。


そう、その足りないものってやつ。


それは、性格だから語学云々ではないんだよ。


何語でなくても、どこにでも入り込めるその性格


すぐに仲間を作って楽しそうにしているその人間力


羨ましがってもしょうがないのね。


ある日、スポーツがものすごくできるようになったり、ある日いきなり、旅好きになって、そこらへんにいる人といきなりハグする人間には、なれないし、ならないのよ。


スポーツができない自分にイライラする、人見知りな自分に嫌気がさすけど、それが「私」だからそれでいいじゃない。


それに比べたら、語学なんて、大したことないし。


その人たちにできることとは違うことでできることがあるんだと思うし、そっちに注力!


それはそれで大切にすればいいんだよ。


さて、ちっとも上手くならない中国語に「ちぇ」って思ってるけど。


まっ、コミュニケーションの仕方に難があれ、性格に難があれ、ま、来年の今頃には完全にペラペラだから、まーみててよ。


そうなってるっていうか、そうでないはずがないからね。


なんでもできるほど器用ではないけど、確実にできるようになってますから!

このブログ来年思い返す頃には、一段高い場所にいるのよ!
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 19:48
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【AL講座】ニーズ体感ワーク「受容」
AL講座で行われる「ニーズ体感ワーク」に関するアップです。

自分のための覚書要素が強いため、公開とはしてますが、なかなか説明するのは難しいです。

読んでいただいて、なんじゃこりゃって思われるかもしれないんですけど、そのへんはご勘弁を!


でも、ま、軽く説明。
AL講座では、NVCの基本的な概念の一つとして、「未完成の109のニーズ」というものが存在して、その109のニーズというのは全てカラダの中に感覚として宿している!とのこと。


その感覚を取り戻すために、ペアになって、それぞれの言葉はカラダのどんな感覚なのを探るというワーク


この感覚が分かると、次にこの感覚(感情を伴う、もやっと感)に出会った時に「これは、〇〇というニーズが満たされていないぞ!」というのが感覚値として理解できるということになります!


すごそうだけど、なんのこっちゃでしょ?


109個あるんで、気長にやってみたいと思います。


んで、今回は、ペアになってくださったお相手さんと、「受容」というニーズについて、一緒に探ってもらいました。

「受容」


ことばからイメージしていたもの
→ 自分だけはなく他者からの働きかけがあって「受け入れる」とか「受け入れてもらう」というアクションを伴うもの。


ワークにてわかったこと
私の「受容のニーズ」は手のひらの上にある。
それは、無色透明で、真っ黒クロスケのようなもふもふしたもので、両手をくっつけていると、その上に乗っかってて、一部手と一体化している。


満たされている時

手のひら全体に広がってうすーいグローブのようになっていて、手をくっつけていなくても、大丈夫だし、手を開いて自由にすることができる。


満たされていない時

手は二つとも固く結ばれて、それ以外はできないし、指先から手にかけてものすごく冷たいので、カラダにくっつけてないとダメな感覚。


このニーズの役割は何?

手を自分のカラダから離して、動かせるようにすること。


このニーズを満たすために必要なもの?必要なことは?

すでにそのニーズはいつでも手のひらに存在するので、ただ手を広げればいい。手を広げる(指先を伸ばしてパーにする感じ)ということをやれば良い。



ワークが終わった後の感想

最初に考えていた「受容」のイメージとは異なり、「すでにそのニーズは手に存在している!」というメッセージがものすごく強いことに驚く。


ワークにご一緒してくださった方からのコメント。


ドリカムの吉田美和がミッキーマウス着ぐるみを着て、ものすごくキレッキレで踊ってる感じ。
スーパーでスペシャルな右手の感覚ね〜〜。


と言っておられました。


おお、確かに。


すごい手にはなってる気がする。


author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 06:37
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【徒然】そりゃそれでいい
二元論
あってるか?間違っているか?
そんなことはどっちでもいい。


だけどどうしても、そこにこだわってしまう。


それにこだわった分だけ、余計に不愉快な思いをする。


つくづくめんどくさいなぁと思う。


そういうこだわりから始まった日は、多分、なにかを得られるんじゃないかと、思うことにしよう。




とはいえ、、、、




ちっ、やってられるかぁ!!!!




と、言わずにはおられない日もあるのよ。
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 06:45
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【勉強会】基礎編 Authentic Leadership講座 第6回 に参加しました。その3
【勉強会】基礎編 Authentic Leadership講座 第6回 に参加しました。その3


このAL基礎講座
きっと皆さんいろんなきっかけで参加されているんだと思います。


ちなみに私は、ちょうどこのAL基礎講座を終えて中級講座を受講している友人が「なんというかな、すごく良いし、オンラインなら台湾からでも受講できるから受けてみたら」と強くオススメされたので、受けてみようかと思ったんですね。


ちなみにその友人に勧められたご本「NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法」も興味を惹かれるのに十分な内容でございました。


このNVCの世界観を学ぶと、これを使ってなんとか世の中を良くしたいという壮大な夢を持つ人はいるんじゃないかなぁと思うんですが、壮大な夢でなくても、なんか、これを人に「教えたくなる」んじゃないかと思います。


でもみーちゃんによればNVCの世界観は「教えてもらう」とか「教えてあげる」とか、「アドバイスする」というものではないんだそうです。


あー、そうね、ここまで書いてきたとおりで、「感じる」ということがメインの本当に大きな一つのミッションだとしたら(私は少なくともこのNVCの世界観をそう捉えましたが)教えられるというものではなさそうですよね。


それでもなんか、疲れてそうな人を見たら、「ずっと仕事で疲れてますよね?」って他者共感も出来るような気がしちゃう。


そう、でも、これはあくまでも想像であって、その人が本当に疲れてるんだか、どうなのかはわからない。(疲れて見えたら疲れてるんだろうけどさ、それを気づかせてあげたいとか、でもそれが本当にそうなのかはわかんないんだな。)


じゃー、どうすれば、他者とも繋がれるようになるのか?


これはまず、「自己共感」を強化するというか、「自分の感覚」、本来人間に全て備わってあるであろう感覚を取り戻すというのを、まずやらなきゃいけない。


んで、どーやってやるんですか?
ということだけど、それがこれまでのワークの一つ一つに込められてて、それを普通に生活してる中でやっていく。


ということ、なのね。


そうすると、どんどんいろんなものに繋がりやすくなっていって、最終的に他者の言葉から、他者のニーズが透けて見えるようになってくる。


これが「他者共感」


じゃー「他者共感」するために、相手を知りたいとして、あなたのニーズも私のニーズも満たしたい自分がいる時に、どんなコミュニケーションを方法をとるのか、というのがNVC的なコミュニケーションの方法というか、やり方かな?


これ、実は、この6回目の話を聞く前に、本で読んでたんで、「どんな流れでコミュニケーションをとっていくのか?」というのは、知ってはいたんだけれども、実のところ、このやり方を読んだ時に「ひどくめんどくさいことをやるな」と思ったのを思い出しました。


O:observation 観察して
F:feeling 感じて
N:needs 自分の中のニーズを明確化して
R:request 相手に要求する


これだけ書くと大したことなさそうだけど、
この相手に要求するとき
「私のニーズはこれだから、あなたはそのニーズを満たすべき」
みたいなのは存在しない。


相手にも当然ニーズがあって、もしかしたら、私がリクエストしたことを断ることで、何か相手のニーズが満たされるのかもしれない。


だとすると、「相手からのNOありき」のコミュニケーションというわけ。


何かリクエストというか要求して、否定されるという体験に普段から慣れてる人なんてそんなにいないし、いわば、「NOですかぁ、なるほどね、じゃーいいや。」みたいな、受容して、分離しちゃう。
これが、なんとなくふつうのコミュニケーション
もしくは、「いやいや、やってって言ってんだから、しのごの言わずにやってよ!」
みたいな上下の関係における力の行使みたいな感じかな。


そんなコミュニケーションしかしてこなかった中で、
「あなたのニーズはこれなんだね、それで、私のニーズはこうなんだけど、それを聞いてみて、どうかな?どう感じた?」なんてことを延々と繰り返すって、あなた、まーめんどくさい。


いやいや、そもそも、我慢しちゃえば、そんなまどろっこしいこともないし、やってくれそうな他の人に頼んだら、いいんじゃん?


って、やってると、仕事は進むかもしれないけど、コミュニケーションとりたい相手との関係はやっぱり置いてけぼりだよね。


いろんな考え方があるんだと思うけれども、私の中では、このコミュニケーションの方法云々よりも、まずは「自己共感」することを心がけて、自己共感と、自分のニーズが感覚として捉えられるようになったら、他者と繋がりたいと思った時に、この方法しかなくなるんだな、と理解したんですね。



さて、頭では理解しましたけど、できるとは言ってないです。


でも、だからこそ、自己共感がめっちゃ大事で、そこ強化したいわ〜〜ってすごくなってるのが今!です。



他者よりまずは自分だよ!うんうん?
ってなってるのが今かな。


だって、自分以外が感じられない置いてきぼりのニーズが、まさか自分の中にあるなんて、こんな面白そうなことないじゃない。


というわけで、今は、ニーズ表が普段使いのノートの一番最初に貼ってあって、ジャッカルしては、ニーズ表を眺めて、お腹を触る日々なんです(なんのことやら)


面白いなぁ〜これ。


今回はとりあえずここまで!
お読みくださった方に感謝!
author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 06:26
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【勉強会】基礎編 Authentic Leadership講座 第6回 に参加しました。その2
【勉強会】基礎編 Authentic Leadership講座 第6回 に参加しました。その2


ポジティブもネガティブもない!
という二元論的な話ではないのだよというところまで、書きましたかね。その1では。
ということで、その1はこちらから



とはいえ、ネガティブと言われる感情
泣いたり、がったりしたり、不安だ
みたいなことと、
嬉しい、楽しい、大好き
みたいなことには「差」があります。


それで、この「差」を感じることによって、「どうやらわたしの中にあるエネルギーは、満足してないようだ。」
ということを「理解」して
ここではじめて、「ではどーすべ?」という思考のお出ましというわけ。


この「感じた差」「良い悪いはないけど、なんらか存在する不快感」これは「満足してない!」のシグナルで、こいつを自分のクリエイティビティーで満たせるようになる!


ん、ですって。


この感情というやつは、自分の中〜の方にあるエネルギーが
「満たされてる〜」
もしくは
「満たされてない〜」
という体からのフィードバックで、それを感じることによって、自分の内側にあるエネルギー、命と会話できちゃう!というわけ。



なるほどなるほど。。。
そう言われると、わかったようなわからないような。。。


それで、NVCのゴールというのは
「命を使って、命を充足させるように生きる」


ということ。



なんかわかったような気がするけど、なんだか、スピリッチュアルなもんなのか?
冷静に思い返すと、そうなのか?
って疑問に思っちゃう。


それはなぜなのか?
それは今、生きてる世界がそうなっていないからなんだな。


だって、これまで「正しいことは素晴らしい」という世界に生きてるわけで、それが「自分の内側の命が満たされているか?」なんてことは考えたこともないわけ。


そう、文字通り「考えたことがない」


NVCの世界観からいくと、そこは「考えろ」と言ってるんじゃなくて、「感じろ」と言ってるわけだから、これはなんというかな、これまでの人生、何年生きてきたかに関わらず、「はじめまして」の感覚だよね。


それって、みーちゃんの言葉を借りると、まさに新しい言語覚えてと言われてるのと一緒だと。


これまで慣れ親しんできたルール
言語だったら、文法ね。
とは全く違ったルールで、表現しなくちゃいけない。


そう言われると、「もう、全然わかんない!!」って混乱ちゃう人もいれば、「あ、こういうルールなんだ!ほぉ〜」みたいにすんなり受け入れられる人がいるというのもうなづける気がする。


わたしは英語で仕事して、中国語圏で働いてますけど、まー、これ、大混乱でぐちゃぐちゃですわ。


だから、NVCもそんなもんか?
と、思えば、だいぶ楽。


そのルール、世界観がわかってくると、何が起こるのか?というと、自己の感情に対して、丁寧に接するわけなので、「社会的に正しい」とか「こうするべきだ」と、無意識に思ってることから解放されて、「自分の内側のエネルギーはたしかに、満たしたい「何か」があって、それはこの感情が教えてくれてる。それは社会的に正しいかどうかに関係なく、内側にある欲求なのよ!」ということに気がついて、「自分軸」ができてくる。


自分軸ができてくるというよりも、自分というものがそこにちゃーんと存在していて、それを無視することなく扱えるということ、なんだろうな。


そうは言っても、「社会はそうできてないじゃん!」ってことなんだけど、その自分のエネルギーと会話する(自己共感)してはじめて、考える。


そこで、はじめて思考して、なんとかして、そこが満たせないか、諦めずに考え続けるということに「思考を使う」んだね。


これまで、そんな「自分の感情」なるものは半ば無視して生きて、「正しいやり方があるはず」だ、「社会はこうなってるんだから、わたしもこうである「べき」なんだ!!」


と頭でずっと考えてきた。


その時、感情は完全に置き去り。


それでも生きられるわけだけど、そうじゃなくて、丁寧に感情を拾って、自分のエネルギーがどうやったらみたされるか足掻いてみたら、どう違うのか?


ということが、根底にあるの、、、かな?



社会で生きる上では、この「感情」ってのはかなり邪魔で、切り離していた方が効率はいいし、同じ型で生きていけるわけだから、もしかしたら楽なんだろうな。

というか、思わされてる?感じ?


「正しい」とか「べき」を先行させれば、「正しい人間」「社会的に認められた大人」になれそうだもの。


でも、それは、そもそもわたしの中のエネルギーが望んでることなんですか?


って、、、。。。


こういうのを体にどんどん溜めて、自分の感情を無視し続けたら、不健康になりそうだよね。(実際、なるみたいですけど。)



だからこそ、「他人に対してどうなのか?」を考える前に、「自分はどう感じているのか?」という自己共感を先にやらないとダメよね。


せっかく人間に生まれたからには、その「エネルギー」を全て使い尽くしたいじゃない?


そんな感じなんだな。



こりゃー単なるコミュニケーションスキルにとどまらないんだなぁ。


ということは、練習しないとできなさそうだけど、まずは小手先のスキルではなく、自分につながる(自己共感)がどんどんできるようになるというか、常に自分と繋がってる状態を作ることが先決かもね〜〜。



ということで、今日はここまで、ちっともまとまる気がしないですが、とりあえず明日も続きを書きます。



これはおそらく、私の中の「理解したい」のneedsじゃないかなぁ、と。


author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 06:25
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【勉強会】基礎編 Authentic Leadership講座 第6回 に参加しました。その1
【勉強会】基礎編 Authentic Leadership講座 第6回 に参加しました。その1


この秋、俄然、私の中で盛り上がっちゃってるAL講座の6回目参加しました。


びっくりすることに、自身が無意識で楽しみにしすぎているからなのか、先週あるもんだとばっかり思っていて、先週の月曜日も直前までスタンバッテいたのは内緒です。


昨日は、なぜか仕事が立て込み(よくある話ではありますが)駅への移動の車中から参加することになりました。


ちなみに、私、この講座、駅にあるスタバよりオンライン参加しています。


このAL講座、いわゆる全員がオンラインではなく、都内某所で開かれておりまして、そちらがメインなんですね。


プラス、全員がオンラインの回もあると言う構成になっています。


昨日は都内某所(講座内ではアジトと呼ばれています)での回でしたので、まずは、メディテーションから。


心を落ち着ける意図があるのかしら? 実はあんまりよくわかってないけどね。

このメディテーションの時間を、タクシーの運ちゃんの説明を聞きながら(ちょうど雨降ってて、いろんな道が混んでたので、どっちの方向から駅に向かうのかを会話してたんですね〜〜)過ごすことになりまして、すっかり、心落ち着くどころの話ではなかったです。


その後、チェックインと呼ばれている、その回に参加するにあたってのコメントタイムみたいなのがあるんだけど、今回は、オンライン参加している全員で、自分たちの今のNVCの感覚というか感想みたいなのを話す場面に。


未だ、車だったわたくしは、車中より参加です。



いやー、聞いていると皆さん、コメントがまじめで、いやホント。
私はというと、まじめに不真面目、かいけつゾロリみたいな感じなので、コメントにも戸惑うレベルですが、そこは、繕ってもあまり意味がないので、自由に喋らせてもらいました。


そんなわけで、みんながチェックインし終わると、なんとなく今、みんなが感じていることは、二つに大別できそう。


NVCってなんとなくこんなことじゃないかな?って思い始めている人(できてるかできてないかではなくて、こんな世界観じゃない?を感じてるイメージ)

と、NVCの世界観じたい、なんぞや?みたいに、「わからんことが、わからん!」みたいになってる人。



そんなわけで、オンライン組というか、みなさんで、ちと、話し合った結果、「わからんことが、わからん!」っていうのを素直にみーちゃんにぶつけてみよう!ってことになったんです。


そもそもNVCの世界観とはなんぞや
というところから。



みーちゃんによると、NVCの世界観のベースは

いかに命とつながって生きるか?
needsと呼ばれる世界観というか、どうやら腹のあたりにあるらしい生命をつかさどるエネルギーに、いかにつながって生きるのか?
ということで、それらをコミュニケーションの世界でやってみようということらしいです。



このAL講座内では、needsと呼ばれる生命エネルギーが、ほんとのところ誰の中にも存在して(生命エネルギーなんで、当たり前ですけど)私たちは、何かの行動を起こす時や、話をするという瞬間にこのneedsを満たせるんじゃないか?と思って、なんらか活動しているというわけ。


だけど、残念なことに、このneedsの全てに、ほとんどの人は無自覚なのだ。


それで、このneedsという生命エネルギーは何か?って事で、このエネルギー体に「ラベル」を貼ってみました。


というのがneeds表ってやつで、今は109個かな?あるんです。


でもこれは未完成で、まだまだあるかもしれない。
元素記号みたいですね〜〜。


ラベルを貼ってみると、意味を持つことができますが、実はその解釈も、その感じ方も人それぞれバラバラ。


例えば「愛」ってneedsについて考えてみると、
ある人はピンクのハート型の感じを持ってるかもしれないし、
また、ある人はもっと真っ赤で燃える炎のようなものかもしれない
と、まぁ、千差万別なんだけど、
とにかく「愛」と呼ばれるものがこの世の中に存在していて、それが自分の体の中では、ある感覚を持っているというのは、なんとなくみんなわかってる。


そんな状態。


それで、普段は意識しないけど、実は体の中で感じている世界は、がっつり存在していて、それを味わい尽くして生きる!ということをやりましょう!
ってのが NVCの世界観というやつ。


これは人それぞれ全然違うし、「わからないーー!!って混乱してるのも、そのままでOK」とにかく、そんな世界観があって、普段は思考先行で葬り去っている身体知を使った知性の使い方を学ぼうとしてるんだね。


おお、なんかすごいね。


ここまでで、私は思いました。

これ、なんかいいじゃないか、人それぞれで、違ってていいけど、体のエネルギーを体感して生きれるなんて、自分が生きる上で、自分のもてるエネルギーをもっともっと使えそうなだし、ワクワクするぞ!みたいな感じ。



とはいえ、どーやったらいいんですかね?ってのがわからないので、いろんなワークなんかを使って、どんどん体験していくんだね。


昨日の前半の話の中で、特にこれいいなぁと思ったのが、needsかや引き起こされる感情にはいわゆる二元論がないというところ。


ポジティブもネガティブもない。


良い悪いで言われる二元論にしてしまわない。


とにかくどっちもあってオッケーで、しかも、どの感情もなんらかのneedsに繋がってて、それを表現しようとしている愛おしい存在なのよ。



今日はとりあえずこんなところまで。
まだまだ続くよう!



前回はじめてブログを書いたときに、「私が書いてるこのこと(AL講座の話)は本当にこれでいいんだろうか?私はこんなことを思ったけど、ほんとは全然勘違いだったりしないだろうか」と、ほんのちょっとだけ思ってたんだけど、昨日の講座を受けて、おお、世界観の共有はもちろん必要だけど、これは人それぞれが感じたことがみんな「存在」する状態で、それに対して、「良い悪い」「合ってる合ってない」みたいな次元ではからなくていいんだなと。


ちょっとホッとしたりして。


そんなわけで、私の感じたことをブログにして、シェアしていきたいと思ってます!


author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 06:23
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【徒然】思い続けること
ここのところちょっと考えていることがある。
自分にリミットをかけるものは「自分自身」ではないかということ。


わたしの中には、できないと思ってるいろいろなことがある。


そのできないと思ってること。。。
本当にできないんだろうか。


心理学だと「認知の歪み」
みたいな言葉で表されるんだろうけど、まぁ、小さいものから大きなものまで、とにかくいっぱいある。


それに加えて、自分のできることは「過小評価」


これではできるもんも大抵はできないものに早変わりだ。


まぁ、それで、そういう癖とはもう長いこと付き合ってきたので、よく分かってる。


だから、「なにかができない」と感じる時、いつも「そんなことない」とか、「よくやってるって思ってもらえてる」とかそんなことを思おうとして、思えずに苦しむんだな。


それの繰り返し。


うまくは言えないけど、その「歪んでるのを直そうとしている思考」も一つの原因ではないかと考え始めている。


いや、「できないと感じる」それはそれでいいんじゃないか?
「認知の歪み」だとか言いながら、苦しむ必要ないんじゃないか。



そう思ったら、それはそれで置いといて、一旦放って置いて、爽やかに日々を暮らせばええんでねーかな?


頭で考えてることってのは、所詮、頭で考えてることで、結局その「思考」ってやつがいいことをしてくれたり、ましてやその通りになったり、あんまりなかったよなぁ。


「あの子はすぐにできるのに、私はできない」
「あの人は軽やかに暮らして見えるのに、わたしはいつも重苦しい空気の中」
「こんなに頑張ってるのに、認められる気がしない。」
「どれだけやればいいのか?」


どれもなんか、おどろおどろしい感じで、こんなこと考えてても前に進まなさそうだ。


それをまた思考で蓋をする。
「それは認知の歪みであって、そもそも人は自由なものだ。」
「承認欲求は自分で満たせばいいのだ。」


まぁ、よくよくうまくいくはずないな。


それよりももっと重要なことごあるんじゃないか?


いまちょうどAL講座ってのに参加してるけど、
「自分はどう感じるか」
そんなことが、考えたりするよりずっとずっと大切なんじゃないだろうか。


そんなわけで、考えに考えを重ねる行為は一旦、おやすみ。


日々、今、楽しい!心地よいと思うことを十分に味わうことにフォーカスしよう。


って思ってて、思い続けようってなことなんなんだな。


author:ぷぅコッコ, category:徒然, 07:17
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【徒然】毎日綴る日々
そのむかし、ブログを毎日書いていた頃は、それこそ追われるように毎日なにかのネタを探してた。


今はそんなことしてないから、その分、実はちゃんと時間を使えてないんじゃないかと思ってしまったりする。


日々はいろいろあるわけでひとところにとどまってはいないのに、書くことがないってのも変な話なのかも。


日記のようなものなんだけど、そこはちょっとだけよそ行きにアレンジしている。
そこがブログの魅力でもあり、なにを書いてもいいはずの日記が書けない理由でもある。


面白いことないかなぁ
ってずっと思ってきたけど、面白いことって、実は自分で掴みに行かないとダメなんだよね。


そんなことを改めて思うのでした。

author:ぷぅコッコ, category:徒然, 18:11
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【徒然】お節介なおばちゃんのススメ
お節介なおばちゃん
は世の中に存在する。


何を隠そう、私のことだ。


このお節介というヤツ。
あまりいい意味で使われることは無いように思う。


こちらもそんな意識で使ってる気がするので、対して気にもしていない。


どういうわけなのかわからないけど、なんだか「ツラそう」にしている人を放っておけないのね。


かといって、ボランティアに励んでるわけでもなく、博愛主義でも無い。


要は私の半径5mくらいに存在する人に幸せになってほしいと思ってるだけ。


だから、SNSなんかで交流する時も精一杯のコメントを!なんてことを思う。


こういうのが、マスコミさんのターゲットになるうざい大人に直結か?と思うけど、それらがうざいと思うなら、このお節介おばちゃんをお相手が避ければいいことであって、言われるほど気にしないのね〜〜。


その辺が、おばちゃんたる所以だ。


おばちゃんになるって、こういうことかも知れないと、ふと、思ったりする。


それはある時、話を聞く、ただひたすらに聞くだけかもしれないし、一緒に考えたりすることかもしれない。


考えるにあたっては、自身の経験だけでなく、これまで読み漁った膨大なビジネス書が役に立つ。


1000冊分の感想ブログには至っていないが、おおよそ500冊分くらいはあるかと思うブログか物語ってくれてる気が、ほんのちょっとだけする。


数を書くと、やや気持ち悪いが、そんな感じ。


人助けしたいとか、何かできるとか思ってるんじゃなくて、その日一日だけでも、「その人が幸せな気分で過ごせますように」と願ってるだけなんだな。


だから、お節介なおばちゃん。
今日もきっと、お節介なおばちゃんだと思う。
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 05:45
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