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【読書】できる教師のTODO仕事術





先生はやってません。ぷぅコッコです。


知ってる人は知っている、知らない人は全く知らないことだと思いますが、
私は先生はやってません。


ではなぜ、「できる教師のTODO仕事術」なのか!?


そう、このご本、著者さんにいただいたんです。
マロン先生、いつもありがとうございます。


教師じゃないから、自分関係ないって思った方、いやいやいや、このご本ビジネスマンにももちろん効きます!


このご本を読んだ先生や、先生でない人も、思うはずです。


「私にはできない、私には無理だ。」


そう、マロン先生のTODO仕事術、マロン先生の11年間が詰まってる本ですから、簡単にはできない。
ましてや全部はできない。
そもそもできない。


いやいや、いいんですよ。それでも。


今、できてなくてもいいんです。


このご本を手に取った先生は、自分も「できる教師」になるために、そのヒントを得るために購入したんだと思います。


そう、だから、今できてない自分と比べて、「できない」なんて思わなくて良いんです。


中には、「TODOリストなら、もうやってるよ」って思った人もいるかも。


でも、そうだとして、マロン先生と同じくらい活用できてるかしら?TODOリストを。


ここで問われているのは、TODOリスト作るだけでなく、それを「きちんと」こなすこと、それができるってことだと思うんですね。


考えてみると、教師というのは大変なお仕事です。


私は割と大きな企業に勤めているんですけど、そこらのえらいおじさん達を思う時、ライフネット生命の創業者である出口さんのお話を思い出します。


部長さんとか、課長さんとか役職はいっぱいあるんですけど、それぞれはまぁ多くても10人くらいの部下を相手に仕事してるわけです。


部員が30人だとしても、部長さんが直接全員をマネジメントしてるわけではありません。


10人満たない課長さんをマネジメントしてるんです。


そして、その課長さんたちもまた数人をマネジメントしてます。


どんなに大きな組織で、どんなに偉そうな役職が付いていたとしても、もちろん仕事は異なりますが、マネジメントしてるのは、10人そこそこです。


それに比べて、教師の方というのは、少なくとも1クラスで30人から40人とか相手にしてるわけです。


それだけでも、あなたの仕事を誇ってください。


そして、マネジメントするのは、30人から40人の子供たちと、さらにその親御さんです。

合わせたら100人超えるわけですよ。


それだけで、私なんかは目が回っちゃうわけですが、そうしたら仕事も尋常じゃない量のはずなんですよ。


だからこそ、この教師のためのTODO仕事術があると思ってください。


そしてできるところから真似しましょう。


真似ってのは凄いことで、バカにならないです。


だって、ここに至るまで10年以上も練りに練ったやり方を惜しみなく教えてくれてるわけです。


それを真似するだけで、10年分の得ですよ。


そして、真似して合わないなぁ、と思ったものはあっさりやめてほかのやり方を試してみたらいいです。


仕事していると
「これ、なんのためにやってんだよ」って仕事ありません?
ゴールはちゃんと見えていますか?
その仕事意味は?


それらは教師であるとかないとかあんまり関係ないです。


そしてこのマロン先生は教師をしておられながら、異業種の交流会に参加されたり、ビジネス目線でも先生たちを見ている人です。


そんな人、あんまりいないから貴重なんですよ。


先生たちのことはあんまりわからないので、とりあえず一旦、置いといたとして、


でも、「これって先生のためのご本でしょ?」って思った方。


たしかにそうです。
このご本の中には、ビジネスの現場では出てこない先生ならではの具体例ももちろん出てきます。


でもね、基本のところは変わらないです。


でもほら、ビジネスマンだったら、なんとなくTODOリストとか作って仕事してるし、なんて思いました?


作っただけで、それ、こなせてますか?
日々それを眺めて、新しいTODO加えて首が回らなくなってるとかありませんか?


そういうところがあるなら、是非読んで欲しいです。


え?自分にはそんなことない?
あー、そういう人は読まなくていいわけですよ。
運用できてるわけだし、きっちり仕事も定時で終わって帰ってるわけだから。


そうじゃないとしたら、何かヒントがあるんじゃないかと、思いません?


それで、まぁ、本はいっぱいあるんで、合うものを読めばいいって言われるわけですけど、なかなかどうして合うご本なんて見つからないんですよ。


私も結構、本読んでるんで、思いますけど、これ、先に教えてくれたら他の本は読まなくてよかったなぁっていう超絶いい本はあるんです。


でも、その本に一冊会うために多分50冊くらい読まないといけない。


あるけど、そこまでやりたくないから、私の読者ブログとかを読んでくださってる方もいらっしゃると思うんですね。


そういう方に効くご本なんです。


ビジネス書とか読んだことないけど、仕事も終わらなくて困ってるよ。
そういう人に効くんです。


そして、本を開いてみると、冒頭の「私にはできない」って思ってしまう。


いやー、そこは「できない」って思うんじゃなくて、「まじ、こんなやり方あんの?やってみよ」って面白がってください。


そこが入り口です。


一年、一年違ってきます。


きっと、5年後、10年後、今の自分からは想像できない場所に立っているはずです。


なんかよくわからないけど、台湾に行って仕事してしまったぷぅコッコさんが言うんだから、間違いないよ(笑)



ということで、何やったらいいのかわかなーいって、困ったビジネスマンにもちゃんと効きます!





これは、頂いたご本とご挨拶文と、著者さんからのプレゼントです。


さて、このご本を頂いた時に一緒にプレゼント!
ご本の中にも出てくるA7のノートです。


開けた瞬間に 「なんだろこれ、めっちゃ可愛い!」
と、思いました。



そしたら、それが本の中に出てきます。


マロン先生、毎日持ち歩いて、TODOリスト作っておられて、しかも今までの11年で進化をとげながら、55冊です。


55冊ですよ。


いやいや、50冊超えるって、普通のビジネスマンではいませんよ。


普通じゃないビジネスマンでもそんなに書いてる人を私は知りません。


だから効くんですよ。


先生でなかったとしてもね。


このプレゼントはたまたま入ってたわけじゃなくて、意図があったのかぁー
と深く納得したんですね。



ちょっとビジネス書とか読んでるんだよね〜
って人よりもむしろ、ビジネス書とか読んだことないけど、仕事こなせなくて困ってるんだよね〜
って人に読んでもらいたいです。


マロン先生的には、先生たちに読んでほしいということだと思うんですけど、私は先生たちのお仕事はわからないです。


でも、先生たちは、さっきも書いたけど、大きな企業の部長さんや重役さんたちより、ずっと大変な仕事についていることを誇ってください。


その先生方のお仕事がマロン先生のご本で少しでも効率良くなるようにと願ってやみません。


そして、先生ではない、私たちは、ちょっとそのお仕事効率化の恩恵に預かっちゃいましょう。






author:ぷぅコッコ, category:ビジネス書感想, 22:00
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【徒然】見えないもの
アレルギーって目に見えないんだぜ!って思ってるぷぅコッコです。


いやいや、思ってるっていうか見えないから(笑)


最近は花粉症に悩まれてる方もいらっしゃると思うんですけど、まぁ、花粉も目に見えない(見えるほどのこともあるけど、そりゃそれでエライコッチャ)もので、でも花粉症になったことない人にとってはなんで常にマスクしてるのかなんてわからないくらい感じないこと。


私には食品にアレルギーがあって、食べたから死ぬわけではない(アナフィラキシーショックなどで速攻倒れたり、いきなり気道が腫れまくって息ができなくなったりはしない)とは言え、遅延型のアレルギー検査で反応のあった食品をたべると、ものすごく具合が悪くなる。


次の日に一日中寝込まないとダメなレベルと思ってもらうと、だいたいそんな感じ。


この遅延型のアレルギーで出た物質が全部食べられないわけではないし、反応のないものもある。


それで具合が悪くなるとか不調が出るのかどうかは、私が、私自身の身体をはって実験しなくてはいけない。


実験は簡単!
該当食品を2週間口にせず、その後、また食べてみるというのをやって、不調になるかどうかを確かめる。


概ね結論は出ていて、遅延型のアレルギー検査でかなり危険(たまには振り切ってるやつもある(笑))な物資を食べなくなって、しばらくして、「もしかしたら大丈夫かも」と、思って口にして、ことごとくひどい不調に襲われることになった。


慢性的に食べていた時は、慢性的に不調だった。
いつも眠かったし、いつも頭がぼーっとしてた。


そういうものが晴れてくるのを感じた。
アレルギーのある食品を取らなくなって。


そのかわり、口にすると一回一回の不調はとんでもなくひどいことになった。


でもそれは、私が知ってるだけで、表には見えない。



食べられないものがある。
それでも食べられるものもある。
ほんの少しだけなら、自分に不調が感じられないレベルで抑えられるものもある。


でも、それを知っているのは私だけで。
それは私のことだから当たり前だけど、他の人には当てはまらない。


どんなに聞き知った症状が同じだとしても、他人がアレルギーだ言ったら、「ここまでは大丈夫だ」なんて言えない。


その「ココ」は、私の、検体一人の結果。
それでも、その結果は、唯一私にとっては、絶対的な結果なのだ。



なんで、こんなことに!!っていつも思う。


「食べられなくて大変だね〜」
なんだけど、「食べられなくて大変」は食べなければいいので、別にいいんだけど、出されたものが食べられるものなのかどうか見極められない時の方が困ったことになる。



さて、あら、ぷぅコッコさんアレルギーで大変なのね〜
ってことを訴えたくて書いたわけじゃないんだな。


ご存知の方もいるので、「あー、ぷぅコッコさん、この食品食べられないよね」って、読みながら思ってくれた方もいるかもしれない。


でも、気がついたかも知れないけど、私は何が食べられないのかこのブログで書いていない。


実はアレルギーの話をしたいわけじゃないんだ。
そこを詳しく書きたいなら、検査の内容やら、なんやらかんやらを書き込むところだけど、それはしてない。


遅延型アレルギーってのがあるから気になる人はやってみてねって話でもない。(そういうブログ書いてもいいんだけど、そういうのはまた今度ってこと。)


ここで書きたいことは、「どんな人にも見えないことがある」ということ。


そして、その見えないことは、私の、そして、あなたの想像をはるかに超えているかも知れないということ。


自分の経験、ちょっと読んだネットの記事、そういうものでわかった気分になってはいけない。


そんなこと言われなくてもわかってる?


でも自分が経験したことは、経験として話しくなったり、経験として、人に教えたくなったり、ともすると決めつけてしまったりしてない?


同じ病気だったとしても、人はいろいろで、感じてることや、考えてること、辛さみたいなものは「見えないもの」なんだよ。


そういう「見えないもの」をすべての人がもっていて、その見えないものを抱えたまま世の中を生きている。



ちょっと嫌だなぁ
と思った時、決めつけてないだろうか
ちょっと面倒だなぁ
と思った時、本当にみんな見えているだろうか?


そんな見えないものに溢れていると、ほんのちょっとみんなが考えたら、ほんの少しだけ世の中は良くなるんじゃないだろうか。


仮にそんな世の中になったって、私のアレルギーは治らないけど、例えば友人が、私の「見えない」アレルギーのことを気にかけてくれて、いろいろ考えてくれていることを知っている。


見えないけれど、気にかけてくれようとしている。
それがとてもよく伝わる。
とてもありがたい。


それとは別に、たまには、そういう「見えないこと」が「理解できない人」いることもわかってる。


そういう時、憤るのではなく、それは悲しいことだと捉えて、それでも必要なことは伝える。


そして、今言った「見えないことが理解できない人」であると自分から見たら見える人にも、私の「見えないこと」がいっぱいあると、想像してみたらいいのかも知れない。


今日はきっとそんなことを考える日なんだなぁ、うむ。
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 18:28
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【読書】AI vs 教科書が読めない子供たち





天才というのは、時代時代で偶然に生まれるものだなぁと思っているぷぅコッコです。


AIの可能性という意味で、東大に合格するというのを目指して学習を続けていたAIというかプロジェクトがありまして、その話が綴られているご本です。


東ロボくんというこのAI(と呼ぶのが適当なのかはよくわかりませんが、その辺の厳密な定義もご本に出てくるので、チェックしてね。)は、東大に受かるレベルには達しなかったもののmarchレベルであれば、合格点に達したものも学部によってはあったみたいなので、すごいですよね。


おっとこれは、AIに仕事が奪われる時代か?とか、AIの方が人間より賢くなっちゃうというシンギュラリティが起こってしまうという話なのか?と、ちょっとSFチックにもすぐ思ってしまうわけですけれども、少なくとも今の技術の上でのシンギュラリティはあり得ないというのが数学者であるところのこの著者さんの主張なわけです。


なんでそうなのか?ってのは、ぜひご本を読んでほしいわけですけど、学習させて正解を導き出すという現在の方法を用いると
「バナナが好き」

「あなたが好き」
の「好きの違い」をどこまで言っても認識できないというわけ。



人間ならわかるよね、常識だよね?と曖昧に思ってることについて、
では「常識とは何か」というのを教え込まなくてはいけないわけなので、たしかにことは簡単ではないですね。


とはいえ、AIがものすごく得意なことある。


ほんとは人間が得意なこととAIが得意なこととかをすみ分けて、共に生きていく未来を描きたいわけだけど、そうはいかないわけで、、、総合的にそういうことが人間の仕事を奪っていくわけです。


たとえある種の仕事が奪われたとしてもそれでも、人間にしか出来ることを仕事すればいいじゃないという話なんだけど、どうやら、ことはそんなに簡単じゃない。


現代の子ども?いや、大人もじゃないかと思うけど、教科書の文章が読めていないというではないですか。


いやまぁ、それがどう繋がっていくのか?って聞きたいと思うけど、まぁまぁ、はやまらないで!


この先生、そういう調査もやってらっしゃるらしいです。


そして、調査に使われたのは、全て、文章をきちんと読んで、考察すれば、わかる問題です。


間違った答えを導き出す出すのは、
読んでないか
読めてない
ということになる。


きちんと読めばわかる!といのは、たしかに、間違いないです。


でも間違える子ども(大人もですが)いっぱいいます。
そして、全ての問題に、正しく正解できるかってところだけを取り上げると、東大、京大、旧帝大と言ったかなり偏差値の高い大学の学生に限っては、正解率の分布が、その他の大学や高校生やら中学生と比べて特徴的に違うことがわかります。


まぁ、それで、このご本の中では、読めない子供たちが、いわゆるペーパーテスト受けずに大学入ってなんてことで、心配はしてるわけですけど、読解力をあげる方法については解がないってな感じで、、、


それでも訓練をすれば正しく読めるようになると書いてあったり実例も出してくれているんですけど、なんともすっきりしない。



本の中で、明言されているわけではないですが、個人的には、旧帝大に余裕で入っちゃう系統の人しか生き残らない未来じゃんと言われているようで、なんか寂しい感じになってしまったわけです。


教科書を読めない子どもたちの章を読みながら思っていたことがあります。


あー、これ、TOEICで長文読むときの私の実力に似てるなぁって。

何かっていうと、ちょっと文が複雑になると理解できなくなるってやつですね。


ある特定の単語を知らないがために、その文の全体像がつかめない。
だから正解できないんです。


正しく読めてないっなことです。


あー、それが、日本語でも起こっちゃってるというね。



母国語まで読めてなかったらダメじゃんって思うわけだけど、そういうことになっちゃってるのかもって思います。


かといって、昔の人が必ずしも読めてたとは言えないんじゃない?ってことも思ったりして。


少なくとも読解力のためには、精読が必要だし(日本語の話しね、まぁ、英語だって一緒だけどさ。)みたいなことが書かれていたけど、それでもAIと対して変わんないところでつまづいちゃう人がいて、そういう人たちはAIに仕事奪われちゃうねって暗に言われているような気分になりました。


現状で、この本を否定するわけではないんだけれども、AIに関して言えば今の延長上にシンギュラリティはないのかもしれないけど、、、


これまで世界にはいつの時代も偶然に天才が生まれています。


そのまだ見ぬ天才が今、まさにその問題を別の角度で解く方法を確立しつつあるかもしれないので、シンギュラリティは絶対には起こらないとは言えないかなぁというのが一つ。


「バナナが好き」というのと
「あなたが好き」というのを
正しく理解して解答できるAIが現れたら、そりゃー世界はひっくり返るよね。


読解力の話も実は、AIが常識を理解する方法が鍵で、その方法を使えば人間の読解力も上がるって相関があるんでないかなぁと思うわけ。


ただ、そこに相関があったとしても、そこを分岐点として、AIの方が先に進んじゃう気がしてますけど。


そして改めて思うわけです。
読解力は多読と精読の組み合わせよね〜。。。みたいな。。。




author:ぷぅコッコ, category:ビジネス書感想, 17:41
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【徒然】わからないことばかり
わからないことが多いぷぅコッコです。


月曜日の朝一、ニュースで最初に見たものは、「人身事故で(自分が乗るべき)電車が運転見合わせ中」だというお知らせでした。


自宅勤務に切り替えようかと、会社に連絡のメールを出した。
終日自宅勤務にとも思ったけど、やっぱり今日の会議はFto Fでやりたいから「午前中だけ自宅勤務にして、午後から行きます。」


そうこうしているうちに、運転見合わせ区間が変わり、少し遅れるか?くらいで行けそうだとわかった。


またメールを出して、「見合わせ区間が変わったから、やっぱり行きます」とメールを書いた。


一連の流れのように会社に向かってるのが今。




月曜日、朝一の人身事故。
事故かもしれないけど、月曜日、会社に行きたくなくて、自分で選んじゃったのかな?
実際のところはわからない。




でも、自分にできることは会社に向かうかどうかみたいなことで、それ以上に思いが至らないんだよなぁって。


ファクトフルネスという本を読んだ時、思っているより、世界は良い方向に向かっているということに思いをはせることができた。


日本を含めたいわゆる先進国はファクトフルネスの世界ではレベル4と呼ばれる。
うろ覚えではあるけれど、全てをひっくるめて、一日、32ドルは使える人たち。

1ドル110円として、3520円、一ヶ月を30日とすると、105600円。。。


うーん、最高レベルだと言われてる。
(これ以上の生活をできているということで、ここから先は青天井なのです。)


けど、日本だったら、この値段で全て賄うのは結構厳しいよね。



でも、それは世界で言うところの貧困ではないから、相対貧困と言われるらしい。


いろんなことが発達して、便利になってるはずなのに、「生きづらい」のはなんでなんだろう。


先日読んだ記事、「なぜ弱者を助けなくてはいけないのか?」というヤフー知恵袋への質問だった。


ヤフー知恵袋の回答は見事で、
人類は成長戦略の一つとして、「繁栄する(子を産み育てる)」を選択していて、今後適者生存を考えた時、出来るだけ多くの種を残すというのが繁栄につながるということで、今は弱者に見える人でも多く残していくという戦略を社会としてとっているというわけ。


実際のリンクを貼った方が納得感が高かった気はするけど、すでにどこのリンクか、わからなくなっちゃって。
まぁ、要するに強者が生存するのではなく、適者が生存するというのは間違いないんだな。
いま、弱者に見える人が将来にわたってどういう風に適応していくかはわからないし、今、強者に見える人も、いつ、そうで無くなるかはわからないのね。


これはダーウィン先生も言ってくれておられます。
まさに適者生存!ですよ。



そこで、私は考えた。



弱者を生かすためとかそういうことでなくて、社会はより多くの人を残すということを行なっているんだなぁって。



そうか、それはわかったけど、じゃあ、「社会が良い方向に向かった」としても、「私が幸せ」とか「あなたが幸せ」には繋がらないんだなぁって。


すると、どんなにステキな社会だとしても、「私の幸せ」とは関係ない。


ほんとは関係あるんだけど、だって、少なくともレベル4の生活をしているわけだから、それが幸せというもんだろうと言えなくもない。


戦争もとりあえずは今のところないし、(これから先、ないかどうかはわからないけど。)
暖かい布団で眠れて、温かい食事がとれて、水を汲みに行く心配もない。


それで、満たされないのは、もはや「自分の心の問題」じゃない。


あるもので満足できなくて
なにかと比べて自分を卑下して
自分は無力だと嘆くのは
全部自分じゃないか。



今、感じるのは、いかに「自分を自分で傷つけている」のかってこと。


それは、誰に何を言われたとしても、誰に何をされたとしても、誰が何をしていなかったとしても。



「自分の中で、自分を傷つけてるんだなぁ。」



もう、そういうわからないことと戦うのはやめたらいいとすごく思った。


でも、どうやってやめたらいいのか、わたしにはまだわからないんだよね。


author:ぷぅコッコ, category:徒然, 07:49
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【徒然】大丈夫って言葉が好きだ
大丈夫って言葉について、なんとなく何回も書いてる気がするぷぅコッコです。


私は、「大丈夫」って言葉が好きです。


何か他の人に悲しいことがあった時、言葉をかけるのが苦手なんです。


いや、そんなの得意な人はいないかも知れないけど、気の利いた一言とか、言えたらいいじゃないって思う。


でも、うまくいかないんだよね。


特にカッコつけようとかするとね。


うまくいうより、むしろ失敗を恐れてしまう。
なんて言葉をかけたらいいのか、「正解は何か」そんなことを思ってしまう。


いやー、そういう声かけに、実は正解なんてないんだよ。


もしかすると誰かが悲しいときは、そばにいてあげるだけで十分かもしれないと思うわけだけど、なかなかそうもいかないよね。


だから、「大丈夫」だよ。
って伝える。


悲しいとか、辛いとか、嬉しいとか、楽しいとか全部あっていいし、そういうことに苦しんでる人がいると、なんとなく「大丈夫」だよって伝えてる気がする。


もしかすると私の口からうまくでてないかも知れないけど、実は、「大丈夫だよ」っていつも思ってる。


そしてこれは、自分にも。


強がってるというわけでもなく、結局最後は「全部うまくいくようにできている」と思うから、「大丈夫」


最近は昔に比べるとずっと人に頼るのがうまくなったと思うんだよね。


あっ、ぷぅコッコさんに頼られてわーって思った方、
いつもありがとう!


もっと頼っていいのに!って思った方!
いつもありがとう!


まぁ、そういうの関係ないわ
と思った方。
まぁ、それはそれで、とにかく大丈夫です(笑)


とにかく色々あるけど、大丈夫!


んー、まとまりないねー。
まーいいや。
とにかく、大丈夫です。


(いっぱい書いてたら、なんかダメな気がしてきた(笑))
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 20:23
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【読書】これなら書ける!大人の文章講座





たしかにこれなら書けるかも知れない!と思わせてくれました!
一気読みしちゃったぷぅコッコです。


このご本を知ったのは上阪さんのFBのポストでした。
発売になってるかどうかもわからず、「買います!」とコメントして、アマゾンで予約しました。


あっ、これから買う方はぜひ街の本屋さんで!


そういうことはさておき、アマゾンで予約すると、当たり前ですが、ご本が届いてくれるわけですよ。
ありがたい時代です。


「湧き出る何かを文章にしたい!」という人は意外といっぱいいるんですよね。


ぷぅコッコさんはブログ書いてるのに、そういうのないんですか?と聞かれたら、きっと、あるんですよ。


まさに湧き出るという感覚で。


それで、それこそ、ブログなんて書いてるので、書くことに抵抗感はないんですね。


でも、書くことに抵抗感がある人と言うのはいらっしゃるわけです。


書くことに抵抗感はあるけど、「湧き出る何か」を書きたいと思ってる人ってのは実はいっぱいいるんですよね。


構成を考えて、何度も読み返して、それで、ブログにアップしないというかできないという話を何度も聞きました。


大人が文章を書く。


例えばweb媒体に載せて読んでもらう。


それはどういうことなのか?


そういうことに困ってる人には、どんなものを勧めたらいいのか?


そんなことの答えが詰まってるご本なんですよ。


このご本を読んで、「そうか、みんなは整った素晴らしいものを書きたい」と思っていたのか!
と、思いました。


私は自分のブログを書く時に、整った素晴らしいものを書いてるつもりはありません。


多分、そんなことを意識したら書けなくなっちゃう。


それでも、例えばご本の感想だったら、この本をどんな人に読んで欲しくて、どんなご本なのか、刺さる部分はどこなのかということを「伝えたい」と思って書いています。


いろんなほかの記事もそうですが、「伝えたい」という思いがあって書いているわけです。


実はカッコいい文章でもないし、語彙も豊富ではないことは自分で十分にわかってるわけです。


そんなことを思いながらこのご本を読むと、
おわりにで書かれている通り
「文章は単なる道具でしかない」「うまく書く必要なんてない」「話すつもりで構成」すればいい
というメッセージが書かれているわけです。


「そうは言っても、書けないんだよ!」
って言いたくなるあなたに、全ての答えが用意されています。
この本の中にね。


日本語として文章が洗練されていて、素晴らしい小説家のような惹きつけるものを書ければ、それはそれはステキなことかもしれない。


でもね、それは時として必要ないかもしれない。


「なんだよ、稚拙な文章だなぁ」と思われたとしても、ポイントを押さえて書くあなたの文章が、あなたの想定した読者に届くかもしれない。


その時、そうやって読者にとどけたいとと思ったとき、必要なことがこのご本の中に詰まっています。


誰に聞かなくても、読めば「書くということへの」勇気がもらえるかもしれないし、
「そうか、ここに気をつければ、書けるのか!」
と思って欲しい。


サラリーマンっていうか、大人って、文章で伝えなくてはいけないことっていっぱいあるんですよ。実は。


でも、学校の時に習った作文って役に立たないんですよ。


400字詰め原稿用紙二枚の誰が書いたか分からん文書って、人は読んでくれません。


そして、仕事なんかでは、書かなきゃいけないシチュエーションにおいて、下手くそでも、泣きながらでも書くわけです。


でも、それ以上に、ビジネスとか関係なく伝えたいことがあるのに、
「うまくできない」とか
「カッコいい文にならない」
って人にぜひ読んで欲しいんです。


今はSNSの時代なんで、自分のことを全く書きたくない人って、もしかするとこの時代、いないんじゃないかな?って思うんですよね。


誰にも言わないけど、「いいね」が欲しいって人、結構いますよね?


どうせ書くなら、カッコよく
って思っちゃうけど とかそういうことは取っ払って、たとえカッコ悪くても、伝えたいと想定した「あの人」に伝えるためには、書くしかないんですよね。


もどかしい思いを持っている人ほど、今一度、このご本を開いて、自分の今と比べて欲しいと思います。


きっとあなたが欲しいと思っている答えがこの中にありますから!


というわけで、「書けない」ってことに悩んでる人がいたら、教えてあげよう!って思ってます。


さて、このブログは「書けないあなた」に向けたブログで、私自身がこのご本でで刺さったことはまた別のことです。
(上に書いたことも、そうか、みんなはこのことに困っていたのか、という意味で刺さりましたけれども。)


まぁ、その話は別のことで、別のブログが書けそうです。


そうやって伝えたいことがあったら「書いてみる」ということのキッカケに、このご本がなったらいいなぁって思ってご本を閉じました。


書きたい人も
そうでもない人も
一度読んだみると、ヒントがいっぱいですよ。





author:ぷぅコッコ, category:ビジネス書感想, 19:58
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【日々の記録】介護の話6 覚えてないの
突然起こったことを飲み込む時、記憶がすっぽり抜けてることありますよね。ぷぅコッコです。


私が台湾から日本に帰ってきたのは去年の5月です。
6月から仕事を始めました。


父が脳梗塞になったのは6月30日です。


そこから7月18日まで大学病院にいて、そのあと父はリハビリ病院にうつりました。


大学病院にいる間、母はほぼ毎日大学病院に見舞いに行っていて、その頃、父は看護師さん2人がかりで車椅子に移動してもらって、それでもまだトイレはオムツでやる感じでした。


父は言葉が出てこないので、会話が噛み合わないことも少なくなく、母の疲弊も大きくなっていったのをかすかに覚えています。


母まで倒れてはダメなので、毎日通うのは無理だと説得し。(母が来ないというと、父が寂しがるため、母は無理していくわけですが、行ったところで、言葉の出ない父とあまりうまくコミュニケーションもできないって感じだったです。)


その2人の間に入ってひとまず母が倒れないように数日は休もうよって説得して、父にも伝えたのを記憶してます。


その頃、まだ試用期間だった私。


でも、いろんなことがあるとどうにもなりませんよね。
体がボロボロで
ある日、会社からの帰りに立っていられない感じになって、なんとか電車を待って座った帰りました。


次の日、起きたら、手が震えて「こりゃいかん」ってなりましが、試用期間だったんで、ひとまず会社に。


会社に着いたけど、どうにもおかしいので、上司に話して、会社近くの近くの大きめな病院に。


血液検査をされ、生まれて初めて点滴されました。


結果出たら、一つを除いて異常はないと。


その一つの異常は、炎症反応というやつで、病院の先生曰く、「これから熱が出るかもね〜」


うーん、その宣言困るなぁ。。。


とにかく、体の中で、なんか戦ってるのはわかったけどね。


その日は大事をとって、家に帰りました。



とんでもないことが起こって、体にいろんなことが出るってのは2、3ヶ月経ってからですからね。


そんなことを身をもって体験する感じになっちゃいました。


いやはや、困るね。


気を張るって言ったってずっとは無理だよってことを身をもって体験した感じです。



誰かが病気になったら、周りの人も普通ではいられない。
できるだけ、自分を保ちつつ、サポートしなきゃね。


author:ぷぅコッコ, category:日々の記録, 18:30
comments(0), -, - -
【読書】人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている
なんかいろいろちぐはぐしちゃってて嫌だわ、ぷぅコッコです。





いつだったか、テレビで紹介されたとかで、気になっていたんですけど、買ってなかったんですね。
私にしては珍しい。
というか、日本に戻ってきて、リハビリみたいなところもあるんで、まぁ、本屋さんにも行ってなかったと。


それで、まぁ、本屋さんにたまたま行く機会があって、見つけたんで買ったんですけど、なんか乗れなくて、読めてなかったんです。
年末時間もあったんで、せっかくなのでサラリっとでも読もうかと思ったらハマってしまった一冊。


表紙には
「え?まだ実力で勝負とか言ってるの?」って
ちょっと挑発的なイラストが。

これね(笑)

そして帯には「なんであんな奴が評価されるんだ!?」の謎を解く!
ってある。


おお、いるよね。
あんな奴がっての。


で、どちらかというと私なんかも、人のことをって言うよりは、自分が「あんな奴がって思われてるんじゃないか?実力なんてないのに。。。うぅぁ」とか思っちゃうタイプで。。。


実力ないから勉強しなきゃ
みたいななんだか、どこ向いて歩いたんだかみたいになっちゃってるんだね。


それって、実力社会になった今だから、なんか「実力あれば」、、、なんとなく「世間に認められる気がする」と思うわけで。
でも、現実はそうでもなくて、「あんな奴がって」のがいる。


なんともモヤモヤするものはなんなのか?


それで、この本は「実力あれば世間に認められる」のところに切り込むではなくて、「気がする」にフォーカスして謎を解いてくれているわけなんだな。


この間ご紹介したファクトフルネス読んでくださった方はいらっしゃるかしら。
紹介記事はこちらから
【読書】ファクトフルネス


この中でも人間がいかにファクトと向き合ってないかってことが書いてあるんだけど、そんな大きな枠じゃなくて、個人単位でも、バリバリそんなことが起こっているってのが、今日ご紹介してるご本かなぁと思う。


政治家を選んだりするときもそうだけど、まさか「彼がイケメンだから選んだ」って人は、中にはいるかもしれないけど、あんまりいないよね。
というか公言する人もあんまりいない。


でも、実際には、イケメンだから選んじゃってるというか、好ましいと思ってる部分があるから、全部好ましい感じに見えちゃうってこと。
そんな「錯覚」が起こってたりする。


でもこれって、無意識だから、どーにも出来ないんだな。


どんな素晴らしい社長さんや部長さんにだって、入り込んでるものなのね。


この間読んだネットの記事で、グーグルの履歴書には名前以外、国籍、性別、写真も載せないってのが確か書いてあったと思うのね。


これは、余計な情報で「錯覚」を起こさないようにということだと思うんだよね。


彼らに必要なことは、国籍やら性別やらましてや人種でもないという、実力で、まぁ、とるよと言ってるわけだけど。


これってすごい試みというよりは、なんか情報がくっついてたら、簡単に「錯覚」させられちゃうってことの表れでもあったりするんだね。



あのすんごそうな人が集まってる、グーグルの人事ですらそうらしいということで。
実は世間はこの錯覚ってやつにまみれてるわけよね。


その「錯覚」というか、「勘違いさせる力」ってのを使って、うまく生きていきましょうよってことですね。


読んでいるとわかるけど、別に「詐欺」を働こうというわけでもないだよね。


例えば、東大卒とかいうと「なんでも出来ちゃう優秀な人」って感じするけど、誰でも知ってることだけど、東大卒の全員が全員、別にそんなことはないわけ。
それでも東大を出た人全員は
「なんでも出来ちゃう優秀な人」
という印象を大学を卒業した後すぐなら世間に植え付けることができるわけ。


え?東大生はそもそも頭いいし、仕事もできるからそれは錯覚じゃない?って。


あー、でもさっきも言ったけど、全員じゃないんだよね。まー割合は多いかも知れないけど、全員じゃない。


ましてや、たまたまついた仕事が、本人の適正に合わなければ、能力を発揮することはできないってのは冷静に考えればそうよね。


そんなことは世間の人が誰だってわかってることなんだけど、そんなの冷静にどうとかってできる人は「実はいないんだぜ」ってか、簡単に勘違いしちゃうし、錯覚起こしてるし、なんとなく確からしいって事で思い込んで暴走するのよ。


それで、そういうことはまずいから、そんな世の中を直しましょうとか言ってるわけじゃなくて、そういう風に世の中は出来ているということを踏まえた上で、人生を優位に進めましょう。


ということを説いてる本なわけ。


賛否両論あるのはあると思うけど、
そういう「それはなんか賛成できないとか」「言ってることはわかるけどモヤモヤする」という思いは持ったままで、ダーウィン先生の言うところの「適者生存」を思うと、賛成するかしないかは置いといて、利用しない手はないですよね。
ってのが趣旨かなぁと思うわけ。


それで、一旦その勘違いさせる力でたどり着いた場所で、のんびりできるかというとそんなこともなくて、そこでも、努力するとか実力つけるとかってことはあって、その上で、人生を回していくってことになるんじゃないかなぁと本を読みながら思ってました。


そうすると、最初に実力つけてって、、、なんか目が出ないわって言ってた人よりも何倍も力がついてて、いつのまにか追いつけないところに行っちゃったりしてるってわけだ。


にわかには信じられないけど、そんなもんなんだよね。



そこで重要なのは、それって自分の実力で出来たってことじゃない場合がほとんどだから、謙虚さを忘れないとか、自分のことについては、自分がとにかく勘違いしないようにしないといかんわけなんだな。
(他人を色眼鏡で見ないようにしようとかは無理だからね(笑))


ファクトフルネスとほぼ同時期に読むことになったこのご本なんだけど
この二つの本によって、「人はいかに勝手に勘違いして生きてるか」ってことに気が付かされたりするのよね。


これは、ちょっと驚いたというかなんというか。。。


まぁ、なんにせよ、「気がする」ってところがいかに怪しいのかってのを、嫌ってほどわかる感じの構成になっているので、知っていると知らないとでは大きく差がつきそうだねって話でした。


ご興味湧いちゃった方はぜひに読んでみてね。


あんまり教えたくない気持ちもするので、強いオススメはしないですけれどもね。


少なくとも私はどハマりして、何度も読み返しちゃってます!





author:ぷぅコッコ, category:ビジネス書感想, 09:06
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【徒然】言い方が嫌だと思う時
日本語はわかりすぎてつらいわって、たまに思うぷぅコッコです。


「あー、あの人の言い方気になるわー」
そんな時、大抵は嫉妬の感情が湧いてるとか、何か自分の中にできないことがあってあたかもそれを指摘されてるような気がしたり、ともすると人格を否定されてるような気がしてしまったり。


ここで、わかっていることは何か。


多分一つくらいしかない。


それって、嫉妬してるとか?
相手が私を攻撃しようとしてるってこと?
いやいや、私のことを思って言ってくれたのよ。


違う違う全部違います。


わかっていることは
「相手がなぜそういう言葉を選んで、言ったのかは、本人以外に誰もわからない。」
ということです。


想像するのは勝手です。


そもそもそういう喋りの人なんだ。
いやいや、きっと今日機嫌が悪かっただけだ。
ほんとは私のことが嫌いだ。
いえいえ、私のことを心底思って言ってくれたのだ。


そうそう、そうやって思って悩むのよ。


でも必要ないですね。それ。
彼か、彼女かわからないけど、彼らは、何か伝えたいことがあってその言葉を選んで私に話した。


ということ。
どーでもいいですが、相手が何を思っていったかはこちらには全くわからないことです。


なかなかできないですけど、
「言い方嫌だなぁ」と思ったら、まぁ、私にとってはなんか嫌なことがあるわけですよ。
それはそれで、「なんで嫌だと思ったのかなぁ」って、嫉妬な話の時も書いたけど、立ち止まるのね。


それで、相手の方について思うことだけど
何かいいこと、悪いことを探そうとするんじゃなくて。


「相手にも好きに私に喋っていい権利がある」と思ってみる。


何かをお願いして、
相手は嫌だと思った。
そしたら「嫌だと言っていい」んです。


こんなに丁寧に頼んだのに。
そんなに忙しいはずないのに。
そんなの関係ないんです。
断ってもいいし、どんな表現使ったって良いんです。


あ、それを受け入れろって話じゃないっすよ。


どんなに頑張っても変わりませんから。
そういう人とは、ちゃんと距離をとってください。


あなたのため思っていってるとは限らないってことです。


author:ぷぅコッコ, category:徒然, 16:20
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【徒然】考えるのやめればいいよ。
嫉妬の感情は醜いのか!?という疑問に一つの答えを!ぷぅコッコです。


嫉妬って、どうですか?


なんか、嫉妬してるとかってカッコ悪いですか?


女性の嫉妬
男性の嫉妬
質が違うそうです。


ぷぅねーさんがもうちょっと若い時の話ですけど、たいそう人間関係に悩んでいた時、ある先輩から言われたことです。


「それってさ、嫉妬されてるんじゃない?」


まじか?私は嫉妬の対象になるような人間と自分では思ってなかったので、ものすごく驚きました。私に嫉妬してるであろうと、想定されて方は男性でしたので、むしろわからない感じでしたわ(笑)


意識的になのか、無意識でやってたのかは知りませんけど、とにかく「嫉妬」で読み解くと、その人の行動が妙に納得いくものであり、私ではどうにもならない。要するに私が悩んでも無駄だということに気がついて、「あー、くだらねー」って気分になったのを思い出しました。


それで、御多分に洩れず、自分も嫉妬するんですよ。


すんごいくだらないことで。。。
「隣の芝生は青い」と言いますけれども、まぁー、隣の芝生だろうがなんだろうが、すげーよく見えるじゃない?


それこそ、「あの人の鼻が高いのが気に入らない!」レベルのしょうもない嫉妬に、今日も明日も襲われるんだな。


そうなると、もう、鼻だけが嫌だったのに、喋りが嫌だ、生き方が嫌だ、あの人だけ幸せでずるいだ何だかんだ。。。
探せばいくらでもですよ。


でも、そこで、賢明な大人なあなたは、思います!


「これは、もしかしたら嫉妬かもしれないわ!嫉妬するなんて、、、嫉妬するなんて、、、大人としてカッコ悪いじゃない!?醜いわよ!
嫉妬なんて、ダメ!
嫉妬禁止ってことにしよう!
よし、これを習慣に!!!」


おっ、素晴らしいですね。
嫉妬することをやめるわけですね。
そう、それをね、習慣に!
そして素敵な大人に!
いいじゃないですか、素敵じゃないですか。


あーでもさ、生体反応レベルの嫉妬って、大人だろうが子供だろうがあって、そんなの無意識に出てくるんだよね。


大人に至っては、子供の頃から競争に晒されて、無意識の中に常識という名で積み重ねた嫉妬のタネがわんさかあるわけ。


そういうことを感じさせたくないから、子供には競争をさせないように。。。
と、やっといて、社会に出るといきなり嫉妬の渦に。


競争しないなんて社会は実はないわけです。
いつから晒されても、それなりに傷つく人は傷つくし、嫉妬の感情も芽生えますよ。
そんなもん。


子供の競争の話はまた今度ってことにして。


とにかく大人で、嫉妬で、なんて、かっこ悪くて、なんか嫌だから。。。


嫉妬を感じることを「やめることにする」


それね、できないですよ。


有名な話ですけど、「ピンクの象を想像しないでください。」


あっ、いま、皆さん頭にピンクの象浮かんでますよね。
言われた瞬間にそうなっちゃうんだな。
ってことで、「しないようにする」ってのはそもそもできないんだな。


意識してできることなんて、無意識に進んでることに比べたら、全然無力だわよ。
と、打ちのめされるわけ。


それでも嫉妬したくないんですけど。


わかります!
それ、すごくわかります。
でも、無理です。


だから、なんかイライラしてる。。。
よくわからないけど、すごく嫉妬してるみたい!


ってわかった瞬間に「考えるのをやめます。」
考えるのをやめるってのは、実はできます。


え、でも、嫉妬の感情がなくならないんですけど。
そう、それは当たり前です。
嫉妬しようと「考えてる」んじゃなくて、嫉妬という感情、、、ほんとはもっと分解すると、悲しいとか、虚しいとかそういう感情をその瞬間に感じているんです。


だから「大人だから嫉妬するなんてやめなきゃ!」って考えるのを「やめます」


そして、いま感じてることを、味わってください。
全身で。
なんか気がつくと酸っぱい味がする。
手が冷たくなってる。
なんか惨めな感じがする。


そういうのを全部感じてください。


そこが入り口。


なので、最近は「あーこの人の声を聞くと、イライラするんだよなぁー、あぁこれ嫉妬か。。。」


と、思い当たった瞬間に、考えるのをやめて、ひとまず静かになってみる。


感じるって言われても、「感じる」がよーわからんっていう場合は、自分が呼吸してるなぁーってことに集中してみる。


椅子に深く腰掛けてるなぁ、腰が椅子にあたってるよ、とか、いま自分がどうなってるかを観察する。


などで、考えるのをやめます。


あ、こんな話をすると、嫉妬するのは所詮無意識だから受け入れろとかいうのかしら?と思うでしょ。


いや、できればそーすればいいけど


そもそも「しなきゃいけないこと」は存在しないので、なんというかな「あー嫉妬してると私はこうなるんダァ〜」って「わかるだけ」でいいんじゃないかなぁ〜。


「考えちゃダメ」も考えない。
「受け入れなきゃダメ」も考えない。


あー、そーかーって観察するだけ。


自席でうまくいかないなら、ちょっとトイレに立ってみるとか、そういうのを試してもいい。


今、この瞬間、考えるのをやめる。


そういうことね〜。


嫉妬の感情は醜いのか?ってのに答えを出すとしたら
醜いとかじゃなくて、「ある」ってだけだね〜。


もうちょっと感じ続けたら、さらに正体がわかるかもね〜。


ゆるーく生きましょうよ!


author:ぷぅコッコ, category:徒然, 14:16
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