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【徒然】万年筆でこころのさけびって話
実は、FBにある非公開の万年筆グループで、「#万年筆でこころのさけび」ってハッシュタグや、「#万年筆のある日常」というハッシュタグで、本や、名言などを日々ノート(ライフログ)に書き連ねています。



それは、私の今日に必要な言葉だったり、私が今日感じたことだったり。



もちろん非公開なので、グループに入ってない人は読むことができないんだけど、ブログにも公開しようかなぁって思います。



わたしのブログを楽しみにしてくださってる方に、お願いしたいです。



わたし、今年の初めはうじうじ悩んでましたけど、なんかもっと、自分のブログ育てたいなって思ったんですよね。



それを形にできるように、頑張ります!!



ってなわけで、感想、コメント、メッセージ!ぜひぜひ教えてください!
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 23:06
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【徒然】凡人であり、凡人でなし。英語なんて好きでもなし、嫌いでもなし。
英会話学校というのは、練習の場ですから、あくまでも基礎練習が大切です。

英語はツールですから、使えることに対して、好きも嫌いもないんです。


英作文は、お隣さんの真似っ子でいいじゃない?


一回聞いてわからない単語は、必ず辞書引くでしょ?
次に出てきた時もコミュニケーションするために。


日々の積み重ねが大切です。


毎日続けることが必要なんです。


単語は覚えて当たり前でしょ?


あーーーーーーー


日本にいる間、英語に悩んでいた。
真面目に勉強すれば、TOEIC、会社が必要とする点数、取れるはずでしょ?
必要とされる点数は730点

真面目に勉強すれば、きっと可能だろうとアメリカ帰りの上司が言ってた。

そう、対策すれば、、、 でも、そもそも対策ってなんだろう。
点数取らなきゃ、ダメなのか?
正直、その意味がわからない。
出世するために必要だった。
まー、そういう事情はもちろんあったけど、そんなの、私には重要じゃなかった。

勉強のための勉強みたいですごくイヤだった。
そんな風に勉強しても点数なんて上がらない。
当たり前だと思う。


TOEICをゲームか何かのように捉えて、おもしろがってできる人はいいと思う。でもさ、面白くなかった。


私には日本にいながら英語力を伸ばすことはできなかった。

その理由、今ならわかる。

生きる上で一ミリも必要なかった。


そもそも、日本人の前で英語を喋りたくなかった。。。



あーーーーー、、、、、
そんな過去がある。


「英語が苦手でも、TOEICで点が取れる」
ってなキャッチーな言葉を見るたびに憧れた。

ものすごく憧れた。

でも、今は思ってる。


苦手と、好きじゃないとか、関係ない。

これは、コミュニケーションするためのツールなんだよ。


台湾にいて、仕事をする。
ほんとは中国語のほうがいいんだろうけど、それはまだまだまだまだだから、会社では英語なの。


苦手だとか言ってられない。
いやっ、ネタとして言ってるけど、「ひどい風邪を引いたから、会社を休みます」って連絡ひとつするのに英語を使わなくちゃいけないの。


気取ってる暇も、恥ずかしがってる暇も、もはやない。


そして、そうやって、追い込まれないと、自分はやらないだろうなと思ってたけど、その通りだったなぁ。


珍しく自分のことがわかってるなって褒めてあげたい。自分を!


今だって、褒められた英語は喋ってないと思う。


でもそれでいいじゃん。


ここでは使わなくてはならないわけだから。


ここ数年ずっと思ってたことがある。
私はカリスマにはなれない。
普通の人
凡人なんだ。
でも、台湾にさくっと渡って仕事しちゃうとか、あんまり普通じゃなく聞こえる。

それでも私は凡人で、だけど凡人じゃない。


今は英語、好きでも嫌いでもない。
それこそ、中学校くらいの頃に、教科書で、「世界の人とコミュニケーションできるので、私は英語が好きです。」
みたいな結論には至らない。


でも、日本で某学園のことだけ報道される中、フランスの特派員が拾って、英語で流れてくる日本の閣議で決定されたことを読んで驚いたりする。


そこに気負いはない。


別に英語が好きなわけじゃないけど、気になる見出しだから読む。

ただそれだけ。


英語が好きですか?嫌いですか?って問いたて。。。
本当に好きじゃない。


だって、ツールだもん。

日本語のが100万倍好きだよ。

だって操れるもの。


好きじゃないけど、私の言いたいことを的確に伝えるために、必要だから、わかんない単語ノートに書いて、眺めるの。

次に出てきた時に、その彼の意図を汲むために!


次は私がその単語を話の中で自由に操れるように。


そういう環境を作らずに、英語を勉強するってのは、どういうことなんだろう。


私にはできないけど、他の人はできるのかも。


その意味だと、普通の人にもなれないのか。

変な感覚だなぁ。


そんなわけで、私はあしたも、英語で仕事をするらしい。






ちょっと、徒然にてしばらく思いの丈を書いてみようかなって思ってます。

やっぱり日本語書くのは楽しいからねぇ〜。

しみじみ、そう思う。
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 23:36
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【徒然】3月27日だけど27日じゃ無い時間
3月27日はさくらの日なんですって。


記念日リンク



本日、初めて知りました。
そして、今日は私の誕生日。



台湾はまだ27日だけど、日本はすでに28日。
このなんとも言えないハザマの時間がとてつもなく愛しいです。



今日は友人がこんな言葉をくれました。

「静かな中に気持ち沸き立つ楽しい出来事起きますよ」


気持ち沸き立つ楽しい出来事
は、きっと求めなくても降ってくる。
そんな気がしてます。



年度末、ちょっと来期の目標を考えようかなと、思いました。



ということで、今年も一年、ブログ読んでくださってありがとうございます。


また一年、少しでもお役に立てる記事を書けたら良いなと思います。



私のブログが皆様の気持ち沸き立つ楽しい出来事のきっかけとなりますように!


author:ぷぅコッコ, category:徒然, 23:45
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【読書】原因と結果の経済学


「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法



原因と結果の経済学
真実を見抜く思考法
と題されたこの本の大きな命題は
「相関関係と因果関係」の違いを正しく認識させることにあるようです。


この「相関関係と因果関係」と話
私は今から二十うん年前、高校の先生が口を酸っぱくして言っていたことを思い出します。


相関関係というのは、
見かけ上、「なんとなく同じ傾向がある」
けれども、その二つはどちらかを積極的に変化させた場合、その結果として、相手側が同様の傾向を示すという関係には「ない」ということを意味します。
つまり、二つの間に、関係はないってこと。


例えば、景気が上向いているときに、自社製品を売るために「広告をうった」すると、見かけ上、去年よりも売り上げがあがった。
という事実があったとして、
このとき、「広告をうったこと」と、「自社製品の売り上げが上がったこと」の関係は?

「相関関係」なのか?

それとも、広告をうったことが直接売り上げに寄与した?
「因果関係」があるのか?

もしくは、広告をうたなかったとしても、景気がいいので、売り上げは同程度に上がったのか?


広告には一定の投資が伴うのだから、もちろん効果が出てくれないことには意味がないし、もし、広告をうたなくても、売り上げが自動的に上がるような環境が揃っているなら、そもそもその投資分が「無駄じゃないか?」そんなことを思います。

いわゆる投資効率みたいなやつね。

じゃーその効率ってやつを知るために、「この投資、この場合は広告がどれほど売り上げに寄与するのか?」ということを知るためには、どんなデータを取ればいいのか?

もしくはすでにある過去のデータから「正しく」広告の効果を示すためにはどうすれば良いのか?


そんなことを丁寧に教えてくれている構成になっています。


ざっくり読んだ感想として、なんとなくエンジニアの端くれにいる私としては、「そりゃそーよね、当たり前じゃない?」と思うことも、実験の前提としてあるわけだったりします。


だけれども、これが「人に関わること」になると、じつに難しい。


実験の手法、やり方は一緒でも、
例えば「喫煙における肺がんの発生率」を喫煙の有無で差があるかどうか?
ということが知りたいとして、
ランダムに人をピックアップして、
「あなたは、喫煙してください。」
「あなたは、喫煙しないでください。」
と言って、好きに選別し、肺がんが起こるかどうか?それを比率にして直接比較するという実験データを取ることは「できない」のですよ。


人をランダムにピックアップして、実験することはできないんです。

人は一人一人、統計上の数字ではなく、生きておるわけで、そんなことに進んで参加してくれる人はまーまーいないわけね。


そこがものすごく難しい。


では、今あるデータから「なんとなくそうっぽい」ものは、事実として正しいのか?と言われると、実はそんなこともない。


その関係は「相関関係」なのか?それとも原因と結果のはっきりした「因果関係」がそこにあるのか?手持ちのコマから証明しなくてはいけない。


そんな検証が絶対的に必須です。
ということを説いているのです。


何かの施策を行なったとして、それがどんな効果があったのか?もしくはなかったのかということを「正しく」検証するというのは、かくも大変かと。。。


高校時代、証明問題に苦しめられた私としては苦々しい思いがしたんですね。


さて、今の時代はビッグデータだ、AIだといろんな技術、技法が増えてきて、「なんとなく確からしい」けれども、全く因果関係がない、つまり、周りの環境が変わってしまったら、同じことをやっても同じ結果が得られる保証がないということは実はめちゃくちゃいっぱいあるんだけど、この「なんとなく確からしい」がすごく危険なんだよね。


そこをもう一段、掘り下げて、「これは本当に因果関係があるのか?」を考える癖をつけるというのが、本書の狙いなのではないかと思ったりしてます。


重要なことだけど、なかなかできないよね。


こういう社会実験ではなくて、通常の科学実験やらなんやらですと、一生懸命に「これと、これの因果関係を明らかにして」なんてことが染み付いてるはずなのに、こと、自分の生活になってみたりするとすっかりそんなことは忘れて、「なんとなく確からしい」と思うことに踊らされていることなんて、いくらでもあるなぁと、本を読みながら「いたたたたた」と思ったのです。


例えば、うちの息子さんたちは、「ゆとり教育」が終わってから学校に入った世代なので、自分たちが勉強した頃とあまり大きく違いもないくらいには勉強させられております。


ゆとり教育が終わったと知って、自分の子はゆとり教育じゃないと知った時、正直、「良かったなぁ〜」と思ったんです。


でもね、とかく「ゆとりはダメだ」みたいな論調しか世間にはないんだけど、そんな壮大な社会実験みたいなことをしておきながら、「ゆとり教育」によって得られた「正の遺産」に関する検証はなされていないよなぁと思うんですよね。

本当は効果があるはずでしょ?


それは必ずしも学力で測れることじゃないかもしれないけど。


そんな風に、せっかくデータはあるのに、検証は?
と、思う時、相関関係に惑わされることなく、正しい答えを導き出すのは、簡単ではないよね〜と思う。


そして、仮に正しく検証したとして、社会全体としては、よくなることが証明された施策だとしても、それらの恩恵を個人として受けられるかどうかは、また別の話しだったりする。


みんなが幸せになる方法ってのはなかなかに難しい。


それでも、「より多くの人を今よりも良くする」ということは、できるのかなって思ったり。


つくづく、簡単ではないなと。


それでも、逃げちゃダメよね。


少なくとも、今言われていることは、「本当にそんな関係にあるのかしら?」と疑ってみるってのがこの話の入り口かもね。


頭の体操みたいな感じで、オススメの一冊でした。


今更ながら、「相関関係と因果関係って、言葉は知ってるけど、意味がよくわからないのよねぇ〜」って方!
必読です!!












author:ぷぅコッコ, category:ビジネス書感想, 20:30
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【徒然】成長とか成長しないこととか
きっと成長というのはいろんな毎日をこなすことで、ジリジリと伸びていくということと、それとは別にいきなり、強い刺激によってショックを受け、それを乗り越えることで、グッと伸びるってことがある。



それって、人生を進んで、生きている間中ずっと続くものなんだろうと思う。



日々はびっくりする事の連続だけど、その先にしか、答えはないのかもねぇ。



3月11日という日にとても感慨深いなぁと、しみじみ思うのでした。
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 08:45
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【読書】自分を責めずにはいられない人


自分を責めずにはいられない人 PHP新書



「罪悪感」という言葉
とても胸に刺さります。


いつもなんとなく「罪悪感」がついて歩くんですね。

何かうまくいかないことがあると、「自分のせいじゃないか?」
ってね。

もっと若い頃というか、小さい頃はいろんなトラウマからなのか、いい子でいれば褒められるからなのか、まぁ、原因はいろいろあるけど、何かうまくいかないことは「全部、自分に関係があって、自分が頑張らないからうまくいかないんじゃ?」なんて思ったことも。

誰かとコミュニケーションをとって、自分が思っているように「何かをしてもらう」、とか、コミュニケーションして意見を擦り合わせて、自分も相手に促されて、「妥協点を見つける」みたいな作業というのは、物凄く楽じゃないんですね。

もしも、自分で全てできるなら、それが楽に決まってるわけです。

でも、他に人が一人でもいれば、そうはいかない。

んでもって、協力してもらうってなことになれば、ますます大変。


そんな対人関係を思う時、何かうまくいかないのは、「自分のせいじゃないか?」って思ってしまうことがあるわけです。

これは対人関係だけに限らずに、自分として目標が達成できないような時にも起こって、いつもイライラを抱えているような気がするんですね。


それで、本書を開くと、「罪悪感というのはある程度誰にでもあるもので、それ自体が悪いのではなく、それを無意味にずっと持ち続けてしまうところに問題がある。」といったことが書かれているんです。


あー、確かにね。


明らかに自分がやらかしたことに対して、「罪悪感」を抱くのは普通のこと。

だけど、朝電車に乗って、目の前で化粧してるお嬢さんが眉毛を描いてる時に、いつも電車が揺れるところに差し掛かり、お嬢さんの眉毛が歌舞伎調の変な形になって、お嬢さんがイライラしていたとしても、それは私のせいではないわけ。

それは当たり前だけど、
実は、「そこは揺れるって毎日乗ってる自分は知ってた」わけで、教えてあげたら、あのタイミングで眉を書かなかっただろうとか。。。

いやいや、そうだとしても、それは自分のせいではないので、罪悪感を感じる必要はないわけなんだな。


そんな人いないっしょ?
って思うけど、追い詰められたり、日々が罪悪感だらけになると、そんなことも起こっちゃったりするかも。


そんなちょっとちょっとの罪悪感を日々、払拭していくというか、対応していく必要があるわけなのよね。



それで、本書を開くと、「罪悪感」を感じがちなシチュエーションや、鬱にまで発展するような「罪悪感」の実例がいくつも取り上げられているのです。


それ自体は、別にあまり珍しくもないというか、端的に、幼少期に毒親っぽい人に育てられたせいだとか、完璧主義が問題だ、とか、いろいろ出てくるんですけど、読みながら「まーそうよね。」って思うわけです。


そこは、とりたてて何か言うこともないけど、実は本書のポイントは第5章 罪悪感との向き合い方以降にある気がしてます。


この中で、自分の中にはどんな「罪悪感があるのか?」と言うのを明らかにしていくというか、気がつくためのステップがあるんですね。


ちょっと引用しますね。


罪悪感に気づいたら、次は自分が何について罪悪感を覚えているのか突き止めなければならない。罪悪感の内容をできるだけ分析することによって、必要な距離を置けるようになり、罪悪感に圧倒されずに済むはずだ。
そのために、自分自身に投げかけてみるべき質問を列挙しよう。

1.何のことで私は自分を責めているのだろうか?
2. どういう「落ち度」が私にあったのだろうか?
3.周囲の人も私を責めているのだろうか?それとも、自分で自分を責めているだけなのだろうか?
4.誰かを裏切るようなことを私はしただろうか?
5.もっと別の言い方やふるまい方を私はするべきだったのだろうか?
6.だとすれば、そういうふうに私がしなかった、あるいはできなかったのはなぜだろうか?
7.私は何を恐れているのだろうか?うまくやれなかったことだろうか、それとも他人に不快な思いをさせたことだろうか?

というふうに。



ここを読んで、早速、これを普段使ってるノートに書いてみたりして。


私のことを分析するなら、他人に対する要らぬ「罪悪感」と自分ができないことに対する要らぬ「罪悪感」というのがありまして、それって、ひとえに、完璧主義が祟ってるわけです。


いや、頭では完璧なんて無理!
と、思いつつも、「理想の私」はもっともっとすごい人で、もっともっといろいろできちゃうはずだ、と!

それと、現実とのギャップは「私の頑張りが足りないからだ」と思ったりしちゃうわけです。


でもね、そもそも「私は完璧なのか?」「その理想の私とやらは果たして現実に即した目標なのか?」そんなことを思う時、本書の表現を借りれば、随分と傲慢だというわけです。


あっ、確かにね。


「私って、そんなにすごいやつでもないじゃん!」ってのを、まず認めるところからいかないとダメなんだよね。


これね、書いてみると、簡単なことのようだけど、実は私は何年もこんなことと戦い続けているんです。


「私はもっとできるはずじゃないか?」からの「罪悪感」

そんなこと思わなくても、「十分やってるよ!!」って人に言ってもらってもダメなのよ。


自分で認めて、自分で修正しないと。


そういうことを認識させてもらうという意味で、私にはすごく意味のある読書だったなと、思っています。


万人にオススメするわけではないですが、言い知れぬ私のような「罪悪感」に悩んでいる方は、誰にお知らせする必要もないので、こっそり手にとってみてくださいませ。


もしかしたら、無意識にうまくいかなかったいろんなことに少し光をさしてくれるかもしれませんよ。





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author:ぷぅコッコ, category:ビジネス書感想, 06:26
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【読書】脳を創る読書
脳を創る読書 (じっぴコンパクト文庫)



FBの本好きさんが集まるグループにて、紹介されていたご本です。
いやー、紹介文がめちゃめちゃそそる感じで、即買いです。


ご本は言語脳科学者の酒井邦嘉さんによって書かれておりまして、なんていうか、これまでには見たことのない視点で最初の部分が展開されているんですね。


日本語と、例えば英語とか中国語の違いにはフォーカスしてしまうことが多いけど、このご本では、類似点について述べられてるんです。


そこが言語学というか、人が言語を操るということに対して共通のところだと思うんですけど、この話が実に興味深い!これはぜひ、本書で味わっていただきたいと思っています。


さて、昨今、電子書籍というものがかなり普及してきまして、ものすごく便利ですよね。私のカバンにもKindleが突っ込んでありまして、いつでも読めるようになってます。


なってますけど、紙の本を読んじゃうんだよね。


それって紙の本で得られるべき情報が実は抜け落ちている場合もあることがポイントなのかもと、このご本を読みながら、ちょっと思っちゃいました。


紙の本を開くように自然に!
ってのを目指さなくてもいいような気がしちゃいますけど、実のところ人はその紙の本の、紙の質感、フォント、使われてる漢字の違い、本自体の重み、厚さなど、一見どうでもいいような情報も、一緒に感じ取って読書してるもんなんですよ。


そう、電子書籍に感じる違和感ってそんなところなのかも。


このご本では、電子書籍が普及しても紙の本は死なないと言っているわけですが、それは、感情的なことではなく、先にあげた情報などからの脳への刺激を考えた時に、そう感じるということなんですね。


例えばですけど、
Kindleで読書をする時に、本ごとに重さが違っていたら?
ってなことを妄想してみます。
これは、本を開いた時に、何かスイッチがあって、押した瞬間にその本の重さがかかるみたいな一見全くもって無駄な仕組みがあったとして、どんどん読んでいくと軽くなるみたいなシステムとかかな?
実感として、自分がどれだけ読んだかがわかるみたいなシステムですかね。


作ろうと思えば作れるわけです。


でも、それって無駄でしょ?

だけど、その無駄なことが、実は、「脳を創る」というか、脳を刺激する一助かもしれないってことなのね。



そう考えると、今の電子書籍の延長に、紙を駆逐する能力が芽生えるとは思えない。だから、人は紙の本を捨てない!っていう理論も成り立つし、逆に、電子書籍というものの視点が変わって、作りが変わると、もしかしたら紙の本を凌駕するほどの創造性を発揮してくれるかもしれないよね。


VR的な感じなのかなぁ〜?


ま、そんな思いに身をまかせることができるご本だったです。


さて、著者さんは紙の本と電子書籍の違いだけでなく、読書するということ自体にも言及されています。


読書を通して想像力を培うことができれば、言語能力も同時に鍛えられる。すると、言語能力に裏打ちされた思考力が確かなものになる。これが本書の「脳を創る」という意味である。



一見、普通のことを言っているように見えるんですけど、本書を読み進んだ上で、この言葉にであうと、妙に納得してしまうんですよ。


ぜひ、その辺り実際にご本を読んで体験していただければと思っています。


さて、電子書籍の進む道というか、電子書籍と教育ということを考えた時、著者さんは、この想像力を養うという意味での読書にかんして、今の電子書籍の教科書化などに疑問を呈しています。


あきらかに、紙の本で得られていた、目に見えない「想像させる余地」を削ぎ落とした、退化する方向だと、はっきり述べているわけです。


このまま、進むんだと、確かに著者さんのいう通りかと思いますね。

ただ、いろいろなものの形態は、時代時代で変わりゆくもので、子供達の世代ではまた新しい技術によって、その想像力を培える方法に読書などが進んでいくんじゃないかと、ちょっと期待もしています。


いずれにしても著者さんの考え方には、「一読の価値がある」と感じたのでした。


新たな問題というか、命題を提示されたような感じで、実に楽しい読書でした。


ぜひ、息子(小学6年生)に読ませようって思うのです。


特に読書家の皆様、興味深いと思いますので、ぜひ、まずはチラ見してみてくださいませ。











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author:ぷぅコッコ, category:ビジネス書感想, 06:29
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【徒然】ステージが変わると言う表現にひどく戸惑うが、実はそんなもん!って話
その昔、抜擢される人の人脈力 早回しで成長する人のセオリーという本を読んだ時のこと、その中に出てくる「ステージが変わる」という表現。


要するに自分が何かに向かって走ったら、今いる場所の居心地が悪くなって、また新しい自分を受け入れてくれる場所に居場所が変わるという感じかな?


付き合ってた友達なんかが変わりますよ〜って話ね。


それを本の中だったか、ご本人が実施されたセミナーだったかは忘れたけど、なんとなく「上下の関係」のように表現された気がして、ひどく戸惑ったのを覚えています。


必死にやっていくと、やがて私は何やらクラスが上になって、その時友達だった誰かはおいてきぼりになっちゃうのかな。


そんなのやだなぁ〜


一方で、やっぱり離れていく人もいるよね。
私は来る人も拒まないし、去る人も追わない。


そんなスタンスでいいかなぁ?自分からわざわざアプローチしなくても、自然に。。。


と思ってたけど、自分からやっぱり去らないとダメだってことも、ゼロではないんだよね。



たいていの場合は静かにフェードアウトだけどね。



なんとなく、そーいう訳にいかないこともある。


じゃーそれは、自分の「ステージ」ってのが「上がった」ことによって生じているか?というと、それはちょっと違うと思うんだよね。


アドラー心理学で言うところの同じ平面をみんな歩いているから、きっと上下はなくて、前後なんだよ。


ある時、歩幅が一緒かな?って思った人と、少しずつずれて、また薄い関係に戻るというか、自分の足で、自分のペースでお互い歩いていくだけのことですわね。これ。


その歩幅を無理やり合わせようとしたりすると、自分に無理が生じて、「イヤだなぁ」ってことになってしまう。


そんなことなのかなぁ。


いいかなぁ〜と思うものと歩幅を合わせてみる。


近づきたくて、近づきたくて、一生懸命歩いてみる。


そうするとそれが自分の歩幅になってくる。


そうすると、今度は今までの歩幅であっていた人たちと、だんだん歩幅が合わなくなる。


でも、それでいいんじゃないかなぁ〜。


それが本来言うところの
「ステージ」
ってやつなのかもしれないけど、
私はあえて、歩幅って表現したいかな。


また、同じ歩幅になるかもしれないし
同じ歩幅で歩いていても、接点がないか可能性は十分にある。


でも、人とが人生とかってそんなことじゃない?
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 06:37
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【万年筆ことはじめ】2017年8回目 変わりカクノのハナシ(くまモンカクノを入手したよ)
万年筆ことはじめ
です!


今日はちょっと脱線して、変わりカクノの話!


くまモンカクノってのが売ってるんですね。


前回、日本に帰った時に、探してもないかも!?(人気と聞いていたので)と思っていたところ、なんと最後に出逢いまして、購入して帰ってきました。


一応、今後、このブログにも登場していただけるように、ニブはMを選択しています!!


そんなわけで、くまモン好きの皆さん、くまモンカクノで万年筆はじめませんか?

















両方のいろ買ってあえて、黒キャップ×黒で渋く使って方もいらっしゃるそうですよ。


いろんな楽しみ方がありますね〜
author:ぷぅコッコ, category:万年筆ことはじめ(万年筆初めてサン向け), 21:58
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【読書】今日一日がちいさな一生


今日一日がちいさな一生





こちらのご本は、あさ出版様にいただきました。


このご本が出来上がるきっかけを、友達がFBで紹介しているのを読みました。

ご本の著書さんは、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、心療内科医の海原純子さんです。


ある新聞で担当されている人生相談に届いた高校生からの手紙。

東日本大震災の日
彼女はおばあさまと一緒に逃げていたそうです。
おばあさまは途中で歩けなくなります、おぶろうとする相談者である高校生の背中には決して乗らず「行け、行け」と背中を押したそうです。

そしてその彼女はおばあさまに押されるままに逃げて、数日後、お祖母様は遺体で見つかります。

気品があって、優しく憧れだったお祖母様は、まるで魚市場の魚のように転がされ、人間としての尊厳などどこにもない姿であったと。

あの時、おぶって逃げなかった自分を未だ許せずにいると言うのです。


どんな慰めも聞き入れてもらえないような深い悩みに、海原さんは、おばあさまの意思を感じ、相談者に答えます。


「たとえ人はどんな姿になろうとも、外見で失われない尊厳を持っていること、おばあさまは凛とした誇りを持って生をまっとうされ、生き方の伝達をされたこと、そして、その生き方や素晴らしさは、彼女の心の中で受け継がれ、生き続けている。」と。


もっと詳しく書かれていたと思うけど、これを読んだ時、ひどく心を打たれたことを思い出します。


「この人の言葉を本にすべきだ!」


と感じた編集者さんの気持ちにひどく共感したものです。


きっと上のようなの相談を、もしも自分が受けたなら、「おばあさまはあなたに生きて欲しいと背中を押したんだよ。」と、そのことに「責任を感じる必要はないんだよ。」と伝えるだろうと思う。


でも、そんなこと、相手もわかっているんだと思う。


そこで、自分にとってかけがえのない、素晴らしいおばあさまが、まるでもののように扱われていることの方に、もしかしたら悩みの重きが置かれているかもしれない高校生の悩みに寄り添えなければ、この高校生はずっとずっと悩み続けたかも知らない。


彼女はきっと、自分が知る素晴らしいおばあさまを他の人にも認めて欲しかったんだと、そんな心があったんじゃないかと思う。


高校生の気持ちが、この回答でどう変わったのかはわからないけど、この話をFB上で読みながら、私も、「この人が書いた本が読みたい」と強く願ったのを今でも忘れることができません。


でも、ご本を頂いた後、強烈に読みたい気持ちと一緒に、どのページを開いても「号泣まつり」なんじゃないかと、ドキドキして、すぐに読み出すことができなかったんです。


そう、私の読書時間は、台湾新幹線の通勤時間です。


そんな時間に号泣し、会社で仕事。。。
考えただけで、アリエナイな。。。
と思って、しばらく開かなかったんですね。



それでも、読みたくて、読みたくて。


変な葛藤ですよね。


開いて読み始めると、先に書いたコラムが一番最初で、その後、ずっとこんな感じで東日本大震災の被災などに関する悩みが続くのかと思いきや、全然違いましたね。


そういう客観的に見られること。


こう言ってはなんですが、他の人の大変な話というのは非常に客観的に、答えを出そうとするもので、なんというか、感情移入はするけど、やっぱり最後で「自分のことではない」というのが最後の砦なような気がしてしまうんですね。


東日本大震災だけに限らないけど、例えば発展途上国の子供のこととか、同情し、感情移入するけど、どこかで「私とは違う」と思ってるんだね。無意識に。


号泣するだろうとおもいつつも、「この本はきっと他の人の悩みの話だから大丈夫だ!」って、何が大丈夫かってのはうまく説明できないけど、私の気持ちが揺さぶられることはないんじゃないかと思ってたんですね。


でもその、期待のようなものは、ものすごく良い意味で裏切られます。



海原さんは、ちょうど私の先輩か、その少し上くらいの世代だと思うんだけど、これから先、出会うであろう「自分」の悩みであったり、日々モヤモヤとしていることを言い当てられているようで、しかもその優しく鋭い語り口に心を鷲掴みにされました。


精神科医の先生が書かれた本も、いわゆるお医者さんが書かれた本もいくつか読みましたけど、そのどれとも違う、なんとも「女性らしい」感覚を受けるご本って、初めて出会った気がするんですよね。


うーん、うまく言えないんだけど、例えば自己肯定することにより、いろんなことがうまくいくというか、むしろ自己と向き合って自己肯定しないと、前には進めない場合も往往にしてあると思っていて、それらを題材にした本を読むと、「自己肯定することによって克服できることがある」と。。。「自分はそのまま認められる存在である」とかね。。。言ってることはわかるし、そうなんだけど、なんか違和感があって、なんていうか、「そんな大それたモンではないんだよ。」と言いたくなる。

それを先に伝えていなくても、「わかってくれてる」ような優しいそれでいて、しっかりとした語り口がとても心地よく、なんかすごく参考になるというか、すごく「良かった」んだよね。


そんな読み方をすると、号泣することなく、それでいて心はジンワリと暖かくなるようなそんな読書時間になったんですね。


それは、何が大きな出来事があって傷ついた人を「客観的に見れば」大変だよね!ってのがわかるのに、隣に座って仕事してる人がものすごく辛い思いをしてても、わからないんだなよっていう、誰しもが私とは違うけど、私と同じように、もしくはそれ以上に辛い思いを乗り越えて生きているんだということに、思い到らせてくれるという、とても不思議な体験。



誰しも、「隣の芝は青い」ものなんだけど、その「芝を青く保つため」には人知れぬ努力があり、苦しみがあることを想像できないといけないんだよね。



そういうことに、思いを「自然」と至らせてくれる素敵なご本だったなと思うのです。



この本は是非、とくに女性に読んでもらいたいな。

素敵な先輩からのエールを優しい言葉の中に感じることができるとおもいますよ。


少なくとも、この本によって私の海原さんへの気持ちはちょっと変化があったなぁ、今までももちろん美人で素敵だったんだけど、そういうことじゃなくて、素敵な素敵な人生の先輩なんだなと。
このご本読めて良かった。





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author:ぷぅコッコ, category:ビジネス書感想, 11:30
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