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【徒然】気が置けないということ
ふと、思い立って、プレゼントしたくなることないですか?


お世話になってるからとか、なんか持ってった方がいいかなぁとか、慣習だとか、まぁ、いろんなプレゼントの形は有ると思うんだよね。


それはそれでいいと思うんだけど、なんか自然とあげたくなっちゃう人がいるんだよ。


もちろんお世話にもなってるし、いろいろよくしてもらってるんだよね〜ってのはあるけど、その人たちの顔を思い出し、喜んでくれるんじゃないか?しか考えてない。


そんなプレゼント。


そんなプレゼントを渡したくなるような友達と会う。


その時に、「あっ、最近、めちゃめちゃお世話になってる方になにもしてないや」って思い出したりして。
それはそれで、その人を思い浮かべながら、思い出させてもらったことに感謝しながら、またプレゼントを選んでみたり。



そうやって、プレゼントを渡したくなるなる友達と会うと、すごくエネルギーをもらえたりする。


なんの力なのかわからないけど、自分の中の、凝り固まっていた部分がほぐされているのを感じるんだね。


一緒に食べたご飯が美味しかった
話した話が面白かった


そういうこともあるのかもしれないけど、そうじゃなくて、
いろんなことが
「楽しかったなぁ」
って、思うのではなくて、そう感じる。


それこそ、帰りの電車でふと、自分のことでもないのに、スッゲー幸せ
って思ったり。


そんな瞬間に思う。


あー、これだ!
これが「気が置けない」ってやつだ!


そういうことに気が付けるって、実はとっても贅沢なことなのかもねって思ったりね。


自分の感情が「楽しい」とか「ホッとする」ってのをもっと大切にしなくちゃいけないなぁーとかね。
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 23:03
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【万年筆初心者さん向け】太字をはじめたい方へペリカーノJr.のススメ3
ペリカーノJrってそんなに太字じゃなくない?ぷぅコッコです。


そうなの、そんなに太くないよ。
ぶっちゃけ。


ニブもAだし。
このAってのは初心者さん向けで、M(中字)相当の太さだけど、ちょびっと許容範囲が広いのよね。


ということで、多少持ち方がひねり気味でも楽しく書けるってのを特徴にしています。


さて、なんで、このペリカーノJr.を初心者さんは太字用としてススめるのか?ってことなんだけど、この写真を見てみてね。





ペリカーノは書き癖を矯正できるように、指を当てる場所が作られてる万年筆なの。


この場所に当てて書いてみると、ちょっと違和感ある人もいると思うのよね。


そもそも万年筆は持ってるけどひねって書いちゃってたり。


別にひねって書くのが悪いってわけじゃないけど、特に太字になると、インクが供給されるべきペン先の切り割の部分が紙に当たらなかったりするんだね。


そうすると、インクが出てこないから、すごくストレス。


一回でもインクが出てしまうと、インクというのは流れ出してくれるので書ける感じというかインクが供給されて書けるようになる場合もある。


でも、だからひねって書いちゃう人でも、最初のその辺りがつかめれば問題ないんだけど、実際どうなのか?感覚が?とか言われてもわからないよね。


だから、このペリカーノJr.で当てるべき場所に指を置いて書いてみると、おや、簡単に書けるよ。


そして、その感覚になれたら他の万年筆でもできるようになるっていうわけなんだね。


ちなみにこれは入門編な感じなので、万年筆を使っていくと、書きやすい角度とか変わってくるのね。


ちなみにぷぅコッコさんがペリカーノJr.で今、今、書くならこんな感じの場所を持ってます。





全然指ちゃんと置いてないじゃんって?そうなんです。だって、後ろで持ったほうが書きやすいんだもん。


それでも、練習しましたおかげさまで、ちゃーんと、紙にペン先の当てるべき場所のが当たるってわけなのね〜。


そのうちそんな場所は手が覚えてくれちゃうので、まーまー大丈夫なんだよ。



ってことはあるけど、よくわからないし、うまくかけないし、なんか私ひねって書いてるかしら?なんて悩みがあるようなら、ペリカーノJr.で

「ここをもって書くのかぁー」

って体験をしてほしいなって思います。


めくるめく、万年筆の世界はすぐそこですから!
金ペンとかお金を出して買っちゃう前に、ペリカーノJr.で練習してみてはどうかしらん?


author:ぷぅコッコ, category:万年筆ことはじめ(万年筆初めてサン向け), 17:42
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【徒然】泣きたかったのか、私は。
ブログ更新してないなぁ〜ぷぅコッコです。


ネガティブでもないんだけど、ネガティブっぽいネタを書いて、シェアするとみんなに心配されちゃうなぁ、と思ったりしてます。


まぁ、それで書けないというより忙しすぎて、書けなかったというのもあるかなと思ったりしてます。


それは置いといて。


今日、FBを見てたら、高校時代からの友人、いやいや、友人というよりもソウルメイトのような人なんだよね。その子は。


だって、高校時代から知ってる友達で、しかも1人目の息子を取り上げてくれた人ですからね。


息子からしたら第二の母ですよ。
まー、そんなこと刷り込んだことはないけどね(笑)


その彼女がブログを最近はじめて、記事をアップしてFBでシェアしてくれたんだよね。


彼女が助産師さんになった理由。



昔、そう、高校の頃から、彼女の夢が助産師さんで、それに向かって努力というか、全てが、彼女の全てがそれに向かっていたように思うんだよね。


少なくとも私はそう思ってた。


だから、、、だけじゃないけど、自分が妊婦になったとき、彼女に我が子を取り上げて欲しいと思ったのよね。


私の記憶にある彼女の顔はいつも、本当にいつも笑っていて、本当にそれしか思い出せないんだな。


どちらかというとネガティブ満開な高校時代の私から思うと、なんとも、大変なこともあるだろうにってのが想像できないくらい、パワフルでいつも笑ってる人だったの。


その彼女が高校時代に助産師さんになろうとした理由は、私にとってあまりにも衝撃で、その場で号泣。よんだ途端に号泣だった。


あの笑って、いつも笑っていて、励ましてくれていた彼女は、きっとその当時、誰に相談することもせずに、決断して、1人抱えて、でもそれを誰に見せることもなく、ずっと笑ってくれていたんだなぁ。


そんなこと、一ミリも知らなかった。


こういう話を書くと、「水臭いなぁ〜言ってくれればよかったのに〜」なんて思ったのかしら、ぷぅコッコさん?なんてことを思う方もいるかもしれないけど、そういうことじゃないのよね。


なんと言ったらいいかな。


彼女が抱えていた問題は、そんな気軽に話せることでもなく、今、それらをシェアすることは、きっと彼女が、これから人生でやっていきたい活動にきっとプラスになると思って書いてくれたことだと思うんだよね。


私は、彼女の笑顔しか思い出さないって書いたけど、たしかにいろんなことはあるけど、きっときっと幸せなんだと思い込んでたんだよね。
(いや、実際、不幸だったわけではないと思うけど。)


自分の尺度で、「幸せそうだなぁ」って。


助産師さんになるって話だって高校時代に聞いたと思うけど、「将来、なりたいものをちゃんと見据えてて偉いなぁ」くらいなことしか思ってなかったんだと思う。


まー、過去のことで、記憶も私のいいように改ざんされてますから、ほんとんところはどうかわかりませんが、少なくともそんなイメージを持ってたと思う。



時は過ぎて
もうだいぶ大人になって、それでもウジウジしてる頃。
いやいや、実は今でもウジウジしてるかもしれない。まぁ、それは置いといて、そんな頃。


今ではとても好きな名言に出会ったのよね。


あっ、ちなみに、好きな名言は他にもいっぱいあるけどね。


Be kind, for everyone you meet is fighting a harder battle.


親切にしなさい。あなたが会う人はみんな、厳しい闘いをしているのだから。


プラトン


出会う人がみんな厳しい闘いをしてるなんて、想像もしてないし、できない高校時代だったというわけ。


なんなら、私はちょっぴり不幸で、みんなは私よりちょっぴり幸せみたいなね。


それでも現実には、みんな厳しい闘いをしているんだよ。



それで、そのFBの投稿に、すかさずコメントをしたのよね。


そのコメントにすぐに彼女は返してくれたの。
長らく会ってなかったので、会いたいよねって言ってくれる彼女は、コメントの最後に


「(ぷぅコッコさんからも話聞きたい。ぷぅコッコさんも)いろいろ頑張ってきたじゃん」


と、書いてくれたのよ。


また、号泣ですよ。
ほんとね、彼女のブログも、コメントも会社で読んだもんだんだから、号泣も、会社でですよ。


トイレに駆け込んで、トイレットペーパーで涙を拭うというね。


そんなに涙を流したら、なんというか、目も真っ赤になるわけで、誰にも聞かれなかったけど、聞かれたら
「ひどいかすみ目で涙が」
って言おうって、言い訳を考えたくらいだよ。


どーなってんだか。


「いろいろ頑張ってきたじゃん」


そう、ここのところ日本に戻ってから、いや、戻る前もだけど、有形無形に頑張ってきたのよ。


人様の評価は置いといて、自分としてはそうなのよ。


でも、そういうのブログには書けなかった。


いや、まぁ、書けばなんというかな、役に立つこともあるかなと思ったりもするんだけど、これ。


実際にはそんなにうまくいかないなってね。


それで、そういうの気がついてくれてる人も実はいっぱいいて、ほんとありがたいなって思う。
そうかと思うと、今回の彼女のブログじゃないけど、とても近しいソウルメイトなのに気がつかないことがあって、などなど、心の中はぐちゃぐちゃで、涙が止まらないのよ。本当に。
その時、「はたと気がついた」のよね。


私、多分、ずっと、泣きたかったんだなぁって。


そして、そのきっかけをもらった。



それ以外にも思いはたっくさんあるけど、その涙で、その自分から流れ落ちる涙で、ここんところ数ヶ月のなにか、何かにもならない、いろんなものが落ちていったなぁって。


ぶっちゃけ、泣きセラピーしたいですわってくらいてんてこ舞いだったんだけど、これね、なかなか1人だと泣けないのよね。


裏を返すと、そんぐらい疲弊してるのね。


泣くのもこれでいて、パワー要るからね!うん。


そんなことを思っていると、まぁ、そうなのよ。


遠くにいても、なにをしててもやっぱり彼女はソウルメイトで、私の中では、どんなことがあっても、パワフルでいつも笑って、太陽みたいな人だなぁって改めて思ったのよね。


そんな彼女に!
「いつもいつもありがとう!私はあなたをずっとずっと応援してるよ!」


と、ブログで伝えてみる。


そして、ブログ読んで、ぷぅコッコさん、大丈夫って聞きたかったって皆さんに。


「いつもいつも本当にありがとう、また、私のシェアできることを増やすので待っててね!」

と、書いてみたりする。


会社でやるとかなりかっこ悪いけど、泣けてよかった!


みんなみんなありがとう!!

author:ぷぅコッコ, category:徒然, 17:49
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【徒然】ポジティブシンキングじゃなくてポジティブリアクションを
変なものを食べて、腹を壊してるぷぅコッコです。


お腹が壊れた変なものの話はまた今度。
食べ物に過敏になっちゃってるのよ。これ。


さて、先日SNSを見ていたら、友達がこんな言葉をシェアしてくれました。




いいね、いいことが書いてある。


その中で、ポジティブシンキングじゃなくてもポジティブリアクションで!

ってのがあるでしょう。


これ、すごくいいよね。


体調が悪くなると、まぁ、その理由を求めるかのようにネガティブシンキングになっちゃう癖があるのよね。


そんな日は笑顔になれない。


いやいや、具合も悪いし、笑顔とか言ってる場合じゃない。


そんな時に限って、あれもこれもどれもそれも、やらなきゃいけないのよ。


そうだ、そんなこと考えてないで、手を動かさなきゃ。
ってか、頭とお腹が激痛なんですが。。。


って脂汗を流しながら仕事したりするのはちと違うよね。


そう、どうして、具合悪くなっちゃったかとかに思考を向けて、休んだりすると、良くなるものもならないものなのよ。


じゃーどうするのか?


この時こそ、ポジティブリアクションですよ。


何をするって?
休むって決めて真剣に休む!


そんなこと。


回復すればまたいろいろできるはずなんだから、その時は真剣に休む。


あれこれ考えない。
ポジティブなことも考えない。


まぁ、そんなことを思うと、休むってのすら下手だったなぁって思う。


休んでるつもりで、横になっていろいろとウジウジ悩んでたら、治るものも治らないのよね。


そんなことにも気がつかないのがネガティブなシンキングの落とし穴なのね。


だから、ネガティブでもポジティブでもどっちでもあれだけど、まずは考えない。


んで、リアクション!
反応だね。


自分のその時とってる反応に集中。
休んでる時は休む。
怒ってる時は怒る。
言わなきゃいけないことがあるときは言う。


そんなことに集中!
んで、反応を誰かにお返しする時は、ポジティブに!


怒らなきゃいけない時は真剣に怒るけど、恨み言は言わないとかね〜。


まぁ、そんなこんなで、今朝は腹痛が治らなかったら医者に行こうと思ってたけど、全国的におやすみである、ということで、午前中は真剣におやすみすることにしましたとさ。


よし、寝よう!
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 09:05
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【読書】ずんずん式壮絶メンタルトレーニング
ずんずんさん、意外と好きでチェックしてます。ぷぅコッコです。





久しぶりに思い立ちまして、友達がシェアしてくれたご本を買いに本屋さんに寄ったのです。


所望の本はありました、ありましたよ。

それを手に取り、うっかり近くの棚にこれを見つけてしまった。。。


メンタルエリートってなんだ!
ちょびっと立ち読みした私は思いました。


いやー、私さーお豆腐メンタルだから、もうエリートとかとは程遠いんだよね〜


って思う日が少なくないので、このエグゼクティブにいがちなメンタルエリートに興味むくむくです。


先の友達が紹介してくれた本と一緒に買っちゃって、うっかり先に読んでしまいました。


エグゼクティブとかっていう人たちは、お家柄も良くて、なんか高学歴で、おまけにすげー資格の1つや2つ持ってて、お豆腐メンタルとは無縁ってなことを思っちゃいますけど、実はそんなことなくて、まぁ、人間なんで、同じように悩んだりムカついたりしてるわけです。


じゃー何が違うのか?
いやいや、何か違わない限り、そんないつでも菩薩のような顔をして、「君らに感謝しているよぅぅぅぅ」なんて涼しい顔をできるはずもない!!


そこには何かの秘訣が!!


でもこの秘訣というやつ、実は高学歴だーとか、資格持ってるーとかあんまり関係ないのよ。


というか、学歴だの資格持ってるだのでもお豆腐メンタルな人なんていくらでもいるわけです。


どこが違うのよ?


そこで、ずんずんさんのご本の出番ですよ。



そう、彼らは、自分の感情をマネジメントしてるんです。


コントロールじゃなくてマネジメント。


もともと持ってる資質として、精神力ってのがある。それって一人一人もってるから、まぁ、その精神力を100として、メンタルポイントと読んでみたりすると、そもそもエグゼクティブはメンタルポイントがものすごく高くて、凡人は低いってことじゃなくて、メンタルのポイントは一人一人同じなのよ。
人間だからね。
そんなに上振れはしないわけ。
じゃぁ何が違うって、そのリカバリーの速さが圧倒的に違うわけです。



いつも打たれてばっかりで溜め込んでたら、メンタルポイントは減っていって、疲弊したり鬱になったりしちゃう。


そういうのを貯めるでもなく、かといって受け入れて、、、とかでもなく、マネジメントする!


なんかすごいなぁ、マネジメントか!


そうこのマネジメント
きっと彼らの仕事の延長にあって、メンタルを整えてリスクをとること含めて仕事なんだろうな、きっと。
もはや自分のメンタルポイント、精神力までも、自分でコントロールしちゃってるわけよね。



とはいえ、私たちはエグゼクティブでもなく、日々、しょうもないちょっかいを出してくる後輩や、無駄に嫉妬してくる同僚にやられてる訳で、そんなもんエグゼクティブの話聞いても意味ないわよ!って思っちゃう。


でも、安心してください。


エグゼクティブも同じようにメンタルのマネジメントしてるんだけど、本の中で出てくる例は非常に身近なことで、もう本当に良くいそうなできない部下にイラつく自分みたいなのが現れます。



そう、それは、さっきまでの自分だよ。


とほほほほほ
と言いたくなるレベルよ。


そうやって読み進むと、「そうだわよ、もう一歩だわよ!」と思えることが必ず出てくるはず。


今のまま、心で祈っていても、お豆腐メンタルは撃退できませんが、何か1つやってみるだけでお豆腐メンタルをほんのちょっと崩して、そこの部分は強くなっていくかも。



そんな風に進んだ先に、エグゼクティブのエグいぐらいのメンタルエリートとしての姿勢が見え隠れするんだな。


とはいえ、このメンタルエリート
メンタルエリートになればエグゼクティブになれるかというと、そんなことはないのね〜。


でも生き残ったエグゼクティブはみんな持ってる資質なんだね。
(いや、みんなは言い過ぎか?まー、でも、多かれ少なかれ持ってるよ!うん。)


エグゼクティブにはなれなくても、メンタルエリートになれば、自分の描いたビジョンやライフミッションみたいなものはきっと果たせるようになる!



このご本、そもそもそのビジョンがな?とかライフミッションてのはだな?って話にも触れてくれてるお得度です。


いやーうん、面白いよ。


メンタル弱くて疲弊してルゥって人は読んでみると良いと思う!
1つでもはじめたら人生が違う感じで回り始めると思う。


author:ぷぅコッコ, category:ビジネス書感想, 19:12
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【徒然】拙い日本語、拙い英語、拙い中国語
語学は才能か?努力か?才能はなさそうだけど自分なりに努力してますぷぅコッコです。


拙い日本語


日本人なのになんか文書を書くとき、「すみません、日本人なのに文章が上手くなくて、それでもお付き合いください。」なんてことを書いてはじめてしまったりする。


そう、自信がないのよね。
とか、
例えば、ブログとかでもそうだけど、「こんな感じで書いてるけど、この文書恥ずかしいと思わないのかしら?」と思われるんじゃないか?と、自分が思って予防線を張るように書いてみたり

なんていう、心理状態かなと思うわけ。


そうやってはじまった文章が、はちゃめちゃだったり、読めなかったりすることは日本人が日本語書いているという状態ではあんまりなかったりするんだよね。


でも、冒頭にそう書いてあれば、なんとなく「あー、自信がないのかな?」とか「あー、うまくないと思ってるんだね」という、ことが刷り込まれて読みはじめるのよね。


どんなにステキな文章を書いたとしても、受け取り方は相手次第だというのに。
どんなに言葉を尽くしても、自分の伝えたいことが100%伝わることはないのに。
それなのに「私の文書は拙いです」と、先入観を与えている。


昔は全然気にならなかったし、なんなら謙虚さの証、ぐらいなことを思っていたんだけど、最近はちょっと違和感があるなぁって思う。


一方で外国語、第2外国語なんてのを思った時、そもそも「日本語の拙い」なんてことがレベルにならないくらい「拙い」のだ。


いつも、伝わったか?
ということに気を配らなくてはならない。
そもそも意味が通る文章を書けるかどうかだってかなり怪しい。


本当のところは、それが「拙い」文章なんだと思う。


それで、「英語うまくないから」「中国語、ほんのちょっとしか話せないから」と言い訳してたけど、そんなことは相手も織り込み済だし、そんな理由で何も話さないよりバリバリはなした方がよほどよい。
そして、拙かろうがなんであろうが喋らなくてはならないときはいくらでもある。


「どういうこと?」ってなる場面もいくらでもある。


そこではじめて「英語うまくなくてごめん」「拙い英語ですみません」の出番なのよね。


ある程度できるようになっても「やっぱり拙い」「拙い言い回ししかできない」から卒業できる日はやってこない。


だったら、いいじゃないか。
「拙い」ままで。
英語も中国語も加えて日本語も、あえていうなら母語ってやつも。


そのままの「拙い」で、それでも伝えたいことがあって文章を書くなり話しはじめるなりする訳だから。


わざわざ、「私は拙い日本語しか書けないですから」って言い訳しなくていいじゃないか。


伝わるかどうかなんて、「拙い」とは全く別のところにあるんだよ。


拙くない文章が書ける日はやってこないし、拙くない文章でも伝わらない文章なんていくらでもある。


本当に大切なことは、「拙い文章云々」ではなくて、「できるだけ自分の思いを伝えられるか」ってことよね〜。


なので、「私の文章は拙いです」からは脱出しよう!
とはいえ、宣言する必要はないけど、「拙い文章」であると言う謙虚さは忘れずに、忘れないけど大胆に!
そんなことかなぁと思ったりする。


日本語難しいなぁ、何書いてるかよーわからくなってきた。


これも、「私の文章が拙いからです。」ということで、お許しを!
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 09:27
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【万年筆初心者さん向け】太字をはじめたい方へペリカーノJr.のススメ2
ペリカーノJr.いいっすよ!ぷぅコッコです。





ペリカーノJr.ですよ。


今、ペリカーノJr.を買うとこんなかわゆいカートリッジが付いてくるのです。
別にキャンペーンとかではなくては、多分これが今今の通常運転のはずですので、欲しい方はお急ぎください!みたいなものではないです。


いつやめちゃうかはわからないけど。


それで、ペンと、カートリッジはこんな感じ。





ひとまず、購入したら、こんな感じで分解しましょう。


カートリッジは通常そのままではささらないムキにしまわれて、売られています。


無理やり入れようとすると壊れますからね。


んで、この向きにします。





このまま、さします!
結構強めにささないとダメなので気をつけてね。





こんな感じにできたら、準備オッケー!

そのまま書けたらいいんだけど、、、


って続きはまた今度ね。
カートリッジうまくさしましょう!
author:ぷぅコッコ, category:万年筆ことはじめ(万年筆初めてサン向け), 18:21
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【万年筆初心者さん向け】太字をはじめたい方へペリカーノJr.のススメ
万年筆が大好きです!ぷぅコッコです。

たまーに、「太字使ってみたいけどおすすめは?」
とか
「いっつも国産の細字ばっかりなんですけど、太字ってどうですか?」
というご質問を受けることがあります。


あのー、はじめて万年筆というのは、パイロットのカクノ

これね


をオススメしているんですけど、このカクノという万年筆
細字(F)と中字(M)がラインナップされていますが、おっと、極細字(EF)もだね。
このカクノ、そもそも国産な上、国産の中でも細い出来上がりなので、太字へのステップアップにはちょっと別のを使いたいところです。


ちなみに、初心者さんはカクノの中字を選ばれることをオススメします。
カクノの中字をいい感じに細めに書けるようになったらカクノ卒業しましょう。


それで、細字への移行ならもんの凄い高い素敵万年筆を自分のために購入してもなんら問題なく書けると思う(カクノで練習してるからね)

でもね、もうちょっと太字を使いたい!という時のおすすめは、ペリカーノJr.です!








無駄にキュートでしょ?
もともと、ドイツの小学生がはじめて万年筆を練習するために作られている万年筆で、字幅といかペン先にはAという記号のニブ(ペン先)が付いてます。


Aニブって初心者用ニブって事で、外国産のMと同じくらい、国産ならB(太字)と同じくらいなんだけど、許容範囲が広めに作られているのね。


要するにちょっぴりなら変な持ち方してもかけるよんってことね。


ほら、初心者さんにピッタリでしょう?


持ち方も矯正できるし、素敵なのよぉ〜


ということで、太字好きになってもらうために、しばらくこのネタ書きまーす!


次は、インクカートリッジをさしてみるよ〜
author:ぷぅコッコ, category:万年筆ことはじめ(万年筆初めてサン向け), 21:48
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【読書】美味しいごはん






先月くらいから本格的に足揉み先生やってます、ぷぅコッコです。


このご本は私の友人でもある足揉みのお客様からいただきました。
ありがとうございました。


その方に足揉みをはじめてやらせていただいた日
その方は、ある食のイベントを行って、その後に来てくださったのよね。
施術の後、そのイベントで出された「手で握った塩おにぎりと、少しのおかず、そして舟和のあんこ玉」がほんとにちょうど一人分、計ったように用意してくださってて、頂いたんですよね。


いやはや、白ご飯のおにぎりとやら、なんでこんなにも美味しんだろうか?
そう、思うだけではなく、口から「なんで?これなに?特別なおにぎりなの?」と、口に出して聞いてしまったくらい。
「特別なことはなにも、、、お塩と手で握っただけのおにぎりだよ。」って。

いやいや、魔法でしょうよ。
そもそも最近、こんなに美味しいおにぎりは食べたことないぞ。


その時は、それでおしまい。
だったんだけど、その超絶美味しかったおにぎりを握った彼女が、今日ご紹介するご本をくださったのね。


深くは知らないけど、応援してるんだね。「ゆにわ」の「ちこさん」のこと。

さて、このご本に出てくる「ゆにわ」さん。
いくつかあるみたいですけど、レストランなんですよ。 うん。大阪?にあるのかな?
近くないから行かれないけど、書いてあることを読んでみると、ものすごく「ゆにわ」の「ちこさん」のご飯が食べたくなる。


実際にそういう方が多いそうで、中には惚れ込んで近くに引っ越しちゃう人とかね。


書かれている食への姿勢というのは、日本の伝統だったものを守ろうという強いメッセージと「食べること」それ自体を楽しくするという熱意にあふれているね。


そういう彼女や彼女たちを作るにいたった北極老人との出会いとその思いと伝えたいことに溢れてるご本なのよ。


時に彼女の描く食との関わりに、「私はそこまで食に向き合っているだろうか?」と、深く問われたり。
なんでも選べる時代なのに、選べていない自分に少し苛立ったり。
彼女たちが手にした北極老人との素晴らしい出会いを思い、また、北極老人から学んだ全てを彼らが感じたと同じように伝えたいという気持ちを受け取ったりするご本なんだよね。


これは、近くだったら絶対食べに行くよね。
と、読みながら何度も思ったのですね。


ご本自体を眺めてみると、食に対しての素晴らしい姿勢とか、いわゆる成功した人にありそうなストーリーとかって、語るべきこともいろいろあるけれども、それは是非ご本を手にとって確認いただきたいわって思う。


この本を読みながら、「ゆにわ」の「ちこさん」に関して、一番強く感じたことは「ご縁」についてなのよね。


先日、出口さんの古典のご本を読むって言うセミナーに出た時に、出てきた「運と適応」の話を思い出す。


生き残る種ってやつだけど、偶然なのよ、何もかも。


ちこさんが北極老人に出会って、食に目覚めたことはほんとに偶然。
そんなのちこさんしか起こらないよ
って言ってしまえばそれでおしまい。


いやいや、そこじゃないんだよ。
心動かされた出会いに適応して生きるかどうかと言うことが、一番重要なというか、学ぶべきことなんじゃないだろうかと。


食に対してだけではなく、そういう姿勢こそ、見て学ぶべきではないかと、強く思ったのよね。


ともすると、食べ方とか、何食べたらそんな幸せにって思っちゃうけど、そうじゃないなって。


いや、まぁ、そりゃー同じことができればいいけど、そりゃ、そもそも無理な気がするし。


ご本の中でも出てくるけど、食だけではなくて、生きる姿勢含めて、「当事者」になることかなぁって、思ったりする。


縁は偶然
で、それを生かして、ステキな生活のための糧にできるかは、それらに適応して、当事者になる覚悟があるかどうかと言うことなんじゃないかなぁってね。


そんな姿勢にみんなが共鳴して、きっと「ゆにわ」は拡大してるのかもねってなことを思ったり。


それで、そういう食への姿勢は、「ゆにわ」でなくても実は味わえるんだと思うんだよね。


冒頭の超絶美味しかった「白ご飯おにぎり」はまさに、「ゆにわ」で出されているような、「食べる相手を思って握られた」おにぎりだったからだなぁって、妙に納得してしまった。


今に生きる人たちは、食に関して、こだわってる人も多いと思う反面、手を伸ばせば考えずにお腹を満たすことはできる。


どちらを選ぶか?
食にこだわってる人は、ともすると自分の食べ方は間違ってはいない!なんて意固地になっちゃったりするけど、


方法の正しさとかじゃなくて、誰かのために心を込めて作るってので超絶上手くなる食べ物は、自分のために、自分自らチョイスすることによって何倍も美味しいものに変化してくれるんじゃないかなぁと思ったりして。


あー、食べたいものをコンビニで買うって話じゃなくて、自分のために食材の声を聞き、作るみたいなことだけど。


うーん、やっぱりあんまり簡単じゃないかも。


今更ながらではあるけど、食って大切なんだよね、ってのをまた再発見?再確認させてくれるご本でした。


ゆにわが近くにあればね〜行くのに(笑)


まぁ、まぁ、お近くである方は、ご本でチェックした上で、ご飯を食べに行ってみてはいかが?


お近くでない私たちは直接は行かないかもしれないですけど、志を同じくするお店さんや人たちはきっと近くにいるから、それを自分の舌で幸せを感じつつ探すのも良いかもね。
(簡単ではないと思うけど。)


ってなことで、食にご興味のある方、ぜひ読んでみてね。



author:ぷぅコッコ, category:ビジネス書感想, 11:22
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【セミナー】出口治明 連続講義「古典を読めば、世界がわかる」第一回に参加しました。
久々のセミナーで、ワクワクしましたぷぅコッコです。


あ、久しぶりだと思ったけど、そんなことないなぁー、ブログにし損ねたセミナーでたわ、なんてことも思い出しつつ、ツラツラ書いています。


どのくらい前でしたかね、出口さんがFBのTLでご紹介されていたんですよね。
日本に帰ってきちゃったこともあり、これは行かなくちゃねってなわけで、勇んで申し込んだのでした。


こちら光文社さんが、最終的にご本にされるみたいで、録画?もされてたりするし、おそらくライターさんも入ってる感じのセミナーですので、きっときっと、5回目まで終わったあかつきには、素晴らしいご本になるものと思われます。


ってなことがあるんで、わたくし、ブログにしなくても、そのうち、もっと洗練された形で、世に出てくれるものと思いますが、せっかく参加したし、参加記録をブログにするのは趣味みたいなもんだし、つい最近、ブログの良さというか、ブログ書きたいわーみたいなのにも目覚めたので、書いていきたいと思います。


私の務めている会社から、護国寺という光文社さんのあるところまで行くのって結構時間かかりまして、それは問題ないんですけど、定時に出ればギリ間に合うか?と思ってましたが、幸か不幸かグループミーティングは長引き、安定の遅刻となって、10分くらい遅れて会場入りでした。


会場に入りますと、まぁ、すでに講義はじまってるわけでした。


まず、何故、今、古典なのか?
というそもそもの話につながる話題がなされていました。


その前に、「おいしい生活」ってのを考えるとき、あー、ここでいうおいしい生活ってのは、お金もあって、仕事もあって、ハッピーラッキーみたいなものをざっくり想像すればいいかな?
そういう生活をするために必要なものってのを考えると、
「知識」×「考える」
で、成り立ちそうだな、と。


イノベーションってやつは、いわゆる既存知の掛け算みたいなものだけれども、ここでいう、既存知ってやつ、知ってるのはいいけど、誰でも思いついちゃうようなものだと、あんまり意味がなくて、イノベーションではないっしょ?ってことになる。


そう、このイノベーションを生み出すために必要な既存知は、その距離感ができるだけ離れてる方がいい。


そんな「知」を達成するには、ダイバーシティよね〜なんて話が飛び出すんですね。


私ごとですけど、つい3、4ヶ月前まで台湾で暮らしておりまして、ダイバーシティと言うよりは、彼らにとっては私が外国人でしたけど、まー、日本だと得られない「知」が私の中に溜まったと思いますね。


これを掛け算してなにかを起こせば、おいしい生活か?
とか思うけど、それはまた別の話で、そのイノベーションを起こすためには、「既存知」ってのだけでもダメで、「考える」ってのも重要だよ。


じゃー、知識はいいけど、「考える」の方は?いわゆるセンスってやつですか?

いえいえ、そうじゃないのよ。


これまで散々、人間は考えてきてて、それこそ数多の天才たちがその方法を後世に伝えてくれているわけ。


そう、それが古典から学べることで、その「考える」を真似るところからはじめてみましょうよ!ってオススメね。


知識はちょっと距離の遠いところからも取り入れ、考えるは、先人の真似っこで、ってのの先にイノベーションがありそうだ。


あー、なんかすごい天才ってことじゃなくても、なんか生み出して「おいしい生活」できそうじゃない?


まーまー、それはさておき、その「考える」の先生が古典だということなんですね。


そして、この古典というやつ。


素晴らしいことに世界中で読まれてますから、読んでるだけで、世界中の人と世間話が弾んじゃうかもしれないというステキなおまけ付きです。


これは、既存知の距離をとるという意味でも、重要ですよ。


共通の言語を持つことはすごく重要だけど、同じ日本語を喋る日本人だって、なんも話すことないよね〜って人いるでしょう?
逆に、共通なのは、どちらも第2外国語で学んだ英語だけだよってなっても、趣味のことなら、ものすごく盛り上がっちゃったり!
私は万年筆を趣味にしてるけど、そんな話題でがっつり世界とつながりますからね。


まっ、そんなもんです。


これが下地で、これが古典を学ぶ理由なんだな。


さて、古典というと、難解だというイメージが強いですよね。
ごめんなさい、今回、光文社さんのダーウィンの「種の起源」が1回目の題材だと知ってたんだけど、読んでません。

でも、今回のご本は
「今、息をしている言葉で」翻訳されているそうでして、読みやすい?のかもしれないです。
(すみません、よんでないのでわからないです。)


古典というのは昔からあるわけですけども、日本のものであっても、なかなか文語体のものを読むのはしんどいです。(日本語を学んでるんだから、読めばという話もあるかも知れないですけど。。。日本語学者でもあるまいし、そんな事こだわらなくてもいいでしょう。)ましてや、海外のもので、格式高い昔の日本語にされてるものというのは、なかなかに厳しいかもしれない。

と、考えると、「今、生きてる言葉で」訳し直してくださってるというのは、とても素敵ですよね。


それでもわからないところは出てくるかもしれないけど、ま、それはそれとして、エッセンスをいただこうじゃないですか。



なかなか本題のダーウィンの「種の起源」に入らないですけど、この辺りから行きましょうか。


出口さんが曰く
ダーウィンさんという方、大変立派な人であるという印象を受けたそうです。


遺伝子学等がない時代の話ですので、証明されてないことも少なくはなかったはずです。


でも、「わからんものはわからん」と、きちんと言う姿勢と、それはそれとして、膨大な実験データからのロジカルシンキングにより、真理に近づくわけです。


いやー、サイエンティストですね。
頭が下がります。


そんなダーウィンさんが言う自然淘汰は正しいそうですし、進化の過程を考えたとき、生き残るものってのは。。。
強いものでも、大きいものでも、賢いものでもなくて、「変化によく適応したもの」だ。

ってことなんですね。


ぶっちゃけ
「運と適応」
ってことなんですね。


え?そんな偶然な?
そうそう、そんなもん。
あー、でも、運って引き寄せられるとも言われるしー、なんて思ってみたりもしますが、そんな運を引き寄せられるなんて、そりゃー少々傲慢な考えではないですかね?
ってなことも思うわけです。


とはいえ、この「運と適応」ってやつ

所詮偶然だから、なにをしなくても、来る人にはくるし、来ない私には来ないんだわ!
って決めるのもいかがなものですかね。

棚からぼた餅
ってありますけど、あれって、ぼた餅の落ちてくる棚の下にいないと、ぼた餅には有り付けないわけ。


もしかしたら、ぼた餅の落ちてくる棚の下には他にもライバルがいて、ぼた餅は一個かも知れない。


いち早くぼた餅を手に入れるためには、素晴らしい瞬発力で、誰よりも口を大きく開けて、取りに行く必要があるのかも知れない。


そういう「運とか適応」って、前を向いてるだけでもダメで、後ろの棚にあるかも知らないから360度警戒して、見つけ次第動けるように、体が出来るだけ自由に動く、もっといえば、考えなくても動いちゃうみたいに環境を整えとくってのも大事ってことなんだね。


そう思うと、先行き不透明でも、それって、そもそも今、どーのこーのではなくて、生物の進化そのものが先行きなんていつも不透明なんだよね。


その中で、今に適応していく力を持ってるものになりましょうよ!


って事で、現代でも、驚くほどマッチする不変の真理なのかもしれません。



他にも、話は盛りだくさんでしたが、とりあえず、今回のセミナーの話はここまで。


まずは光文社さんの種の起源、、、を、、、と言いたいところですが、出口さんが合わせて読みたいと推薦してくださった薄くて優しいご本があるので、そっちから読もうかなっと。









author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 21:49
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