RSS | ATOM | SEARCH
【徒然】マルチタスクが苦手でござる
考えすぎなのか、そうでもないのか、昔から、マルチタスクが苦手でござる。


いやいや、そもそもマルチタスクの定義の問題なのか?
会社で集中して仕事、、、もやっぱりできてない気がするし。
なんか仕事だからもちろんいろんなプロジェクトが平行で走ってるはずなのに、あたふたして、落ち着かない。


そもそも、がっつり言い訳しますけど、母語で喋らない時点で、すでにマルチタスクよ。


伝えたいことを外国語で伝える。
アホちゃうか?
みたいなね。


ま、とはいえ、選んだのは自分でしょって事で、泣き言祭りだけど仕方がない。


こんな時、手帳術とか読むと時間管理をきっちりとって書いてあるんだけど、集中すべき時間に集中できてないから、なんか困っちゃうんだよね。


それはそれで、仕事できてるから問題ないじゃんってのもあるし、改善したいじゃんってのもあるし、そんなことを続けてもうサラリーマンも長いことやってるなぁ〜。


マルチタスクの罠
実は根深いんじゃないかと思っております。
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 19:45
comments(0), -, - -
【徒然】大波、小波の話
ここ一週間、人生の大波がやってきて、っていうか毎年やってきてる気がしますが、生きてる実感ありすぎてビビるレベルですわ。


順風満帆に行かないなぁ〜
外国だからか?
いや、違うと思うなぁ〜〜。
思い返してみると、色々だけど、いっつも大波、小波に晒されてるんだよね。


ふと考えてみると、そういう波は誰にだってあるんだよなぁ〜
波と気がつかない人もいるし、私が思う小波が、むしろ嵐のように感じちゃう人もいる。


いいか悪いかではなくて、人それぞれに同じものがないんだね〜〜。


慰めの言葉と励ましの言葉
ってのがあって、
慰めるって意味を調べると、こんなのが出てくる
さびしさ・悲しみ・苦しみなどをまぎらせて、心をやわらげ楽しませる。憂(う)さを晴らす。


励ましの方はこんな感じ
元気をつけてやる。奮い立たせる。


この二つ、こうやってみると全然違うんだよね。


それで、私の友人が「励ましはどんどんするけど、慰めはしない。」って言ってて、慰めは、ともすると、相手と一緒に自分も悲しみや苦しみの中にひきづりこまれたりちゃったり。


おーこわい。


逆に励ましはどんどんやればいいと。元気づけることに終わりはないのよね。


それらを深く深く意識するようになったの。


特にこんな大波の時に、他の人に慰めの言葉とかかけてると、自分もひきづりこまれちゃうんだよね、をすごく実感する。


友人の言葉もまた、彼の人生の中から紡がれたことなんだと思うけど、人それぞれに違う波があって、たとえ同じ波でも感じ方も違っていて、軽やかに乗りこなす人がいるかと思えば、うまくできない人もいて、全部同じじゃない。


うまく乗りこなせないことにも嘆かないし、うまく乗れてるモノを意識して自分を褒めるというか、励まそうかな。


そんなゆるっとした一週間の始まりでいいかなって。


まとまらないけど、そんなこと。
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 06:06
comments(0), -, - -
【徒然】全部あっていいんですよ
人は平気で嘘をつく生きものです。
他人に対しても、そして、気づいてはいないけど、自分に対してもです。


「嘘ついてます」
という自覚がある時ってそれはそれでいいんです。
自覚してますからね。


他人に対しても、自分に対してもですけれども、「嘘ついてます」を自覚せずに嘘ついてる時、実はそんなことのが多いけど、自覚がないから厄介です。


何かに反発する
何かに反応する
何かを人のせいにする
何かにひどく動揺する
と、まーいくらでもあるんだけど何かが起こって、それに対して感情が動く時ってのは、自分の中に何か「偽り」が形成されてたり、何か「無視」してことを進めなくてはいけなかったり、そんなことを自分に課してる時かもしれません。


それってね、自分に「嘘」ついてることじゃない?
無自覚に。


「〇〇しなければならない」
「こういう時は、こうするはずでしょ?」
「常識的に言って、ありえない」
「そういうことで、満足するなんて、嫌悪感を覚える」


こういう類の「ねばならない」「常識で」「ありえない」って誰が決めてると思います?


全部自分ですよ。


ある事実から頭で考えて、「捏造」するの。
たまにはあってることもあるけど、何かを言ってるのが他人だったら、残念ながら真実は100%わからないから、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
相手が言ったことの一文だけをみて、あれこれ考えずに、その時にどう思ったのか、どう感じたのかを味わってみる。


その時に感じた感情
例えば、「泣きたいくらい悲しい」なのに、「男の子は泣いてはダメだ」と育ってきたから「泣いてはダメだ」と決まっている。

うーん、決めたのは誰?
社会的に?そう習ってきたから?常識として?


そうですか、じゃーそれを受け入れたのは誰?


そう誰あろう自分なのよ。


どんな法律もどんな人も人の心まで縛ることはできないからね。


というのはヴィクトールフランクルはじめとした著名な心理学者も言ってますやね。



傍目からみたらどんなに酷いことになっていたとしても、笑って生きてる人たちがいる理由は、自分の中でそれを受け入れるのか受け入れないのか?自分で決めているからなのかもね。



それでね、常識だということを受け入れて、本当は悲しいのに、悲しくないというか、その感情に蓋をして、自分に嘘をついてるのは誰か?


これも自分。


なんてことだ、自分は自分に嘘ついてるのか?そんなことあるのか?
納得できないぞ。


そーでしょうそーでしょう。


だってそんな感情存在するはずがないもん。
そーですか?どーですか?


蓋をしてるだけで、あなたの中にそれはあるんじゃないですか?


いろんな意味で認めてこなかっただけで、本当はあるんじゃないですか?


ぜーんぶ自分の中にあって、ぜーんぶん自分で選べるのに、全てはないもののように振舞って、そんな感情は存在しないかのように生きていく。



それは、自分に対する大きな嘘だよね〜〜。



どうしよう、あーしよう、こうしようの前に
今、私は感じているのか。
それはどうしてそう思うのか(大抵の場合はそういう感情もあなたの中に存在するからというのが答えな気がする)
そして、それを受け入れるのか否か?

それは全部、私たち自身が持ってること。
それから目をそらしたり、嘘ついたりしない。



そういうことを自覚したら、自然と自分自身に「ありがとう」を言える日がやってくるんじゃないかなぁ。



そんなことをジンワリと最近考えてます。


全部あっていいんだよ。


ステキな自分も、感じ悪い自分も、誰かに嫉妬してる自分も、誰かから感謝されて嬉しい自分も、全部あって、全部に「ありがとう」そんなことかなぁと。
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 06:34
comments(0), -, - -
【徒然】変化に対応する者
変化に対応する者が勝つというのは世の常ですね。


それを実感するようなことはいくらでもある。生きていればね。


軽やかに、息を吸って吐くかのように変化に対応できる人もいるし、そうでない人もいる。


私はきっと、そうでない方だと思うけど、それでも変わらないわけではなく、また、現状に固執したいわけでもない。


その歩みは決して早くなかったとしても、変化に食らいつこうとすることの先に変わっていく何かがあるのだと思う。


簡単ではないけど、簡単ではないからこそ、やりがいもあるのよ。


そう言い聞かせる日々。
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 23:08
comments(0), -, - -
【徒然】お手紙のすすめ
台湾とはいえ、外国におりますゆえ、いろいろと日本から送ってもらったりすることもあるんです。


その一つに、お友達からいただくハガキとか年賀状とかお手紙があるんですけど、これ、ものすごく嬉しいのね〜


海外に渡る時に「来年からは年賀状は出しません」と一部には宣言してきたんですけど、出すことにすればよかったわよねとか思う。
まっ、とはいえ、来年も出しませんけどね年賀状は。


それでね、お手紙に話を戻します。


現代はすごく便利なツールが多いのよ。
SNSだ、メッセンジャーだ、電話で話すよりも簡単だし、大抵の場合、相手とのやりとりが楽しめるわけ。


これってすごいことだよ。


今、今は、外国にいながらにしてIP電話とかでほぼタダで通話できたりもする。


この技術確信たるや、ものすごいんだよ。
だけどね、ここで、あえての手紙ですよ。


私は、日頃、自分にとっての外国語で仕事をしてるわけなのね。


それは英語だったり、中国語だったりなんでもいいけど、少なくとも日本語ではないわけ。


ありがたいことに、そういうことで、仕事はできてるんだよね。


それは、ある意味、相手と私が共通の場所に立って、奇跡のような確率で、行われているような気もする。
ものすごく少ない語彙で無理やり、やりとりしてるので、相手がわかってくれることがむしろありがたい。


その話はまた、別ですることにしますね。


そういうことで、仕事はできるけど、やっぱり母語で何かできる場所ってすごいんだよ。


SNSとかでやりとりするということなら、中国語とか英語でも出来るから、そこはもしかすると日本語にこだわらなくてもいいのかも知れない。


もちろん手紙だってそうなんだけど、なんというかな、相手を思って書く3枚は自分のもてる言葉のたけを全部使って表現するでしょ。それをそのままではないかも知らないけど、概ね受け取ることができる。


書いちゃうと普通だけど、やっぱり、ここにいると尊いんだよ。


意思疎通できたとしても、そこは簡単な表現での言い換えの嵐で、とてもとても自分の言いたいことをそのまま表現してるんじゃないんだよ。


最低限できるということと、豊かな表現で語れるということはほんと違うと思う。


そういうことって、多分日本にいたら感じないと思うけどね〜。
母国語というのはとても尊くて、自分が伝えたいと思ったことを伝えたいように言葉を選んで伝えられる。
大事なことなので二回言いました(笑)


それが必ずしも相手に伝わるかってのはまた別の話なんだけどね。


でも、自分の思う形でなかったとしても、それは伝わると思うし。
なかなか相手を思って三枚書くってのも楽ではないのよね。


だから、そういうお手紙をもらうとすごく嬉しいし、自分も相手を思って書きたくなるものなのよね。


それは手紙の形でなくて、たった一言だけのハガキだとしても、嬉しいし、それはやっぱりメッセンジャーとかにはカワラナイナというか、カワラレナイなって思う。


こんな時代だからこそ、相手を思ったお手紙!書いてみませんか?
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 21:00
comments(0), -, - -
【セミナー】ご縁とご恩と手帳と心の使い方の話
昨年の12月初旬頃のこと。
私の友人で、コンサルタントで、カウンセラーで、研修講師でマルチな活躍をしている米倉剛さんが一般向けにセミナーするということがありました。

米倉剛さんのサイトは
こちらから


そのセミナー、実は、どうしても彼が研修講師をしている姿を見たいと望みが私にありまして、それも、私の友人で、一般セミナーを主催されている薫さんにお話しさせて頂いて、実現したものなのですよ。


一般企業で引っ張りだこな研修講師の方のお話ってはなかなか聞けないもので、私、それが聞きたい一心でお願いに上がったというわけ。


それで、研修姿は見たことなったけど、きっと一度彼の話を聞いたら、ファンになる人がいるんじゃないかなぁと思って、
これらを「ご縁」に、今後も薫さんの会で米倉さんのセミナーが開かれて、いつの日にか、ぷぅコッコが日本に戻った時に、参加できる感じに育ってたら嬉しいよね〜


なんてことを妄想してたんだなっ。


そしたらさ、実は薫さん、マネーの会というコミュニティをお持ちでして(さすがコミュニティの女王!)そのサイトで、なんと、早速、米倉剛さん(以下親しみを込めまして、ヨネゴーと呼びます)が先日行ったセミナーの録画を観られるというじゃーないですか。
(録画の閲覧は有料会員さん向けに常に用意されているコンテンツの一つです。)


ってことは、私のように海外にいても、そのセミナーにアクセスできるという!画期的なシステムなのよ!


そんなマネーの会は
こちらから




ここまで実現しただけでも感激すぎて、仕方なかったんだなぁ。

ジーン。。。

しばし余韻に浸りたい気分。。。



で、今回その録画をご好意で観せていただいたんですけどね。


最初は冷やかし程度(と言っては失礼だけど)話のタネに、流し見しようと思って見始めたのよ。

だって、掴み部分とかはヨネゴーそのものだから、なんといっても友人なんでね、なんというか、掴みの手の内は知ってるわよ!みたいな気分。


ところが、話が進むにつれて、いやはや、興味深いじゃないですが、すっかりがぶり寄りで見始めて、「あれ、今んところちょっとわかんない。」みたいなのはなんなら巻き戻して観ちゃったわよ。


もうそんなことに至った自分がびっくり。


そんなわけで、
「そのセミナーに出られた方のがきっとグッとくる!セミナーまとめ」
を書いていきたいと思います。


研修講師を生業にしてるだけあって、掴みは、まー、技をいっぱい持ってるわよね〜〜。
そこはぶっちゃけどっちでもいいのよ。


このセミナー
「心のくせを活かした手帳術」
ってな感じの題名がついてるんだけど、手帳術って言っても、
実はこういう「手帳がいいですよ」とか、
「プロジェクトまとめるならガントチャートがいいです」とか、
「ブランクリンプランナー活用セミナー」
じゃないのよ。


ぶっちゃけどんな手帳使ってもいいんだよ。
極論では。


そんなもん、ほぼ日の毎日の格言は好きじゃないから、EDITにしようとか、
マンスリーだと、使いにくいなら、ちょっと分厚くなるけど、ウィークリーかなとか、
なんだっていいんだよ。


問われていることは?



そこにあなたは「何を書いていますか?」



そこにあなたは「何を書けていないですか?」



手帳を使って記録した先、「あなたにはどんなゴールが待っていますか?」



それらを意識して、「手帳を書いていますか?」



ということなんだね。



そんなこと、考えたことあります?


さて、ぷぅコッコさんは長年、手帳迷子でしてね。
とにかくいろんな手帳を試してるし、いろんなペンも試してるし、「心地よいものは何か」ってのを実は追求してる。


世の中で、手帳術を提唱されている方の本とかセミナーとかも、いい感じにそんな感じが多いよね。


どの手帳がいいですか?
って問いだけなら、ぶっちゃけ一般的なことは、この私レベルでもかなり語れると思うんだな。(ほら、万年筆マニアだし、それなりにこだわってんのよ。)


でも、本当に必要なことはそこじゃないんだよ。


もちろん、そういう紙質とか書き心地みたいなものにこだわれば、自分が必要としてる、「自分の中の何かの必要」とか「自分の中の心地よさ」みたいなファクターは多分満たされるんだな。


でも、使うからには、ただ単に「予定を書きました」「予定こなしました」終了ってのだと、なんか惜しい。



なんか悔しいじゃない。



その昔、ブログはストックメディアだって話をしたことがあります。
ブログを書く意味は何かってのは置いといて、
SNS等との最大の違いは「振り返りができる」ところだよね。



この振り返りが半端なくすごいのよ。
やってみると、わかるけど。
いやいや、やってみないとわかんないけど。


それで、ブログほど大々的でなくていいんですけど、って方も、 それと同じことを「手帳にも求めてもいい」んじゃない?



そして、求めてるのに「なんかうまくできない」「なんだかスッキリしない」という人の、「それってなんでなんだい?」ってのに深くアプローチしたいわけ。


実はそこ、「紙質の問題ではない」んだよね。(まっ、あたりまえですけどね。)



ってことに気がついて欲しいというのが、セミナー講師であるところのヨネゴーのメッセージよね。



実際に出られた方は「その場所の雰囲気」を感じておられたんだと思う。
「そうなんだよ、手帳を書くことで、私は昨日の私と、違う新しい私に成長することを望んでいるのよ!」っていう、ことに気がつけるように場の雰囲気を作っていってたんじゃないかなぁ、と。ヨネゴー氏がね。


そんなことを推察してますけどいかがかしら?



だから、ライブと録画では少し印象が違うんじゃないかとは思うけど、
その場にいた方が、掴みとった
「自分の中での達成感」
「これまで疑問に思わなかったけど、なんか欠落してる感覚」
「手帳ってもっと可能性がある?って感覚」


そんなことに気がつけたら、概ね参加した意義があったんじゃないかなぁって思います。



現代は、なんでも「効率的に!」ってので動いてると思うけど、実はこの効率ってやつ、これだけでは、人間は立ち行かないところに来ているんじゃないかと、私は思っていて、日本は、なんか上手いこと言ってないんじゃないかなぁと、うっすら感じているんだよね。


そういう、「感覚」って実は、自分の中に溜めてると、澱のようなものになって、腐っていくんじゃないかなぁって思う。


セミナー前半、ヨネゴーが言っていたことで「いいなぁ」と思ったのは「誰でもいいから、聞いてもらう」「誰でもいいから壁打ちしてもらう」ってところ。


澱を溜めないこと
これって、実は日本社会に必要だと私は思ってる。


溜めないようにするには、やっぱり出すしかないんだよね。


かといって、愚痴ればいいのかとか、それってどうやってやるのよ!
って方。


ちゃんと講師がいるじゃないか!
ヨネゴーに個人セッションをお願いして聞けばいいのよ。


いやいや、むしろ、ヨネゴーが聞いてくれ!と。
私の澱をプロヨネゴーとして払ってくれ、と!
そんな機会に使ったらいいと思うんだよね。



なんでもそうだけど、言われたことがピンとこないという時
「初めて出会った感覚なので、わからない」
ということは、往々にしてあると思う。


そんな時は、そこで出会ったことを足がかりにして、ガシガシ質問する。


それこそ出会ったことが「ご縁」だからね!使わないと。

うーん、考えてみると、そんな貪欲な感じなんで、私自身はブログとか書いてるんだろうな、うん。



出会ったが最後、とにかく食らいつくってのがいいのよ。



あっ、ちなみにぷぅコッコさんは特に個人セッションやってません。


でも、希望があれば、スカイプセッション(有料)で考えるわよ!


もしもお話ししたい!ぷぅねーさんに聞いてもらいたいぞ!って人がいたら教えてください!真剣にスカイプセッション考えます。



まーまー、そこは置いといて、私も実は手帳術に悩める一人だったりするのよ。


だってね、例えば私の友人はこの間、手帳術の本を出していましたけど
あっ、そのご本の感想は
PDCA手帳術から

ヨネゴーセミナーちょっと消化不良って方には意外と、こっちのがグッとくるかもね。


まぁ、そんな友人の手帳
実際に見せてもらいましたけど、ものすごいのよ。


何がって、「完璧」だわよ。


これやれば、成長できるかもって思ったけど、やってみて挫折したのよ。
ブログにも書いたけど、挫折よ。



それで、人は「そんな小さなことにとらわれる」ということに気がつくわけ。


書いていれば成長できたはずの自分と、今の自分を比べて、残念だと思っちゃう。


でも、それは「取らぬ狸の皮算用」なのだよ、おねーさん!
と、あの日の私に言いたい。



ヨネゴーのセミナーがあまりにも鮮やかなすべり芸であったが故に、気がつかなかった人もいるかもしれないけど、セミナーの中でヨネゴーは「記録することが大事」っていってるんだよね。


そう、記録することは大事。


じゃーどうやるのか!


いきなりインスタで見た、ステキなバレットジャーナル書くことにした。


三日で挫折!


って当たり前なんだよね。


インスタで人気って、もうさ、肩書きはなくてもプロなんだよ。


それは、セミナーでも触れられてたけど、バッティングセンターでいきなり140km/時の球に対峙するようなもんよ。


打てないって!いきなりは、、、

だって、プロじゃないんだから。。。

そしたら、当たり前だけど、とりあえず100km/時で打てるかしら、まだ早いか?速いか?早いか?


みたいになるわけ。


当たり前だけど、「そーじゃん!」ってこと。


「大きな目標を定める」←セミナー内だと、前半最後と後半初めに時間かけてやってた石積みの人、特にCの話

「大きな目標を小さな目標に分解する」←石積み職人の崇高な理念はいいけど、大きな目標になればなるほど、抽象的。だから、日々こなせるゴールに書き換えて小さくこなすこと

「とにかく記録する」←ブログ=ストックメディアじゃないけど、記録してないもんは振り返れないので、とにかく目標に向かって何をやったかを書く

「いきなりプロを目指さない」←200ページのビジネス書も、初めの一ページから。毎日一ページ読めば、200日、なんと一年以内に読み終わるよ。
そんぐらい小さな日々の目的でもいい。



というのができることで、
今まで脳科学だなんだかんだ、最悪だと根性論的に言われてきたこともなんかもあるけど、確からしい気がするだけで、実は検証されたエビデンスがない。
ぶっちゃけ思い込みだけで効果はないってこともあるのよ。
だから、「心のくせ」
なんか素晴らしいやり方というより、自分のできることを確実にこなすことだよね!
なんてことも高速で盛り込まれてたよね。


そう「とらわれなくていいのよ。」
とらわれは、バーチカルにするかレフトにするか、紙質はどうか?ノートの値段は?


そんなことだけじゃない、ありとあらゆることであって、それは書き方もそうだし、人それぞれよ。


だけど、「ゴールに向かって記録することに、手帳を使ったらきっと、人生が開けるんじゃない?」ってのがこのセミナーのメッセージだよね。


ん?そんなこと言ってたか?
ヨネゴーが高速すぎてわからなかった?
そーでしょう笑
そういう人は、薫さんのマネーの会に入って復習してね。


もちろん、このブログみて、観てみたいってなった方も、サイトから相談してみてちょ。
(いつまで観られるとかはぷぅコッコは関与してないので、コメント欄で聞かれても答えられないっす)

そんなマネーの会は
こちらから

メールで問い合わせもできますよぉ〜
メール:moneykai77@gmail.com

わからないことは臆せず聞きましょう!
これを読んで、ヨネゴーに壁打ちしてほしい
とか、ぷぅコッコさんはそんなこと言ってるけど、本当にそうですか?
って聞きたい人は、ヨネゴーに個人セッション申し込んでね。
(コメント欄で聞かれても、私はヨネゴーじゃないし、セミナー録画から私が感じ取ったことをピックアップしただけなので、お答えできません。)

そんなヨネゴー氏のサイトは
こちらから



そんなぷぅコッコさんと熱く語りたいぜ!って人だけ、私のアドレスにメッセージください。



ヨネゴーセミナーに触れて、面白がってくださる人がいっぱいいるそんな機会、そんな「ご縁」になってくれたらいいなって、思いました。


セミナー主催してくださった薫さんと、セミナー講師を快く引き受けてくれたヨネゴーに感謝!
このブログがせめてもの「ご恩返し」になればと思って止みません。


ではではみなさん、いつの日か、ヨネゴーセミナーでお会いしましょう!
author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 12:30
comments(0), -, - -
【徒然】今年やりたいことを100個書き出す!
今日は2018年の1月3日ですね。
台湾は安定の旧正月運用のため、いわゆる通常カレンダーでのお正月は1月1日のみお休みで、あとは1月2日より安定の仕事始めです。


それは特に問題なくて、初日から、なんだかんだで、とりあえずお仕事をこなして帰ってきたというわけ。


それとは別に、お正月と言いますと、今年やりたいことを100個書くぜ!
ってのをここ数年やってるわけですが、多分去年は、先に書いたような事情から会社に出社してたがためにおそらく忘れたんだなっ。。。


ということに気がつきました。


いや、やったかもしれないけど、どこに書いた?


いや、やったなぁ。。。


去年はじぶん手帳使ってたから、そこのLIFE分冊のほうか。。。


記憶が薄まっておりますが、、、


ということで、思い立って昨日、書いてみました。


一年が進むうちにやりたいことが増えるかも!とか言い訳をしながら80個弱しか書かなかった年もあったけど、まぁ、増えるんだけど、増えるっていうか、そもそも、これはどっちでも良いなってのも出てきたりするんだけど、そういう更新はしなくても良いなってことで、今年は100個きっちり書きました。


書くとわかりますけど、100個ってなかなか書けないのよ。


30個くらいまではサクサク書けそうだけど、それも今年に至ってはそんなこともなくて、10数個書いたら手が止まって、「こっから80個以上書くんですか?」とうなだれる結果に。。。


まー、そうなんだけど、なんとか絞り出しました。


「これ、毎年書いてるよなぁ〜」
ってのもあるし
数年前は絶対に書いてない項目もある。


そういう項目を見ながら、人生ってこうやって進んでいくのね。
しみじみ。。。


みたいになったりして。


本来ですと、去年の振り返りをした方が良いんだけど、いかんせん書いたのかどうか定かでないので、なんというかな?まずそれを漁ってみるところから?


え?


みたいな感じになってるのです。


さー、今年はいくつできるかなぁ〜


author:ぷぅコッコ, category:徒然, 06:20
comments(0), -, - -
【徒然】年末年始なはずなんだけど
世の中は年末年始というやつで、今日が仕事納めだったよ!って方も少なくないはず。


少なくともこれを読んでくださる日本の方や日本に在住して、日本語で仕事してらっしゃる方はとにかくこういう方が多いかなと。


さて、私はどこいるかというと、台湾でして。


この年末年始、日本には戻りません。
ついでに春節も戻りません。

ということで、どっぷりお仕事で、明日まで会社行って、一月一日は流石にお休みで、二日からまた会社、、、と。


なんだかハッピーマンデーというか、たった三日の休みだもので、年末年始感は残念ながらゼロ。


それでも去年まではちゃんと日本における年末年始を意識してたのに、、、今年はその意識すら遠のいております。


なんかめちゃめちゃ不思議なんですけど、「年末年始でお忙しいところ、申し訳ないです。」みたいなことを見かけてはじめて、「あー、日本、年末年始だ。ありゃーみたいな。」


環境が変わると、こんなことになるのか。。。


もちろん時計が狂わない人もいるんだと思うけど、私はそういうのが簡単に書き換わるタイプなのね。



たった3年、されど3年ですよ。


そういうもんかなぁと思うと、日頃、「できない!」って思い込んでるいろいろなことも、実は視点を変えたらできたりしてね。


ちょっと不思議な体験というのはきっとチャンスなんだよね。


自分が変わっていくチャンス、そういうのは、どんどん捉えていかないとね〜〜。


人生はそんなに長くないけど、人の感覚が変わるのにも高々3年くらいしかかからない。


だから、まだまだいろんなことができるなぁと改めて思ったのでした。


年末感は薄くなってますが、粛々と進めていきましょう!
author:ぷぅコッコ, category:徒然, 20:02
comments(0), -, - -
【読書】町工場の娘



町工場の娘



こちらのご本は日経BP社様より頂きました。
ありがとうございました。


いやー、久しぶりに泣かされました。
いわゆる台湾新幹線で読んでたんですけど、人目もはばからず(いやいや、ほんとははばかってるわよ。でも、止まらないのよ)泣きましたわ。


読む人によって
突然の主婦からの2代目社長奮闘記
とも読めるし、
女性の目線での経営
みたいなこともあるだろうし。
サクセスストーリーな感覚が強いんじゃないかなぁ、と予想するんですよね。


それの、どれもがこの方の要素であるし、正しいと思うんです。


すごい、素敵!、もっと活躍して欲しい!


それはもちろんそうなんだけど、なんというかな、わたしは「この人はなぜ、これをやり遂げられたのか?」ということを思いながら、ずっと読んでいたんですよね。


ただの主婦が、経営者に転身して、成功するストーリーというのは、世の中に「ある」と思うけど、この本に関して、果たしてそういう読み方が正しいのだろうか?と、問いながら読んでました。


それでまぁ、結論が出るかっていうと、出ないんですけど、率直に言えば、「タイミングやと「ご縁」と「ご恩」と「才覚」みたいなことを感じたかな?


時折、ブログにも書きますけど、わたし自身エンジニアをしているというのは、時に、流されてるように感じることのがあるんだけど、うちから湧き出る「信念」みたいなものも確かにがあると、最近、思ってるんですよね。


さて、この話でいくと、いきなり先代のお父さんが亡くなって、社長をやると決心する場面がありますが、そこはたしかに相当ドラマチックであるわけだけれども、布石として、「いずれ私が、継ごう」という思いは、育てられ方にもある。社長になる直前、旦那様の渡米に合わせて、経営について学ぼうとしていた姿勢からもそれは現れている。

やっぱり「信念」がある!
と思うんです。


時々の決断は、もちろん、時に厳しいこともいっぱいあるわけだけど、「常に考えている」いや、もしくは思考してるんじゃなくて、「常にシミュレーションしている」「常に感じている」何かに突き動かされているというのがポイントになるんじゃないかなぁ、とね。


それで、たまたまタイミングがここになったと。


ドラマチックに語るには、あまりあることではあるけれども、そのドラマは「タイミングがバッチリあった」というだけで、実はむしろ、いろんなことが整っていたんじゃないかなぁ。なんか歯車が噛み合うようなそんな感覚ね。


いや、もちろん、経営が行き詰まっていたとか、順風満帆で引き継いだわけじゃないのは、本を読めば十分にわかる。

でも、だからこそ、精神的な位置付けとしての準備が、2代目社長の方にはやっぱりあって、先代の中にも、合理性だけではない、「言葉にはできない思い」があって、そういうことのすべてで、このタイミングというのは、やはり大きいと思う。


また、2代目社長というのは、逆境の時に変わるのが、絶好のタイミングだと私は思ってます!これ絶対そうよ!


なにやったって、先代と間違いなく比べられるわけだから。


人間は、これまで続けてきたことの方がどんなに苦しいことであれ、「楽である」ということもある。


だから、変わった時期が、順風満帆の頃なら、きっと何も進まない。


社員とぶつかるみたいなことって、なんかひどく大人として間違ってる気がするけど、実はそんなことなくて、「私がやりたいと感じていることのエネルギー」と「相手がやりたいと感じていることのエネルギー」双方の交換みたいなことなんだよね。


それは最終的にお互いが納得できるところに、行きつくための過程の一つで、とにかくだ、命のやり取りみたいなことなんじゃないかな、と。


んで、この「命のやり取り」ができる相手

ほんとは誰だって、誰とだって、できるんだけどさ、いきなりポッと出てきた2代目社長に、上からをモノを言われたら、「そうですか、やりましょう」みたいになる人は皆無で、とにかく面白くない。


ましてや、アメリカでMBA取ってきましたみたいな人に「経営が合理的ではないですね、今すぐ、こうしましょう!」と言われて、すぐに「それは素晴らしい」なんてなるはずもない。


そこが「ご縁」だと思うのよね。


先代から引き継いだいろいろは、2代目の中に脈々と生きている。それとは別に社員にも脈々と生きていて、それをみんなが失いたくなくて、2代目社長をすえるとなった時に、どちらも「会社を存続させたい、この生きていく場所を守りたい」という思いがあって、はじめて「命のやり取り」ができるかなぁって思う。


だから、やっぱり「ご縁」で、どこまでいっても、根っこでは「同じ目標に向かっている」というのがなければ、きちんと成立しないんじゃないかなぁ。。。


そうして、進んだエネルギー同士の交換の末の「ご恩」というのがあると思う。


それは先代の築き上げた縁故でもあるわけだけど、人間は、誰しもバカではないので、銀行であれ、取引先であれ、「親の七光りで良くなってるだけだよ」みたいなことを仮に思ったとしても、その先に、「何があるのか」というのは感じ取れる能力があると思っている。


ま、もちろん、そんなことを後先考えずに言えちゃう人は、あんまり考えてないかもしれない。


そういう人が「ご恩」を返してくれるわけでもないので、そこは放っておいていい。


本の中で出てくる2代目の具体的な行動、それらは、リストラだったり、工場の効率化だったりということがある。そういう行動は目立つと思う。目立つけども、縁もゆかりもない誰かが来て、「それをやれば経営が立ち直ります」というやり方だけでは、実は立ちゆかないところに現代はきてるんじゃないかと、私自身は思っていて、そこも含めた、エネルギーを感じ取るから、「ご恩」を返そうという気にもなるんじゃないか。


時間的スパンや経営のことはわからないけど、「解散、買収」などをせずに、させずに、時間をくれるという背景には、そういうことも知らず知らずにあると思う。


「ある時期までに改革します!!」という約束をして、それを果たす。それらの成果は、もちろん「目に見えるので評価される」はずだけど、その目に見えるものだけで人は動いてないよなぁ、と、つくづく思う。


そして最後に「才覚」


この2代目社長の決定の仕方、物事の進め方は、「才覚」というのにふさわしいと思う。


講演会等で、MBAを取ったのか?とか経営学を生んだのかという質問をよく受けるようだけれど、それに対して彼女は「そのようなことをしていない」と答えている。


主婦だったんだから当たり前よね〜〜みたいなのは、実は、間違いだと思う。


本の中でも語られていたけれども、そんなこと学んでいなくても、実はやらなきゃいけないことは変わらない。


いろんな言い方はあるんだと思う。


理系だったからロジカルシンキングできたんだろう。
そういう面もゼロではない。
ちゃんと数字ど向き合う癖をつけるようにとなる。
だけど、私は彼女が成し得たことの主要因がこれだ!というわけではないと思う。


やらなきゃいけないことはMBAを取っていようが、いまいが、コンサルタントがついていようが、いまいが、変わらない。


いや、ヒントをもらえるという意味ではそうかも知らないけど、最終的には収入に対して支出を減らせば、儲かるように出来ている。


それをどう実現するかというのについては、もちろんそうだけど、私が一番思うことは、「やると決めたことをきっちりと確実にやる」という才覚かなって。


結局のところ、どんな場面でもそうだけど、やることが決まってたって、なかなか出来ない。


ましてや望まれてなった社長ではない(ほんとは、望まれてたけど、誰もそこまで望んでなかった)場合、きっちりやると決めたことを貫けるかというのは、これまで言ったタイミング、ご縁、ご恩、そして、才覚がなければできない。


だからこそ、セレンディピティのようにうまくいったことがたくさんあったんだと思う。
ある意味お父様からのギフトだったのかもしれない。


彼女真似をすることが、万人に効く成功の道でもなければ、彼女が運にだけ恵まれていたわけでもない。


それを「周りも巻き込んで一緒になって成した」というところに意味があるんですよ。


そんなわけで、わたし自身、日本にいた時は、会議室で女性一人なんてことは気にも止めないレベルで、あったわけだけど(まぁ日常っすね。)おかげさまでいい意味で、差別されることもなく、がっつり仕事させてもらった自分の環境にも感謝し、まさになんか外国にまで来ちゃってる自分を思い、わたしにも、こんなセレンディピティはないもんだろうかなぁ、と思ったけど、、、わたしもこの著者さんとは全然別のところで、勝負してるし、もらってんだよなぁ。。。とかね。


いろんな思いが去来して泣けたんだなぁ。
全く関係者でもないのにね。


この素材をドラマでどう料理するのかは大変気になるところだけど、それよりも、ご本人にお会いしたいですよね。
機会があればお会いしたい方がまた増えましたね。


と、じんわり思いつつ、本を閉じるのでした。


自分で決めたことは最後まで「やる」って言う勇気が、ポイントかもね〜〜。









やっぱり日経BPさんはいいご本作るよね〜〜。
編集者さんを見て、二重に納得してしまったのは、内緒です!

author:ぷぅコッコ, category:ビジネス書感想, 06:12
comments(0), -, - -
【勉強会】基礎編 Authentic Leadership講座 第8回(最終回) に参加しました。その1
【勉強会】基礎編 Authentic Leadership講座 第8回 に参加しました。その1


いやー、この基礎講座ってやつ、8回で終わりなんで、これで最後なのね〜〜。


なんか寂しいじゃないか!
と思ってしまう。


まぁ、これまで、NVCの世界観というやつに触れてきましたが、これは私のブログなので、私のバイアスが入っていることは今一度、書いておこうと思います。


実際に世界観を知りたい人は、ちゃんと講座受けてね!


さて、この講座緩やかに、瞑想から入るんですけど、その後、今回のフィーリングとそれに対するニーズが聞かれてました。


私の場合は、フィーリングはワクワクで学びというニーズが満たされてんのかなぁと思ったけど、実は参加のニーズじゃないかなぁ。
もうね、ここにいるだけでいいじゃないみたいな感覚ね。


他にもいろんな方のフィーリングとニーズがあったんですけど、私はオンラインでやらせてもらっているので、なんというかな、みんなを俯瞰してみることができたりするところもあって、いやー、こう言っちゃなんだけど、日本人が集まって話をしてると、真面目だよね。


みーちゃんも言ってたけど、
「まだ、何々ができない。」
「また、...できていないと思う。」
つー、なんだろうな自己批判みたいのがすごいよね。


日頃、台湾で仕事してまして、まぁ、そろそろ3年ですよ。
大して、なにもできるようになってない(あー、日本人的思考)んですけど、台湾人の皆さんと3年働いたという実績はあるわけ。
(もうね、それだけで、あたい頑張ってるよ!うんうん!)
で、その「できる、できない」に関していうと、学んだ3年間ですよ。


日本人からすれば「出来てる」というレベルが、まー、率直に言って低い。

そんなんで出来てるって言って叱責を受けた過去、笑われた過去とかあるぞ、みたいなね。

つーか、恥ずかしくて言えなかったよ。みたいな。
え?それで「出来てる」って言う?みたいなことは日常にゴロゴロある。

だけど、その後、出来ていない部分を指摘する(あっ、頭ごなしにはダメですよ。完全にタブーよ、やんわりとね!プライドあるから。)と、次にまたクリアーしてくる。そのサイクルが早いからいつのまにかすごくできるようになってる。これほんとだよ。


なので、出来たことをまず「認める」ってすごく重要だし、自分の行きたいところに、自分を責めるより、早く到達させてくれるんだね。多分ね。


まっ、そんなことを踏まえて
一緒に学んだ皆さん
「まだNVCがうまく使いこなせない。」
にフォーカスするというかどっかでそう思ってる。実際そう私も思うけど、そこは、まー、まだ、いいんじゃないかな?


たった8回では、新しい言語学んでるみたいなもんだから出来んよね。
(と、日々自分を慰めてる。)



それでまぁ、世界観の話になると、
昨日は男性性と女性性という話がありまして(これはNVCとは直接関係ないけど、メタファーとして出てきた感じ。)


NVCは「感覚の世界」で、自分の中の感覚と繋がろうとしてる。


この時の自分というのは一つの空間で、土台みたいなもんで、エネルギーとしては空間を表す女性性みたいなもんだと。


対して世の中は、「まず動け!」「まず行動」な男性性なエネルギーで回っている。


例えば植物で言えば、伸びようとするエネルギーが男性性で、そこに育っているという土や水という、その植物が所有してる空間から、養分を吸収するみたいなところの「この空間」の部分が「女性性やと言われるエネルギーだもんで、要するに土も養分も無視しておりますと、どんなに吸い上げる能力が高かろうが、伸びる力が強かろうが、もう立ち行かないじゃない。



それは、もっともっと複雑そうに見える社会に対しても、基本はシンプルで、そういうことでしょう。


と、ね。


だから、内面の世界
あるのに無視し続けてきたその世界に目を向けて、そこを無視しない状態に立ち返ろう。


というわけ。


実際、ここのところを無視してるってのは実は人間くらいかもね〜
その辺は今、読んでるサピエンス全史にもつながると思うけど、
人間だけがなぜ、ものすごい早さで食物連鎖の頂点に立てたのか!?とかね。


それはまぁ、また、別の機会に書くので、今は、置いといて。


それで、NVCには未完成のニーズ表ってのがあるんだけど
それが、どうだこうだということではなくて、なんらかの感じられるエネルギーが身体にあって、それをまず感じる。

それはいいけど、体が感じていることを脳は理解できないので、なんとなく近い用語、頭の中にその概念はあるという用語のラベルを貼ってみる。


そうすると、「エネルギーというやつが発してたのはこの概念なのか?」


と、脳が理解できるように翻訳することができる。


そうやってみたら、どんな行動をとれば(ストラテジー)、最終的に、そのエネルギーが発してる信号が、満たされてる、平常運行だわーになるかを脳が考えることができる。


ってわけ。


だからニーズ表にあるものに対して、自分のエネルギーとして繋がったものが、必ずしも完全にマッチしてる翻訳とは限らないけれども、頭で理解するためにはなんらかもうすでに知ってるものに置き換えないといけない。それがまぁ、強いていうならこれ?みたいな感じでなされているということなのね。



もちろん、完全にこの翻訳ばっちり!
もうそのものズバリだぜって用語もあれば、
あえて、いうならばそんなことと思ってもいいかもしれない!
くらいのものまである。

と考えれば良さそうかな?

翻訳ってことだと思えば、翻訳本って読むと違和感があったりするけど、まさにあの感覚。


そう、最終的には感覚が握るというかな。


今まで考えてきたこととは全然、逆のプロセスだし、新しい考え方であると、まずは理解しようというところ。




今日はひとまず、こんなところまで!

やはり、新しい言語だというのは大きい。
使いなれるのに時間もかかる。
納得である。


そこに行き着いた、私!
グッジョブ!!
author:ぷぅコッコ, category:セミナー・勉強会, 06:24
comments(0), -, - -